第38話 「燃え止まれない騰蛇と、銀髪のユキ」
――人を焼く火を、人を生かす火へ戻す――
赤い蛇の形をした炎が、炊き出し場の柱へ迫った。
山中弥七は水桶を引き寄せる。
「火へ近づくな! 子どもと怪我人を風上へ!」
かん太が避難者を誘導し、伊平じいさんたちは延焼しそうな筵や薪を遠ざけた。
茶丸が土霊の壁を作る。
だが、火そのものを消すことはできない。
茶丸(念話)
『火には燃える物が要る。薪と筵を離せ!』
そのとき、炊き出しを手伝っていた黒髪の少女が動いた。
「そこの縄、切るよ!」
少女は小刀で日除け布の縄を切り、燃え移る前に地面へ落とした。濡らした筵をかぶせ、足で踏む。
弥七
「お前、ただの避難者ではないな」
「そっちこそ、ただの甘党やないやろ」
少女は笑いながら、次の水桶を受け取った。
◆火と霊を分ける
皆で燃料を遠ざけ、水と濡れ筵を使ううち、現実の炎は小さくなっていった。
しかし赤い蛇だけは消えない。
燃える物のない地面を這い、苦しそうに身をよじっている。
『止まれぬ……』
『都が燃える……人が逃げる……まだ熱い……!』
橋姫
「実際の火は鎮まりました。残っているのは、人々の恐怖を吸った火の霊です」
茶太郎は赤い蛇へ近づいた。
「君が、都を焼いたの?」
『違う……我は火の流れを量る者……』
『人が放った炎へ引かれ……恐れを吸いすぎた……』
炎の額に、古い文字が浮かぶ。
——騰蛇。
橋姫
「十二天将の一柱、騰蛇……火と煙に関わる天将です」
騰蛇
『焼きたいのではない。だが、火の使い方を思い出せぬ……』
茶太郎
「だったら、もう一度見よう」
茶太郎は鎮火を確認した竈へ、新しい薪を少しだけ組んだ。
弥七
「また火をつける気か」
「火が悪いんじゃない。使う人が、どこで止めるか決めなきゃいけないんだ」
宗次が竈の周囲を片づけ、水桶を横へ置く。
「燃やす薪は、これだけや。火の番も離れへん」
茶太郎は火打石で小さな火を起こした。
◆人を生かす火
竈へ鉄網を置き、残っていた粥飯を小さく丸める。
表面へ味噌を薄く塗り、遠火で焼く。
焦がさぬよう何度も返すと、香ばしい匂いが広がった。
茶太郎
「《帰り火の焼きむすび》」
「火は家を焼くこともある。でも、お米を炊いて、人を温めることもできる」
赤い蛇は、竈の炎を見つめた。
騰蛇
『火を……小さくしてよいのか』
「うん。薪がなくなったら消える。仕事が終わったら、休んでいいんだよ」
騰蛇はゆっくりと竈へ入り、小さな炎と重なった。
燃え上がることはない。
薪の量に応じた炎が、焼きむすびを静かに温めている。
騰蛇
『……これが、炊ぐ火……』
茶太郎
「焦げそうになったら、教えてね」
『承知した』
騰蛇は火を生み出したのではない。
風の入り方と薪の燃え方を読み、炎が片寄らないよう整えていた。
◆雨に現れた銀髪
騒ぎが収まった頃、夕立が降り始めた。
先ほどの少女が子どもたちへ筵をかけ、自分は雨に濡れている。
黒かった髪から墨色の雫が流れ落ちた。
その下から現れたのは、光を受けて輝く銀白色の髪。
少女が顔を上げると、瞳も青緑色だった。
弥七
「日置方か」
少女
「その呼び方を知っとるなら、やっぱり甲賀の者やね」
弥七と少女の間に、鋭い空気が走る。
茶太郎は二人の間へ入り、少女の髪を見上げた。
「きらきらしてる。きれいだね」
少女は言葉を失った。
「……怖くないん?」
「どうして? 雪みたいで、きれいだよ」
少女は濡れた銀髪を押さえ、初めて作り笑いではない顔を見せた。
「うちは日置雪。ユキでええよ」
希太がユキへ近づき、薬草の匂いを嗅ぐ。
「にゃ……シャッ」
「なんでや! 弥七には膝へ乗ったやん!」
弥七
「追うから逃げる」
ユキ
「甘党のくせに偉そうに」
そのやり取りを見て、避難者の子どもたちが笑った。
竈では騰蛇が、焼きむすびを焦がさぬ小さな火となって揺れている。
だがユキは笑いながらも、弥七の腰袋を見逃していなかった。
そこには、六角方へ送る密書が隠されていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
騰蛇は、火を生み出す存在ではなく、燃え広がる恐怖へ引きずられてしまう幼い霊として描いています。
茶太郎が教えたのは、火を消し去ることではありません。薪の量と風を読み、料理に必要な大きさで燃え、仕事が終われば休んでよいということでした。
銀髪の少女・日置雪、通称ユキも登場しました。弥七とは互いの素性を知っている様子です。
次回は山中で帰れなくなった子どもたちと、何度も振り返って道を示す白兎の物語です。




