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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第84話 「炭を運ばず、作り方を運ぶ」

 ――北山の木屑と、蕪の味噌煮――


 木屑炭団きくずたどんが下京で使われ始めて十日。


 秘密基地の前には、空の籠が積み上がっていた。


「次の炭団は、まだか?」


「うちの炊事場にも分けてほしい」


「夜の湯を保つ分だけでも頼む!」


 注文は増えたが、作れる数には限りがある。

 宇治から集めた木屑も、ほとんど使い切っていた。


 レオが在庫の木札を数える。


「……のこり……十六個……」


「下京の一日分にも足りへんな」


 宗白そうはくが帳面を閉じた。


「宇治から運ぶ量を増やすか?」


 茶太郎は、完成した炭団を一つ持ち上げた。


 一個なら軽い。

 だが大鍋を幾つも保温する数を運べば、荷車が必要になる。


 亜空間の小戸にも、これほどの重さは通せない。


「炭を運ぶんじゃなくて、作り方を届けよう」


「作り方を教えたら、勝手な炭団が出回るぞ」


 宗白が言った。


「危ない作り方まで広がれば、茶太郎炭の名で事故が起こる」


「だから、作る人と一緒に試すんだよ」


 最初の行き先は北山きたやまに決まった。


 杉を育て、伐り、乾かし、都へ材木を送り出す土地。

 そこには鉋屑や細枝、砕けた炭が多く残っている。


 茶太郎、ゆかり、レオ、京鈴きょうすず、カイ、こたろ。

 伊平いへいじいさんと甚八じんぱち、かん太が付き添った。


 北山の作業場では、炭焼きの権六ごんろくが一行を待っていた。

 太い腕と、煤で黒くなった顔を持つ職人だった。


「宇治の幼子が炭の作り方を教える、やと?」


 権六は木屑炭団を手の上で転がした。


「炭焼きを馬鹿にしに来たんか。杉の鉋屑なんぞ、火をつけたら一息で燃えて終わりや」


「そのままなら、すぐ燃えるよ」


 茶太郎は答えた。


「でも、炭にして固めたら、ゆっくり燃えるんだ」


「言うだけなら簡単や」


「だから、一緒に作ってほしいの」


 権六は茶太郎の顔を見つめ、鼻を鳴らした。


「一度だけや。使いもんにならんかったら帰ってもらうぞ」


 北山の鉋屑を土器で炭化する。


 火と窯を扱うのは権六と甚八。

 茶太郎たちは、安全のため張られた白い組紐の外から見守った。

 カイが煙の色を確かめる。


「まだ茶色い。木の水が抜けてる途中」


 やがて煙が薄くなる。


「今は青い。もうすぐ火を弱めていいと思う」


 権六が驚いた顔でカイを見る。


「灰童子いうんは、煙まで読むんか」


「読めるけど……乾いた音は京鈴の方が分かる」


 カイは、以前のように自分一人で決めなかった。

 完全に冷えた炭を砕き、米糊と混ぜる。


 レオが同じ杓子で量を測り、木札へ刻む。

 ゆかりは製造途中の炭団へ青い紐を添えた。


「青は乾燥中。勝手に燃やしたらだめ」


 こたろは成形した数を、一つずつ小石へ置き換えて数えた。


「二十八、二十九……あっ、どこまで数えたっけ」


「走ってへんけど、数では転んだな」


 かん太に言われ、こたろは頬を膨らませる。


 レオが木札を指した。


「……二十九まで……書いてある」


「ありがとう! 三十!」


 二人は一緒に最後の炭団を木型から外した。


 三日後、燃焼試験が行われた。


 北山産の炭団は火つきが遅い。

 しかし、いったん赤くなると、宇治産より長く熱を保った。


「杉やのに、これほど持つんか……」


 権六が竈を覗き込む。


「細かな炭を固めたから、燃え方が揃うんだと思う」


「思う、か」


「まだ全部は分からないよ。だから記録するの」


 茶太郎は正直に答えた。


 その日の料理は、《北山きのことかぶの味噌煮》だった。


 北山で採れた椎茸と、冬の蕪。

 昆布の戻し汁へ味噌を溶き、木屑炭団の弱火でゆっくり煮る。


 強火では蕪が煮崩れる。

 火が弱すぎれば、芯まで温まらない。


 京鈴が炭の弾ける音を聞き、レオが火を入れた時刻を記録する。


 こたろが蓋を開けそうになるたび、ゆかりが止めた。


「何度も開けると熱が逃げるよ」


「中が気になる〜」


「匂いで待って」


 やがて蓋を開くと、蕪は形を保ったまま、箸がすっと通るほど柔らかくなっていた。


 権六が一口食べる。


「……木屑の火で、こんな味になるんか」


「木屑だけじゃないよ」


 茶太郎は仲間たちを見る。


「権六さんの炭焼き、京鈴の音、カイの煙、レオの記録、こたろの数、ゆかりの印。全部がそろった味だよ」


 権六はしばらく黙り、残った味噌煮を作業場の者たちへ取り分けた。

 そして、自分の手で北山産の炭団へ杉葉の焼印を押す。


「作り方を預かる。ただし、北山の名で粗悪なもんは出さん」


 宗白が用意した製法帳には、三つの決まりが記された。


 ——建築に使える木を燃やさない。

 ——乾燥確認を一人だけで行わない。

 ——作った日と材料を記録する。


 帰り道、茶太郎たちの荷車に炭団はほとんど積まれていなかった。


 代わりに、北山で炭団を作れる人が増えていた。


 数日後、杉葉の印を押した最初の籠が、下京へ届けられた。


 籠には権六からの短い書状が添えられている。

 ——炭の礼は要らぬ。次は宇治の料理を教えに来い。


 茶太郎は笑った。


 料理を一つ伝えるたび、火を守る人が増える。

 技を手放すことで、縁は宇治から北山へ広がり始めていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


新しく登場した権六は、北山で炭焼きを担う職人です。経験に裏打ちされた誇りを持ち、安易な新技術には厳しい一方、確かな方法だと認めれば責任を持って受け継ぎます。


炭を宇治だけで作って運び続けるのではなく、土地ごとに作れる人を増やす。技を独占せず手放したことで、茶太郎の縁は北山へ広がりました。


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『茶太郎がゆく』
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