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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第51話 「熱を持つ土山と、秘密基地の盛り畝」

 ――腐った米を、すぐ畑へ入れてはいけない――


 秘密基地の外に積まれた土山から、白い湯気が立っていた。


 湿った米、米糠、藁、落ち葉。

 食用にできなかったものを集め、土へ返そうとした山である。


 だが近づくと、酸っぱい匂いが鼻を刺す。

 茶丸は一度嗅いだだけで後ずさった。


『これは畑へ入れるな』


「土の栄養になるんじゃないの?」


 茶太郎が尋ねる。


『いずれはなる。だが、今ではない』


 そこへ地面が低く震え、宇治土公うじどこうが姿を現した。


 大きな身体を屈め、土山へ太い棒を差し込む。

 しばらくして引き抜くと、棒は触れにくいほど熱くなっていた。


「土の中で、目に見えぬ小さな命が米や藁を食うておる。その働きで熱が出る」


「火がないのに?」


「燃えるのとは違う。腐り、発酵し、姿を変える過程の熱じゃ」


 太常たいじょうが、積み上げる前の記録を確かめた。


「米も藁も消えたわけではありません。水分が抜け、空気へ出たものがあり、別の形へ変わったものがあります」


 天空てんくうも土山を見つめる。


「質量は、霊力で無かったことにはならぬ。見えなくなった分の一部は、空気や水へ移っている」


 茶太郎は土山の表面へ触れた。

 外側は冷たいが、内側は熱い。

 下の方には水が溜まり、嫌な匂いが強くなっていた。


「息ができてないみたい……」


「そのとおりじゃ」


 宇治土公は土山を崩すよう命じた。


 弥七と伊平いへいじいさんが鍬を入れ、かん太が藁を広げる。

 湿った塊をほぐし、乾いた落ち葉を混ぜる。

 水の溜まる窪地から、風の通る場所へ移す。

 腐った臭いの強い部分は別に分け、食用の畑から離した。


「すぐに土をかぶせたら駄目なの?」


「隠せば、見えなくなるだけじゃ」


 伊平じいさんが答える。


「匂いと熱が落ち着くまで、何度も返して空気を入れる。急いだら根を傷めるぞ」


 茶太郎は《縁の料理覚書》へ、湯気の立つ土山を描いた。


『土も、時間と空気が味を変える』


 その横で、宇治土公は秘密基地の裏手を指した。


「都から来た者を養うなら、炊き出しだけでは足りぬ。少しずつでも、ここで育てる場所を作れ」


 しかし、その土地は固く踏み締められ、水はけも悪い。

 雨が降れば泥になり、晴れれば表面がひび割れる。


「平らなまま耕しても、根が息苦しい」


 茶太郎は土山を見ながら考えた。


「土を高く盛ったら、水が下へ抜けるんじゃないかな」


 伊平じいさんは顎を撫でた。


「盛り畝にするか。なら、焼け跡から運んだ枝も使える」


 町で不要となった木材のうち、油や漆のついていない枝だけを選ぶ。


 太い枝を最下部へ置き、その隙間へ細枝を重ねる。

 上に落ち葉と古い藁を敷き、すでに十分腐熟した堆肥を薄く加える。

 最後に畑の土を厚くかぶせた。


 未熟な土山の中身は入れない。

 熱と匂いが落ち着くまで、別の場所で育てる。


「枝を埋めるのは、何のため?」


「隙間へ水と空気が通る」


 宇治土公が答える。


「木はすぐ土にはならぬ。ゆっくり朽ち、長く形を変える。ただし土が薄ければ根が枝へ当たり、乾きやすくなる。上の土は惜しむな」


 できあがった畝は、子どもの腰ほどの高さになった。

 木を芯にする高畝に近い形である。


 水の流れ、腐った木、落ち葉の下で育つ草を見て、土地に合わせて組み立てたものだった。


 畝には、秋に収穫する大根、蕪、菜を蒔いた。

 九条葱は、農家から分けてもらった苗を植える。

 レオが指で土へ小さな穴を開け、ウリハが種を落とす。

 ナギは水をやりすぎないよう、土の湿りを確かめた。

 こたろも種を運んだが、畝へ上がろうとして転んだ。


「土、ふかふか〜!」


「踏み固めたらあかん!」


 かん太が慌てて抱き上げる。


 数日後、強い雨が降った。


 平らな地面には水溜まりができたが、盛り畝の表面には水が残らなかった。

 枝の隙間を通り、余分な水がゆっくり外へ抜けている。


「根っこ、苦しくないね」


 茶太郎が言うと、宇治土公は初めて口元を緩めた。


「料理人が見るべきは、椀の中だけではない。食材が育つ土、その土へ戻る残り物までじゃ」


 秘密基地の地脈が、盛り畝の下へ細く伸びた。


 それは作物を一夜で育てる力ではない。


 水の流れと土の崩れを知らせる、見守りの縁だった。

 やがて土の表面を押し上げ、小さな双葉が一つ顔を出す。


 茶太郎はしゃがみ込み、そっと笑った。


「最初の一口は、ここから始まるんだね」


 そのとき、畝の端に植えた覚えのない赤い芽が現れた。


 宇治土公の表情が変わる。


「触れるな。その種には、都の焼け土の気配が残っておる」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回は、食べ物の物語を「食材が育つ土」まで広げました。残り物も、すぐ畑へ入れればよいわけではありません。時間をかけて土へ返す過程も、料理へ続く大切な仕事です。


秘密基地に作られた最初の盛り畝。ところが、その端には見覚えのない赤い芽が現れました。次回は、都の焼け跡から運ばれてきた土と灰の物語です。

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『茶太郎がゆく』
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