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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第36話 「谷宗牧の連歌と、百椀の炊き出し」

――言葉が人を結び、空の鍋を満たしていく――


 森家の蔵から、米俵と味噌樽が次々に運び出された。


 だが、商屋までの道は狭い。


 避難者も増え続け、荷車は思うように進めなかった。


 森彦右衛門もり・ひこえもんが声を張る。


「米を一か所へ集めるな! 火事や略奪に遭えば、すべて失うぞ!」


 茶太郎

「じゃあ、どうするの?」


「炊き出し場を三つに分ける。お前の商屋、平等院、それから宇治橋の南詰じゃ」


 伊平いへいじいさん

「水場と井戸も分散できる。ええ考えじゃ」


 しかし、人手が足りない。


 米を運ぶ者。

 薪を割る者。

 粥を炊く者。

 怪我人を看る者。


 皆が勝手に動けば、同じ仕事を重ねたり、必要な場所に誰もいなかったりする。


 その様子を見ていた谷宗牧たに・そうぼくが、懐紙を広げた。


 宗牧

「では、連歌のように仕事をつなぎましょう」


 かん太

「連歌で炊き出しを?」


「一人がすべてを完成させる必要はありません。前の者が残したものを受け、次の者へ渡すのです」


 宗牧は懐紙へ役目を書き始めた。


 森家から米を運ぶ。

 商屋で米を洗う。

 宇治橋で水を汲む。

 平等院で粥を炊く。

 町の若者が椀を配る。


 食べ終えた椀を洗い、再び炊き出し場へ戻す。


 宗牧

「これなら、仕事が句のようにつながります」


 彦右衛門

「旅ばかりしとると思えば、人の動かし方も心得とるのう」


 宗牧

「旅は、一人では続けられませんから」


 ◆百椀の茶粥


 平等院の一角に大鍋が並べられた。


 茶太郎は三つの炊き出し場を回り、茶葉と味噌の分量を伝えた。


「お茶を入れすぎると苦くなるよ。これくらいでいいの」


 炊き手の女

「こんな小さな料理人に教わる日が来るとはねぇ」


 茶太郎

「ぼく一人じゃ作れないから、お願いします」


「そう言われたら、断れへんな」


 ナギが井戸水の状態を調べ、濁った水桶を脇へ分ける。

 ウリハは短い脚で薪を運び、レオは干し菜を一枚ずつちぎった。

 希太きたは怪我人の間を歩き、痛みの強い者を見つけて志乃へ知らせる。

 茶丸ちゃまるは炊き出し場の端に座り、騒ぎに乗じて近づく悪い霊を睨んでいた。


 最初の大鍋が炊き上がる。


 茶太郎

「一番鍋、できたよ!」


 宗牧が帳面を確認した。


「まずは子どもと怪我人へ。その次に、荷運びを終えた者たちです」


 百の椀に、茶粥が注がれた。


 避難者と宇治の住民が同じ列に並び、同じ鍋から粥を受け取る。

 法華宗の者も、別の宗派の者もいた。


 だが、茶太郎は誰にも名や信仰を尋ねなかった。


 茶太郎

「熱いから、ゆっくり食べてね」


 老人

「わしも……食べてよいのか」


「もちろん」


 老人は椀を受け取ると、深く頭を下げた。


 ◆一句に込めた願い


 日が傾く頃、百椀目の粥が配られた。

 宗牧は灰の積もった庭を眺め、静かに詠んだ。


「暮るる空 灰を運びて 宇治の風」


 こたろ

「つぎは何て言うの〜?」


 宗牧

「連歌ですから、誰かが続けねばなりません」


 皆の視線が茶太郎へ集まった。


 茶太郎は困った顔で、湯気の立つ大鍋を見つめる。


「……怖いのが、お椀で消えたらいいな」


 宗牧は目を細め、その言葉を懐紙へ書き直した。


「憂き世払う 霧の一椀 恐れなし」


 茶太郎

「ぼく、そんな上手に言ってないよ?」


「もとの心は、茶太郎のものです。私は言葉の形を整えただけ」


 宗牧

「料理も連歌も同じでしょう。誰かが始め、誰かが受け取り、皆で一つのものにする」


 そのとき、平等院の奥から一人の公家が現れた。

 旅塵と煤にまみれているが、背筋は崩れていない。


 山科言継やましな・ときつぐだった。


 言継は茶粥を口に運び、驚いたように茶太郎を見る。


 山科言継

「この粥を考えたのは、そなたか」


 茶太郎

「うん。みんなで作ったの」


 言継

「茶の香りで心を鎮め、茸と味噌で力を補う。薬膳にも通じる組み立てだ」


 言継は、火傷を負った避難者たちへ目を向けた。


「茶太郎。料理で人を支えるというなら、次は怪我人の食を考えてみぬか」


 茶太郎は、椀を持つことさえできない男を見た。

 温かな粥だけでは、届かない人がいる。


「……教えてください。どうしたら食べてもらえる?」


 言継は静かに頷いた。


「ならば、医術と料理をつなごう」


 茶太郎の新たな学びが、平等院の炊き出し場から始まろうとしていた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 今回は、料理と連歌を重ねて描きました。


 誰かが始めた言葉を別の者が受け取り、皆で一つの作品へ育てていく連歌。炊き出しもまた、一人の料理人だけでは完成しません。


 百椀目まで届いたのは、米を出す者、火を守る者、運ぶ者、受け取る者がいたからです。


 そして山科言継との出会いにより、茶太郎の料理は医術と交わり始めます。


 次回は、怪我や病気の者へ「食べさせる前に何を確かめるか」を学びます。


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『茶太郎がゆく』
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