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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第83話 「消えない黒団子と、灰童子カイの失敗」

 ――捨てられる木屑に、もう一度役目を与える――


 二段竈が動き始めると、今度は炭が足りなくなった。

 薪より少ない量で湯を保てるとはいえ、炭そのものが十分にない。


 宇治の秘密基地には、三つの土地から木屑が集められた。


 北山きたやまの杉を削った鉋屑。

 東山ひがしやまの寺を修繕した際に出た無塗装の端材。

 宇治の果樹や雑木を剪定した小枝。


 伊平いへいじいさんが、一つずつ確かめる。


「柱や板に使える木は燃やさん。漆や油が染みた材も除く。炭にするんは、ほかに使い道のない部分だけじゃ」


 灰童子はいどうじのカイが、東山の木屑へ鼻を近づけた。


「これ、少し変な匂いがする」


 表面はきれいだったが、割ると内側に油が染みている。


「よう見つけたな」


 伊平じいさんは、その木を燃料用の山から除いた。


 カイは嬉しそうに胸を張った。


「ぼく、灰と焦げた木なら、なんでも分かるよ」


 茶太郎は、前世で見た固形燃料を思い出していた。


 木屑をそのまま燃やせば、一気に炎が上がってすぐ消える。

 ならば、いったん炭にしてから固めればよい。


「黒い団子みたいにできないかな」


「食えへん団子か」


 甚八じんぱちが木型を取り出した。


 手のひらほどの筒型で、中央には細い棒を通せる。


「これへ炭の粉を詰めて押す。真ん中の穴は、空気の道や」


 炭化作業は、秘密基地から離れた屋外で行われた。

 蓋をした土器へ木屑を入れ、小さな排気穴を残して、竈の余熱で蒸し焼きにする。

 火を扱うのは、甚八と伊平じいさん。


 子どもたちは白い組紐より内側へ入らない約束だった。


 翌朝、土器が完全に冷えたことを確かめてから、蓋を開ける。

 中には、木の形を残した黒い炭ができていた。


「できた!」


 こたろが駆け寄ろうとする。


 途中で白い紐に気づき、ぴたりと止まった。


「……ここから先は、大人と一緒」


「覚えとったな」


 かん太が笑う。


 冷えた炭を砕き、古米を煮た薄い糊と混ぜ、木型へ詰める。


 レオは木札へ材料を記録した。


「……北山、杉。糊、一杓子……」


 ゆかりは成形した炭団へ、産地を示す組紐を添える。


 北山は緑。

 東山は紫。

 宇治は茶色。


 京鈴きょうすずは、乾かした炭団を一つずつ軽く叩いた。


「これは、まだ音が鈍い。中が湿ってる」


 カイも炭団を持ち上げる。


「こっちは黒いから、もう使えるよ」


 京鈴は首を横に振った。


「黒くても、音が違う」


「ぼくの方が、炭のこと分かるもん」


 カイは、その炭団を完成品の籠へ入れてしまった。


 三日後、最初の燃焼試験が始まった。


 同じ量の水を三つの鍋へ入れ、同じ大きさの炭団を一個ずつ使う。


 こたろが鍋を間違えないよう、ゆっくり水を運ぶ。

 レオは燃えた時間を、香の印で数える。

 ゆかりが火力の強さに応じて紐を置き替えた。


 宇治の炭団は、静かな赤い火を保った。


 北山の炭団は火つきが遅いが、一度燃えると長く続く。

 東山の炭団へ火を移した瞬間——。

 ぱんっ!

 炭団が割れ、黒い欠片が竈の外へ飛び出した。


「みんな、下がって!」


 ゆかりの声で、子どもたちは白い紐の外へ避難した。


 甚八が火を押さえ、飛び散った炭を火箸で拾う。


 割れた炭団の中心から、白い湯気が出ていた。


「乾燥不足や」


 京鈴が言った。


 完成品の籠を見ると、カイが選んだ炭団だった。

 カイの顔が青ざめる。


「ぼく……黒かったから……」


「黒さだけでは、中の水分は分からんのじゃ」


 伊平じいさんが穏やかに教えた。


 カイは俯いた。


「ぼく、灰童子なのに……炭を間違えた」


 京鈴が、割れた炭団を拾う。


「うちも、なんで音が違うか説明せんかった」


「京鈴は悪くないよ」


「でも、聞こえたことを言うだけやなく、みんなが分かる印にせなあかんかった」


 京鈴は乾いた炭団を二つ打ち合わせた。


 こん、こん。


 次に湿った炭団を打つ。


 こっ、こっ。


「乾いた方は高い音。湿った方は、音が籠もっとる」


 ゆかりが新しい紐を用意した。


「乾燥中は青い紐。京鈴と大人が確認したら、白い紐へ替えよう」


 カイも顔を上げた。


「ぼくは炭化の色と匂いを見る。乾いたかどうかは、京鈴と一緒に見る」


 二人は、同じ炭団を持って頷いた。


 試験を繰り返し、糊の量と穴の太さも調整した。


 糊が多すぎるものは臭いが出る。

 穴が太すぎるものは早く燃え尽きる。

 押し固めすぎたものは、途中で火が消える。


 七度目の試作で、ようやく穏やかな火を長く保つ炭団ができた。


 茶太郎は、それを《木屑炭団きくずたどん》と名づけた。


 二段竈で大鍋を沸かしたあと、薪から木屑炭団へ替える。

 火は強くないが、大根と干し菜の煮物を焦がさず温め続けた。


「薪を半分近く残せるな」


 宗白そうはくが帳面へ結果を記す。


 茶太郎はカイと京鈴を見る。


「二人が一緒に確かめたから、安全な炭になったんだよ」


 カイは少し照れながら、京鈴へ炭団を一つ渡した。


「次も、音を聞いて」


「カイも、中の焦げ方を見てな」


 捨てられるはずだった木屑。

 失敗した黒い団子。


 それらは子どもたちが役目を分け合うことで、冬の料理を支える火へ変わった。


 やがて下京では、新たな噂が流れ始めた。


 ——宇治の小さな台所衆が、消えそうで消えない黒団子を作った。

 ——あの炭を使えば、夜まで鍋が温かい。


 その噂とともに、木屑炭団を求める声が、北山と東山からも届き始めていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


失敗した黒団子は、無駄になった材料ではなく、次の配合を教える記録になりました。カイが失敗を隠さず、京鈴と役目を分けたことで、木屑は冬の鍋を支える炭団へ変わります。


炭や成型燃料の製造には、火災、有害な煙、不完全燃焼などの危険があります。本話の方法は創作表現を含むため、現実に再現することはお控えください。


次回は、完成品ではなく「作り方」を北山へ届けます。


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『茶太郎がゆく』
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