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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第52話 「焼け土の赤い芽と、灰を入れすぎた畝」

 ――土を肥やす灰も、多すぎれば根を傷める――


 盛り畝の端から、赤い芽が伸びていた。


 葉はまだ二枚。

 炎の先のように細く、茎には黒い筋が走っている。


「触れるな」


 宇治土公うじどこうの低い声に、茶太郎は伸ばしかけた手を止めた。


「悪い草なの?」


「草そのものは、まだ分からぬ。問題は、その下の土じゃ」


 茶丸が赤い芽の周囲を嗅ぐ。


『灰の匂いが強い。昨日まで、この場所にはなかった』


 伊平いへいじいさんが土を少し掘ると、黒と白の灰が固まりになって現れた。

 焼けた瓦の欠片や、小さな釘まで混じっている。


「盛り畝を作ったとき、こんなもんは入れとらんぞ」


 近くにいた避難者たちが顔を見合わせた。


 やがて、十二歳ほどの少年が前へ出る。


「……ぼくが入れました」


 少年の名は与一よいち

 洛中で染物屋をしていた家の子だった。


「焼けた家の跡から持ってきた土です。灰は畑の肥やしになるって聞いたから……役に立つと思って……」


 俯いた手には、灰が染み込んでいる。


「勝手に入れて、ごめんなさい」


 茶太郎は与一を責めなかった。


「土を良くしたかったんだよね」


「うん……でも、だめだった?」


 宇治土公は灰の塊を指で崩した。


「木や藁を焼いた灰には、草木が育つ助けとなるものも含まれる。じゃが、多すぎれば土の性質を強く変え、若い根を傷める」


 太常たいじょうが灰の量を升で確かめる。


「畝全体へ薄く混ぜる量ではありません。一か所へ固めて入れたため、そこだけ極端に濃くなっています」


「たくさん入れた方が、よく育つと思った……」


「料理でも同じだよ」


 茶太郎は答えた。


「塩をたくさん入れたら、もっとおいしくなるわけじゃない」


 さらに掘ると、瓦、鉄釘、漆のついた木片が出てきた。


 焼けた物なら、すべて畑へ戻せるわけではない。

 燃えた家材には、土へ入れるべきでない物も混じっている。


 茶太郎たちは赤い芽の周囲だけを掘り返した。


 釘と瓦を拾い、漆や油の疑いがある木片を取り除く。

 灰の濃い土は畑へ広げず、雨の直接当たらない場所へ分けた。


 状態を見ながら長く置き、使えるかどうかを後で判断する。


「全部捨てるんじゃないんだね」


 与一が尋ねる。


「今すぐ使わないだけ」


 茶太郎は答えた。


「分からないものを、食べ物が育つ場所へ急いで入れないんだ」


 赤い芽は、根の周囲の土ごと小さな素焼きの鉢へ移された。


 弱ってはいるが、根はまだ生きている。


 朱雀すざくが赤い翼を広げ、その芽を見つめた。


「この草に、都を焼いた炎の力が宿っているわけではありません」


「じゃあ、どうして赤いの?」


「火を生き延びた種が、芽吹いただけです。赤い色も、この草が元から持つもの」


 朱雀は静かに続ける。


「人は珍しいものを見ると、すぐ祟りや奇跡の名をつけたがります。しかし、名を急げば、本当の姿を見失います」


 与一は、鉢の芽を見つめた。


「それ……うちの庭にあった草かもしれへん。母ちゃんが、染め物に使える花になる言うてた」


 種は焼けた家の土へ落ち、灰とともに宇治へ運ばれたのだろう。


 何の草かは、まだ断定できない。


 花が咲くまで育て、確かめることになった。

 盛り畝には新しい土を足し、濃い灰が残らないよう混ぜ直した。


 数日後、最初に出た大根の双葉は枯れずに立っている。

 赤い芽も、鉢の中で少しだけ背を伸ばしていた。


 与一は毎朝、水をやる前に土へ指を当てる。

 乾いているときだけ、少量の水を注ぐ。


「たくさんやらへんの?」


 こたろが尋ねる。


「水も、多ければええわけやないから」


 与一は少し得意そうに答えた。


 茶太郎は《縁の料理覚書》へ、灰と芽の絵を描く。


 伊平じいさんが、その下へ言葉を添えた。


『役に立つものも、量と使い方を誤れば害となる。分からぬ芽には、名を急がぬ』


 その夜、茶太郎が六角堂への《縁窓えんそう》を開くと、専応の姿が見えた。


 茶太郎は赤い芽の鉢を窓の前へ置く。


「与一くんの家にあった草かもしれないんです。花が咲いたら、都へ返したい」


 専応は窓の向こうで微笑んだ。


「その花が帰る場所を、こちらでも探しておきましょう」


 窓を閉じようとした瞬間、赤い芽の葉が六角堂の方角へ傾いた。


 秘密基地の地脈と、焼けた都から来た土。

 二つの縁が、鉢の根元で静かに触れ合う。

 すると縁窓の下に、小さな取っ手のような光が現れた。


 天空てんくうが目を細める。


「《小戸こと》の兆しか。だが、まだ開けるな」


 光の取っ手は一度だけ揺れ、壁の中へ消えた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


灰は使い方によって土の助けになりますが、量や由来を確かめずに入れれば、かえって根を傷めることがあります。本話の畑づくりは物語上の描写であり、実際に焼け跡の灰や建材を利用する場合は、安全性の確認が必要です。


与一が運んだのは、灰だけではなく、失われた家の記憶でもありました。名を急がず育てられる赤い芽とともに、壁には新しい《小戸》の兆しが現れます。

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『茶太郎がゆく』
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