第77話 「足りない団子と、堅田衆の合議」
――秘密を守ることと、盗品を隠すことは違う――
瀬田から宇治へ戻って五日。
茶太郎は、秘密基地で米粉団子を丸めていた。
「ひとつ、ふたつ……十二、十三……」
前回、堅田衆の人数を知らず、団子が足りなかった。
今度は多めに作り、柚子を加えた水飴を薄く絡めている。
レオも隣で生地を丸めた。
「……これ……おおきい……」
「それは、こたろの分にしよう」
「なんで〜!?」
こたろが抗議した直後、団子を運ぶ盆へ足を引っかけた。
「わあっ!」
かん太が後ろから抱き止める。
「料理の手伝いやなく、事故を増やしとるだけやないか」
その時、秘密基地の縁窓が淡く光った。
瀬田の船宿から、鈴の音が三度届く。
堅田から返事が来た合図だった。
茶太郎たちは、宇治の船頭・源三とともに再び瀬田川をさかのぼった。
今回の船には団子のほか、森家の書状の写しと、宇治を通った不審な荷の記録が積まれている。
瀬田の船宿には、舟木弥兵衛と二人の男が待っていた。
一人は刀を帯びた堅田の地侍。
もう一人は、算木と分厚い荷帳を抱えた老商人だった。
「殿原衆の沖島左内殿と、全人衆の湖路屋宗円殿や」
弥兵衛が紹介する。
左内は鋭い目で宗白を見た。
「堅田の合議では、意見が割れた。荷主の名を他国の者へ教えれば、湖商いの信用を損なうという声がある」
宗円も頷く。
「商人は、預かった荷と客の秘密を守る。それを破れば、誰も堅田へ荷を任せなくなる」
墨屋宗白は反論せず、下京の帳面を差し出した。
「これは、天文法華の乱の後、下京から失われた品と人の記録です」
帳面には長刀だけでなく、鍋、農具、仏具、商い道具まで記されている。
佐吉が脅されて運搬したことも、隠さず書かれていた。
「長刀の持ち主だけ教えてほしいとは言いません。そちらの商人が盗品と知らずに受け取ったなら、それも記録に残します」
左内が問う。
「相手が銭を払うて買うていたら、どうする」
「返せと脅すことはできません。町には買い戻す銭もない。まず事情を伝え、長刀を溶かしたり、さらに売ったりせんよう頼みます」
宗円が目を細めた。
「取り戻せんかもしれんぞ」
「それでも、所在を知ることには意味があります」
茶太郎は団子の盆を置きながら言った。
「帰る場所が分からなかったら、返したいと思った人も返せないから」
堅田の三人は、しばらく言葉を交わさなかった。
やがて宗円が、自分の荷帳を開いた。
「秘密を守ることと、盗品を隠すことは違う」
削られていた瀬田の記録と照らし合わせるため、堅田側に残されていた写しが示された。
そこには、消された文字が残っている。
——長物一包み。
——白布印より受領。
——大津の近江屋へ引き渡し。
——のち、湖東の石仏多き郷へ送る予定。
「近江屋……」
宗白が呟く。
「大津を拠点に、古金物や武具を扱う商人や」
弥兵衛が説明する。
「白布の一団から、借財の代わりに長物を受け取ったらしい。長刀鉾町から奪われた品とは知らんかった可能性が高い」
「いまも大津にあるのか?」
「それが分からん」
宗円が別の行を指した。
「湖東へ送る予定とはあるが、船名が書かれてへん。陸路へ替えたか、まだ蔵にあるか……」
日置雪が頁を調べる。
「ここだけ筆の色が違う。行き先は、あとから書き加えられているわ」
弥七も頷いた。
「誰かが長刀を湖東へ流したように見せた可能性もある」
所在は判明しなかった。
しかし、近江屋という仲介者まで辿り着いた。
左内が宗白へ言う。
「堅田から近江屋へ使いを出す。ただし、捕らえるためやない。品の由来を確かめ、勝手に動かさんよう頼むためや」
「ありがとうございます」
「まだ礼は早い。その代わり、宇治と下京にも頼みがある」
左内は宇治側の荷帳を指した。
「これから、戦で行方の怪しい荷を見つけたら、互いに荷印を知らせ合う。湖だけ見張っても、陸から偽の由来を持ち込まれたら防げん」
宗白はすぐに答えず、森家と町組から預かった権限を確かめた。
「町へ持ち帰り、合議にかけます。わし一人では決めません」
弥兵衛が初めて笑った。
「それでええ。堅田のやり方が、少し分かってきたようやな」
その場で契約は結ばれなかった。
互いの町へ持ち帰り、皆で話し合う。
それでも、机の上に置かれた六本の組紐が、風もないのに同じ方向へ揺れた。
六合の気配だった。
縁を強制するのではない。
それぞれが納得して結ぶまで、道を見守っている。
話が終わり、茶太郎は団子を配った。
今回は人数より多い。
弥兵衛は二つ目を取ろうとして、左内に手を叩かれた。
「合議の分を先に残せ」
「分かっとる。味見や」
「さっき食べたやろ」
張りつめていた空気が、少しだけ緩んだ。
茶太郎は覚書に記す。
——秘密は、人を守るためにある。
——けれど秘密の陰で、奪われたものを見えなくしてはいけない。
——守るもの同士が記録を持ち寄れば、閉じた帳面にも道がひらく。
瀬田の水面には、宇治から来た船と堅田から来た船が並んでいた。
二艘はまだ別々の旗を掲げている。
それでも、船の間には一本の綱が渡されていた。
長刀へ続く縁もまた、その細い綱から湖東へ伸び始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
秘密を守ることと、盗まれた品を秘密の陰へ隠すことは同じではありません。今回は、互いの自治や商いを壊さず、必要な情報だけを交換する道を探しました。
合議は、その場の勢いで結論を出すものではありません。それぞれが持ち帰り、納得してから結ぶ。その時間もまた、信頼の一部です。次回、湖の記憶を読む主・鳰丸が姿を現します。




