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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第53話 「初めての小戸と、一枚の茶葉」

 ――離れた二つの場所で、重さと時間を量る――


 翌朝。


 秘密基地の壁には、取っ手のような光が残っていた。


 茶太郎が触れると、六角堂の池を映す《縁窓えんそう》が開く。


 窓の向こうには、池坊専応いけのぼう・せんおう庄七しょうしちが待っていた。


「こちらは準備できています」


 専応の前には、白い布と空の漆皿が置かれている。


 秘密基地側にも、同じように白布と皿を用意した。


 天空てんくうが皆を見渡す。


「今日は《小戸こと》を試す。ただし、通すのはごく軽い物だけだ」


 太常たいじょうが小さな天秤を出した。


 茶太郎が選んだのは、一枚の乾いた茶葉だった。


「これなら軽いよ」


「軽くとも、記録を怠ってはなりません」


 太常は茶葉を量り、形と大きさを帳面へ写す。


 庄七も窓の向こうで、受け皿が空であることを示した。


「まず、入口と出口の近くへ誰も手を出さぬこと」


 天空が指示する。


「戸が不安定な間に触れれば、指先だけが挟まれる恐れがある」


 レオとこたろが、すぐに壁から離れた。


 茶太郎は六角堂まで歩いた道を思い出した。


 舟着き場。

 補修した橋。

 焼けた通り。

 塩を分けた六角堂。

 専応と交わした約束。


 光の取っ手を握る。


「開いて……!」


 縁窓の下に、指二本ほどの小さな穴が現れた。

 向こう側は暗く、六角堂の景色は見えない。

 穴の縁だけが、白く揺れている。


 茶太郎は木の匙へ茶葉を載せ、小戸の中へ傾けた。

 茶葉が落ちる。


 だが、六角堂の皿には何も現れない。


「失敗……?」


「待て」


 天空が止める。


 一呼吸。

 二呼吸。

 三呼吸。


 窓の向こうの漆皿へ、一枚の茶葉がふわりと落ちた。


 庄七が声を上げる。


「来ました!」


 専応は茶葉へ触れず、まず形を確かめた。


「欠けていません。記録されたものと同じ茶葉です」


 太常が基地側の皿を量る。

 茶葉一枚分だけ、確かに軽くなっていた。


「増えたのではありません。こちらから失われ、向こうへ移りました」


 茶太郎は壁へ手をついた。


 茶葉一枚を送っただけなのに、坂道を走ったあとのように息が上がっている。


「距離の分だけ、地脈へ負担がかかった」


 天空が壁の揺れを確かめる。


「そして三呼吸の遅れ。入口と出口の時間は、まだ完全には揃っていない」


 次は、六角堂から宇治へ戻す試みを行った。


 専応が漆皿へ、小さな撫子の花びらを一枚置く。

 しかし専応が壁へ触れても、小戸は開かない。


「やっぱり、専応さんには開けられないんだ」


「鍵は、茶太郎の縁にあります」


 橋姫が答える。


 茶太郎は行き先と流れを反対に思い描き、もう一度取っ手を握った。


 小戸が開く。


 専応が木の匙で花びらを入れると、四呼吸後、基地側の皿へ現れた。


 帰りの方が一呼吸遅い。


 茶太郎の膝が崩れ、かん太が慌てて支えた。


「もう終わりや! 茶葉一枚でこの有様やぞ」


 天空も小戸を閉じさせた。


「今日の試験はここまでだ」


「もう少し大きいものなら……」


「駄目じゃ」


 ミカエが茶太郎の前へ立つ。


「便利さを褒められたいからと、無理をするでない」


「ミカエ、心配してくれてるの?」


「ち、違う! 帰れぬ者を増やしたくないだけじゃ!」


 赤くなった耳が、言葉とは逆の気持ちを示していた。


 試験の結果から、五つの決まりが作られた。


 一つ、小戸を開けるのは茶太郎だけ。

 二つ、送る物と受け皿を双方で確認する。

 三つ、手や顔を近づけない。

 四つ、届くまでの時間を数える。

 五つ、茶太郎が疲れを感じたら即座に中止する。


「人や大量の荷を運ぶためには使わない」


 茶太郎は自分で最後の一文を決めた。


「道も舟も、これまでどおり必要なんだ」


 太常が頷く。


「小戸は物流の代わりではなく、急ぎの知らせや、失えば困る小さな物を補う手段とすべきでしょう」


 茶太郎は《縁の料理覚書》へ、茶葉と花びら、三つと四つの丸を描いた。


『同じ戸でも、行きと帰りで時間が違う。必ず試し、必ず記す』


 六角堂側では、専応が届いた茶葉を小さな器へ立てた。

 宇治側では、撫子の花びらを覚書の間へ挟む。

 二つの場所に、一枚ずつ縁の証が残った。


 試験を終え、縁窓を閉じようとしたとき——

 六角堂の池の方から、大きな蛙の声が響いた。


「ゲコォォォン! 黙っていたら、生きとることまで忘れられるぞぉ!」


 続いて、子どもたちの驚く声が聞こえる。

 専応が池を振り返った。


「池の蛙が……立っております」


 窓の向こうで、一匹の大蛙が後ろ脚で立ち、右腕を高く掲げていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回は《小戸》の便利さより、限界を調べて記録することを中心に描きました。行きと帰りで結果が違うなら、思い込みで使わず、何度も試す必要があります。


小戸は道や舟に代わるものではなく、小さな知らせや失ってはならない品を補う力です。次回は、六角堂の池に現れた、とても賑やかな蛙の物語です。

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『茶太郎がゆく』
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