第41話 「潮を飲むアオバトと、止まった塩舟」
――遠い海から来た翼が、宇治と都を結ぶ――
南の空から飛んできた緑色の鳩は、秘密基地の屋根を越えたところで力尽きた。
「落ちる!」
蒼が飛び立ち、地面へぶつかる直前に受け止める。
鳩は若葉色の羽に黄色い胸、翼には紫がかった赤い模様を持っていた。
脚には、小さな文が結ばれている。
「……お水……」
茶太郎が椀に水を入れると、鳩は嘴を近づけたが、すぐに首を振った。
「ちがう……塩のある水……」
「塩水を飲むの?」
橋姫が鳩の羽に触れる。
「この子はアオバトです。山に暮らしながら、ときおり海辺へ下り、潮の水を求める鳥」
茶太郎は水へ塩を入れようとしたが、山科言継が止めた。
「濃すぎれば身体を害する。ほんのわずかでよい」
茶太郎は薄い塩水を作り、水飴を一滴だけ溶かした。
鳩は少しずつ飲み、やがて目を開く。
「……あまい。おいしい……」
光が羽を包み、八歳ほどの少女へ姿を変えた。
若葉色の髪に黄色い房、肩には紫紅色の羽模様が残っている。
「わたし、シオ。東の相模、大磯の照ヶ崎から来たの」
蒼が目を細めた。
「大磯から宇治まで、一度に飛んだのか?」
「そんなの無理。山で休んで、川をたどって、伊勢や大和を通ってきた。海と山を行き来するうちに、道を覚えたの」
シオは胸を張った直後、ふらりと倒れかけた。
「今は休め」
「……はい」
脚の文は、山崎の舟着き場からの急報だった。
森彦右衛門が封を開く。
「塩舟が止まっておる」
堺方面から淀川を上ってきた舟が、山崎付近で足止めされていた。
洛中の混乱によって荷の受取人が散り、舟頭は誰へ渡せばよいか判断できないという。
積荷は塩、干魚、米酢。
いずれも避難者の炊き出しや傷の手当てに欠かせない。
「塩がなければ、粥ばかりでも身体がもたん」
ひこじいは帳面を広げた。
「じゃが、勝手に宇治へ運べば盗みになる。荷主と届け先を確かめねばならん」
シオが顔を上げる。
「舟頭さんが言ってた。荷の半分は、下京の町へ届けるもの。六角堂を目印に、受け取る人を探してほしいって」
ユキは文の端にある印を確かめた。
「下京の町組で使う合印や。焼け出された仲間を養う荷やと思う」
弥七も頷く。
「宇治の分と都の分を、勝手に混ぜるわけにはいかんな」
「なら、迎えに行こう」
茶太郎が言った。
「誰の食べ物かを確かめて、必要な人に届けるんだ」
翌朝、一行は山崎へ向かった。
シオは高い空から大きな川筋を読み、蒼は低く飛んで浅瀬や人影を確かめる。
「右の水路。大きな舟が二艘」
蒼が指し示す。
「その先に塩の匂いがする」
シオが答えた。
山崎の舟着き場には、荷を積んだままの舟が係留されていた。
舟頭は、ひこじいの書状と町組の合印を何度も見比べる。
「宇治へ渡せるのは三俵だけや。残りは下京の者が受け取る荷やで」
「それで十分です」
茶太郎は頭を下げた。
「残りも、ちゃんと届けます」
塩三俵を受け取る代わりに、宇治からは茶葉と乾かした薪を舟へ積んだ。
ただ貰うのではなく、互いに不足するものを補うためだった。
秘密基地へ戻ると、茶太郎はシオのために薄い塩水飴を作った。
青柑子の果汁をほんの一滴加えた、澄んだ水飴である。
「名前は《ひとしずくの塩水飴》」
シオは目を輝かせた。
「海の味と、山の甘さがする……」
茶太郎が笑う。
「シオが海と山の道をつないでくれたからだよ」
シオは大事そうに水飴を舐めた。
「じゃあ、次はわたしが茶太郎を海へ案内する。すぐじゃなくても、いつか必ず」
その約束を聞きながら、ひこじいは下京宛ての荷札を見つめていた。
「茶太郎。残りの塩を都へ届けるには、六角堂の町衆と話をつける必要がある」
伊平じいさんが静かに言う。
「そこには、花をもって人の心を立て直す僧がおるそうじゃ」
荷札の裏には、一人の名が記されていた。
池坊専応——。
焼けた都で花を立て、町の人々を励ましている僧の名だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、海と山を行き来するアオバトをもとに、シオという案内役を描きました。
塩舟の荷は、見つけた者が自由に使える物ではありません。宇治へ渡せる分と、下京へ届ける分を荷札で確認し、茶葉や薪との交換によって受け取りました。
物資を助け合うときほど、誰の荷なのかを確かめる必要があります。
次に塩を届ける先は、焼け跡に立つ六角堂。
次回、池坊専応の一枝が、傷を隠さず町を立て直す方法を示します。




