第51話 「熱を持つ土山と、秘密基地の盛り畝」
――腐った米を、すぐ畑へ入れてはいけない――
秘密基地の外に積まれた土山から、白い湯気が立っていた。
湿った米、米糠、藁、落ち葉。
食用にできなかったものを集め、土へ返そうとした山である。
だが近づくと、酸っぱい匂いが鼻を刺す。
茶丸は一度嗅いだだけで後ずさった。
『これは畑へ入れるな』
「土の栄養になるんじゃないの?」
茶太郎が尋ねる。
『いずれはなる。だが、今ではない』
そこへ地面が低く震え、宇治土公が姿を現した。
大きな身体を屈め、土山へ太い棒を差し込む。
しばらくして引き抜くと、棒は触れにくいほど熱くなっていた。
「土の中で、目に見えぬ小さな命が米や藁を食うておる。その働きで熱が出る」
「火がないのに?」
「燃えるのとは違う。腐り、発酵し、姿を変える過程の熱じゃ」
太常が、積み上げる前の記録を確かめた。
「米も藁も消えたわけではありません。水分が抜け、空気へ出たものがあり、別の形へ変わったものがあります」
天空も土山を見つめる。
「質量は、霊力で無かったことにはならぬ。見えなくなった分の一部は、空気や水へ移っている」
茶太郎は土山の表面へ触れた。
外側は冷たいが、内側は熱い。
下の方には水が溜まり、嫌な匂いが強くなっていた。
「息ができてないみたい……」
「そのとおりじゃ」
宇治土公は土山を崩すよう命じた。
弥七と伊平じいさんが鍬を入れ、かん太が藁を広げる。
湿った塊をほぐし、乾いた落ち葉を混ぜる。
水の溜まる窪地から、風の通る場所へ移す。
腐った臭いの強い部分は別に分け、食用の畑から離した。
「すぐに土をかぶせたら駄目なの?」
「隠せば、見えなくなるだけじゃ」
伊平じいさんが答える。
「匂いと熱が落ち着くまで、何度も返して空気を入れる。急いだら根を傷めるぞ」
茶太郎は《縁の料理覚書》へ、湯気の立つ土山を描いた。
『土も、時間と空気が味を変える』
その横で、宇治土公は秘密基地の裏手を指した。
「都から来た者を養うなら、炊き出しだけでは足りぬ。少しずつでも、ここで育てる場所を作れ」
しかし、その土地は固く踏み締められ、水はけも悪い。
雨が降れば泥になり、晴れれば表面がひび割れる。
「平らなまま耕しても、根が息苦しい」
茶太郎は土山を見ながら考えた。
「土を高く盛ったら、水が下へ抜けるんじゃないかな」
伊平じいさんは顎を撫でた。
「盛り畝にするか。なら、焼け跡から運んだ枝も使える」
町で不要となった木材のうち、油や漆のついていない枝だけを選ぶ。
太い枝を最下部へ置き、その隙間へ細枝を重ねる。
上に落ち葉と古い藁を敷き、すでに十分腐熟した堆肥を薄く加える。
最後に畑の土を厚くかぶせた。
未熟な土山の中身は入れない。
熱と匂いが落ち着くまで、別の場所で育てる。
「枝を埋めるのは、何のため?」
「隙間へ水と空気が通る」
宇治土公が答える。
「木はすぐ土にはならぬ。ゆっくり朽ち、長く形を変える。ただし土が薄ければ根が枝へ当たり、乾きやすくなる。上の土は惜しむな」
できあがった畝は、子どもの腰ほどの高さになった。
木を芯にする高畝に近い形である。
水の流れ、腐った木、落ち葉の下で育つ草を見て、土地に合わせて組み立てたものだった。
畝には、秋に収穫する大根、蕪、菜を蒔いた。
九条葱は、農家から分けてもらった苗を植える。
レオが指で土へ小さな穴を開け、ウリハが種を落とす。
ナギは水をやりすぎないよう、土の湿りを確かめた。
こたろも種を運んだが、畝へ上がろうとして転んだ。
「土、ふかふか〜!」
「踏み固めたらあかん!」
かん太が慌てて抱き上げる。
数日後、強い雨が降った。
平らな地面には水溜まりができたが、盛り畝の表面には水が残らなかった。
枝の隙間を通り、余分な水がゆっくり外へ抜けている。
「根っこ、苦しくないね」
茶太郎が言うと、宇治土公は初めて口元を緩めた。
「料理人が見るべきは、椀の中だけではない。食材が育つ土、その土へ戻る残り物までじゃ」
秘密基地の地脈が、盛り畝の下へ細く伸びた。
それは作物を一夜で育てる力ではない。
水の流れと土の崩れを知らせる、見守りの縁だった。
やがて土の表面を押し上げ、小さな双葉が一つ顔を出す。
茶太郎はしゃがみ込み、そっと笑った。
「最初の一口は、ここから始まるんだね」
そのとき、畝の端に植えた覚えのない赤い芽が現れた。
宇治土公の表情が変わる。
「触れるな。その種には、都の焼け土の気配が残っておる」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、食べ物の物語を「食材が育つ土」まで広げました。残り物も、すぐ畑へ入れればよいわけではありません。時間をかけて土へ返す過程も、料理へ続く大切な仕事です。
秘密基地に作られた最初の盛り畝。ところが、その端には見覚えのない赤い芽が現れました。次回は、都の焼け跡から運ばれてきた土と灰の物語です。




