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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第56話 「木津川支流の堰と、二つの村の水争い」

 ――水神でも、足りない水を増やすことはできない――


 青龍せいりゅうが感じた水脈の乱れは、宇治より南から来ていた。


 翌朝、茶太郎たちは伊平いへいじいさんに伴われ、木津川へ通じる支流を目指した。


 青龍は地下の流れを読む。

 そうは上空から水路を探す。

 弥七は岸の足跡を調べ、ミカエは帰路を覚えながら進んだ。


 やがて、水の少なくなった水路へたどり着く。

 川底の石が露出し、下流の水車は止まっていた。


「この先に堰がある」


 青龍が上流を睨む。

 竹と丸太を組み、土嚢を重ねた仮の堰が、流れのほとんどを横の用水路へ導いていた。

 その周囲では、二つの村の農民が鍬や棒を手に向かい合っている。


「堰を開けろ! 下の村では井戸まで浅うなっとる!」


「開けたら、こっちの田が干上がる! 稲を枯らせいうんか!」


 上流の槇村まきむらは、日照りで田の水が減っていた。

 下流の小倉村おぐらむらは、堰によって飲み水と水車の流れを失っている。

 どちらも生きるために水を求めていた。


「悪い人が、せき止めたんじゃないんだ……」


 茶太郎が呟く。


「悪意がなくとも、下流の水を全部止めれば争いになる」


 伊平じいさんは両村の間へ入った。


「まず棒を下ろせ。殴り合うても水は増えん」


 しかし、上流の村長は堰の前から動かない。


「宇治の者に何が分かる。うちらの田を見てから言え!」


 茶太郎たちは田へ案内された。


 土には細い亀裂が入り、稲の葉先が巻いている。

 次に下流へ回ると、女や子どもが遠くの井戸から桶を運んでいた。

 水車が止まったため、麦を挽くこともできない。


「どっちにも、水がいる……」


 茶太郎は青龍を見た。


「水を増やせないの?」


「できぬ」


 青龍は即答した。


「私は流れを読めるだけだ。ここにない水を、霊力で作ることはできない」


 太常たいじょうが両村の必要量を調べた。


 田へ常に水を流す必要はなく、土が乾ききる前に一定時間入れれば保てる場所もある。

 一方、下流には飲み水と水車を動かすため、毎日途切れさせてはならない最低限の流れが必要だった。


 青龍は堰の前へ細い枝を流し、水がどちらへ、どの速さで進むか確かめる。


「横の用水路へ取りすぎている。小さな逃がし口を作れば、本流を完全には止めずに済む」


 上流の農民が反発した。


「それでは田の端まで届かん!」


 弥七が用水路を歩き、崩れた箇所を見つけた。


 水の一部が田へ届く前に、穴から地面へ漏れている。

 さらに蒼が、使われていない古い水路を上空から発見した。


「二本へ分けた水が、途中でまた同じ場所へ入っている。片方を閉じれば無駄が減る」


 上流の村人たちは用水路の穴を粘土と石で塞ぎ、余分な分岐を閉じた。

 そのうえで堰の中央へ、細い流れを下流へ通す開口部を設ける。


 しかし水量が減ったとき、どちらが先に取るかという問題が残った。


 そこで六合りくごうが六本の紐を広げた。


「約束は私が作るのではありません。双方が守れる決まりを、自分たちで決めてください」


 両村は話し合い、田へ水を多く入れる刻を交代で定めた。


 昼は槇村の田へ多めに流す。

 夕方から朝までは堰を開き、下流の井戸と水車へ流れを戻す。

 雨が降れば取り決めを見直す。


 堰には両村から一人ずつ水番を置き、勝手に閉じないことも決めた。


「同じだけ分けないんだね」


 茶太郎が言う。


「田と井戸では、必要な時と量が違う」


 太常が答える。


「公平とは、いつも半分に割ることではありません」


 試しに堰の一部を開く。

 水は細い筋となって本流へ戻り、やがて止まっていた水車へ届いた。


 ぎい、と大きな音を立てて、水車が回り始める。


 下流の子どもたちが歓声を上げた。

 上流の用水路にも、稲を潤す流れは残っている。


 茶太郎は両村の者へ、麦と味噌を煮た温かい汁を配った。


「同じ鍋から食べたからって、争いが消えるわけじゃないよ」


 茶太郎は言う。


「でも、決めたことを話し直す場所にはできると思う」


 上流と下流の水番は、堰の横で同じ汁をすすった。


 茶太郎は《縁の料理覚書》へ、二つに分かれる水路を描く。


『足りないものは、同じ量ではなく、必要な時と場所を量って分ける』


 夕暮れ。


 開かれた堰の下にある淵から、長い黒髪の女性が姿を現した。

 水滴をまとった衣には、星と波の紋様が浮かんでいる。


「上流も下流も、母なる水の子。ようやく互いの渇きを見ましたね」


 青龍が頭を下げた。


天后てんこうか」


 十二天将・天后は、流れ始めた水へ手を浸した。


「ですが、この取り決めには一つ足りません」


「何が足りないの?」


 茶太郎が尋ねる。


「水を使えない者の声です」


 天后は対岸を指した。


 そこには村の話し合いへ呼ばれなかった旅人や避難者が、空の水筒を抱えて並んでいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


水が足りないとき、全員へ同じ量を渡すことが公平とは限りません。田、水車、飲み水では、必要になる時期も量も異なります。今回は水そのものを増やすのではなく、互いの事情を知り、分け方を決める話になりました。


しかし、その話し合いには加われなかった人々がいます。次回は、村の名簿に載らない旅人や避難者の水を考えます。


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『茶太郎がゆく』
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