第52話 「焼け土の赤い芽と、灰を入れすぎた畝」
――土を肥やす灰も、多すぎれば根を傷める――
盛り畝の端から、赤い芽が伸びていた。
葉はまだ二枚。
炎の先のように細く、茎には黒い筋が走っている。
「触れるな」
宇治土公の低い声に、茶太郎は伸ばしかけた手を止めた。
「悪い草なの?」
「草そのものは、まだ分からぬ。問題は、その下の土じゃ」
茶丸が赤い芽の周囲を嗅ぐ。
『灰の匂いが強い。昨日まで、この場所にはなかった』
伊平じいさんが土を少し掘ると、黒と白の灰が固まりになって現れた。
焼けた瓦の欠片や、小さな釘まで混じっている。
「盛り畝を作ったとき、こんなもんは入れとらんぞ」
近くにいた避難者たちが顔を見合わせた。
やがて、十二歳ほどの少年が前へ出る。
「……ぼくが入れました」
少年の名は与一。
洛中で染物屋をしていた家の子だった。
「焼けた家の跡から持ってきた土です。灰は畑の肥やしになるって聞いたから……役に立つと思って……」
俯いた手には、灰が染み込んでいる。
「勝手に入れて、ごめんなさい」
茶太郎は与一を責めなかった。
「土を良くしたかったんだよね」
「うん……でも、だめだった?」
宇治土公は灰の塊を指で崩した。
「木や藁を焼いた灰には、草木が育つ助けとなるものも含まれる。じゃが、多すぎれば土の性質を強く変え、若い根を傷める」
太常が灰の量を升で確かめる。
「畝全体へ薄く混ぜる量ではありません。一か所へ固めて入れたため、そこだけ極端に濃くなっています」
「たくさん入れた方が、よく育つと思った……」
「料理でも同じだよ」
茶太郎は答えた。
「塩をたくさん入れたら、もっとおいしくなるわけじゃない」
さらに掘ると、瓦、鉄釘、漆のついた木片が出てきた。
焼けた物なら、すべて畑へ戻せるわけではない。
燃えた家材には、土へ入れるべきでない物も混じっている。
茶太郎たちは赤い芽の周囲だけを掘り返した。
釘と瓦を拾い、漆や油の疑いがある木片を取り除く。
灰の濃い土は畑へ広げず、雨の直接当たらない場所へ分けた。
状態を見ながら長く置き、使えるかどうかを後で判断する。
「全部捨てるんじゃないんだね」
与一が尋ねる。
「今すぐ使わないだけ」
茶太郎は答えた。
「分からないものを、食べ物が育つ場所へ急いで入れないんだ」
赤い芽は、根の周囲の土ごと小さな素焼きの鉢へ移された。
弱ってはいるが、根はまだ生きている。
朱雀が赤い翼を広げ、その芽を見つめた。
「この草に、都を焼いた炎の力が宿っているわけではありません」
「じゃあ、どうして赤いの?」
「火を生き延びた種が、芽吹いただけです。赤い色も、この草が元から持つもの」
朱雀は静かに続ける。
「人は珍しいものを見ると、すぐ祟りや奇跡の名をつけたがります。しかし、名を急げば、本当の姿を見失います」
与一は、鉢の芽を見つめた。
「それ……うちの庭にあった草かもしれへん。母ちゃんが、染め物に使える花になる言うてた」
種は焼けた家の土へ落ち、灰とともに宇治へ運ばれたのだろう。
何の草かは、まだ断定できない。
花が咲くまで育て、確かめることになった。
盛り畝には新しい土を足し、濃い灰が残らないよう混ぜ直した。
数日後、最初に出た大根の双葉は枯れずに立っている。
赤い芽も、鉢の中で少しだけ背を伸ばしていた。
与一は毎朝、水をやる前に土へ指を当てる。
乾いているときだけ、少量の水を注ぐ。
「たくさんやらへんの?」
こたろが尋ねる。
「水も、多ければええわけやないから」
与一は少し得意そうに答えた。
茶太郎は《縁の料理覚書》へ、灰と芽の絵を描く。
伊平じいさんが、その下へ言葉を添えた。
『役に立つものも、量と使い方を誤れば害となる。分からぬ芽には、名を急がぬ』
その夜、茶太郎が六角堂への《縁窓》を開くと、専応の姿が見えた。
茶太郎は赤い芽の鉢を窓の前へ置く。
「与一くんの家にあった草かもしれないんです。花が咲いたら、都へ返したい」
専応は窓の向こうで微笑んだ。
「その花が帰る場所を、こちらでも探しておきましょう」
窓を閉じようとした瞬間、赤い芽の葉が六角堂の方角へ傾いた。
秘密基地の地脈と、焼けた都から来た土。
二つの縁が、鉢の根元で静かに触れ合う。
すると縁窓の下に、小さな取っ手のような光が現れた。
天空が目を細める。
「《小戸》の兆しか。だが、まだ開けるな」
光の取っ手は一度だけ揺れ、壁の中へ消えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
灰は使い方によって土の助けになりますが、量や由来を確かめずに入れれば、かえって根を傷めることがあります。本話の畑づくりは物語上の描写であり、実際に焼け跡の灰や建材を利用する場合は、安全性の確認が必要です。
与一が運んだのは、灰だけではなく、失われた家の記憶でもありました。名を急がず育てられる赤い芽とともに、壁には新しい《小戸》の兆しが現れます。




