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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第299話 「三人の旅人と、足りない寝床」

 ――縁を結ぶとは、できない約束まで引き受けることではない――


 下京の炊き出し場へ来た旅人は、三人だった。


 一人目は、土壁を塗る仕事をしてきた男。

 名は弥助やすけ


 二人目は、炊事を手伝えるという女。

 名はおふじ


 三人目は、七歳の娘を連れた母親のおさとだった。


 三人とも、葦と椀の印を刻んだ札を持っている。


「伊助さんから、ここなら仕事があると聞きました」


 弥助が言った。


「伏見の葦屋で、この札をもろたんです」


 おすみは三人を前に、すぐ返事ができなかった。


 仕事はある。

 だが、寝床がない。


 粥も、今いる者の分を少し多めに炊いているだけだった。


「今夜だけなら、何とか詰められるんと違う?」


 茶太郎が仮小屋を覗く。


「詰めたら寝られることと、安全に休めることは違う」


 弥七やしちが答えた。


 火を使う場所。

 道具を置く場所。

 夜中に外へ出る道。


 人が増えれば、塞がる場所も増える。


「先に数えよう」


 お澄が言った。


 食べられる人数。

 横になれる人数。

 水を汲める量。


 今ある仕事。

 一つずつ別に確かめることになった。


 大鍋の粥は、薄めれば三人分を増やせる。

 だが、それを続ければ、働く者の食事が足りなくなる。


 仮小屋の床には、大人二人が横になれる隙間しかない。

 土壁の仕事はあるが、壁土をこねる桶が一つしかない。


「食べ物だけなら足りる」


 茶太郎が言う。


「今夜だけはな」


 お澄は首を振った。


「明日も、その次も来たらどうするん?」


 助けたい気持ちだけで受け入れれば、先にいた者まで寝床と食事を失う。

 しかし、日が傾き始めた今、三人を見知らぬ町へ追い出すこともできない。


 そこへ、仕事を取りまとめている男が現れた。


「人手が欲しいなら、うちで預かるぞ」


 名を五郎次ごろじという。


 焼けた町家の再建を何軒も請け負っていた。


「飯も寝床も、こちらで出す。働いた分から代を引けばええ」


 弥助の顔が明るくなる。


「ほんまですか」


「壁塗りなら、明日から使える。女衆も土運びくらいできるやろ」


 五郎次がお里の娘を見る。


「その子も、藁を運ぶくらいはできるな」


 娘は母親の後ろへ隠れた。


「子どもに働かせるん?」


 茶太郎が尋ねる。


「遊ばせて飯を食わせるわけにはいかん」


「飯と寝床の代は、いくら?」


「働きながら返せばよい」


「いくら返したら終わるん?」


「細かい話は、働いてからや」


 弥七の目が鋭くなった。


「それでは、働く前に決められん」


「人手を欲しがっとるのは、そちらやろ」


「せやからこそや」


 弥七は五郎次の前へ立った。


「何日働く。何をする。飯は何回。寝床の代はいくら。働いた者へ残る銭はいくら。それを先に決める」


「字も読めん流れ者に、そこまで要るか」


「読めへんなら、なおさら二人以上の前で話す」


 五郎次は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「面倒な連中や」


「松永さんも、同じこと言うてた」


 茶太郎が呟く。


「誰の話や?」


「こっちの話」


 五郎次は、三人を連れていくのを諦めた。


「明日の朝までに決めぬなら、ほかを雇う」


 そう言い残して去っていく。


 弥助が困った顔をした。


「条件が悪くても、働かんよりはましやったかもしれへん」


「それも弥助さんが決めることや」


 茶太郎が答える。


「でも、何を約束したか分からんまま行くんは怖いよ」


 その夜の寝床を探すため、茶太郎たちは近くを回った。


 子どもだけでは訪ねない。

 弥七とお澄が事情を話す。


 一軒目の仮小屋には空きがない。

 二軒目は屋根が破れている。

 三軒目では、夜に男と女を一緒に泊められないと断られた。


 最後に訪ねた西光寺で、了円りょうえんが話を聞いた。


「庫裏には余裕がありませぬ」


 やはり、すぐには受け入れられない。

 だが、了円は境内の小さな堂を見た。


「昼に古材を置いている堂なら、三日だけ空けられます」


「三日だけ?」


「寺も、いつまでも養えるわけではありませぬ。火は使わない。夜は寺男が見回る。男と女の寝場所は衝立で分ける。それでよければ」


 今夜の寝床は決まった。

 だが、三日後には再び行き先が必要になる。


「三日で、できることを確かめよう」


 茶太郎が言った。


 翌朝。


 お澄は、仕事を一つずつ木札へ書いた。


『崩れた土壁を落とす。

 大人二人。

 一日。

 昼の粥一杯。

 終われば銭十文』


『炊事の手伝い。

 大人一人。

 朝と昼。

 粥二杯。

 銭六文』


 仕事を出す者。

 受ける者。

 立ち会う者。


 三つの印を残す。


 字が読めない者には、仕事の内容を声に出して伝える。

 日が暮れたら、その日の分をいったん清算する。

 借りを積み上げ、いつまで働いても終わらない形にはしない。


「娘はどうしたらええんでしょう」


 お里が尋ねた。


「働く間、この子を一人にできません」


 娘は、母の袖を握っている。


「うちの鍋の近くは危ない」


 お澄が言う。


「火も刃物もある。子どもの居場所にはできへん」


「寺で預かれへんかな」


 茶太郎が了円を見る。


「子どもだけを寺へ置いていく決まりはありませぬ」


「ずっとやなくて、お母さんが働く間だけ」


「誰が見るのです」


 預かる場所があっても、見守る大人がいなければならない。

 すると、井戸への道を教えてくれた老女、おつねが杖を突いてやってきた。


「半日なら、わしが見よう」


「お常さんが?」


「重い物は持てへん。壁も塗れへん。せやけど、子どもと一緒に藁縄を選り分けるくらいはできる」


「子どもに仕事させるん?」


 娘の顔が曇る。


「嫌なら、せんでええ」


 お常が笑う。


「話を聞いてもええし、絵を描いてもええ。ただし、井戸と荷車の道へ勝手に出ん約束や」


「お母ちゃんも、そこに来る?」


「昼には戻るよ」


 お里が答える。


「ほな、待つ」


 子どもの居場所は、西光寺の軒下に決まった。

 お常一人へ任せきりにせず、寺男と炊き出し場の大人が時を決めて様子を見る。

 母親が戻る時刻も、木札へ刻む。


 その日の夕方。


 弥助が落とした土壁の量。

 お藤が炊いた粥の数。

 お里が洗った古布の枚数。


 それぞれを、仕事を頼んだ者と一緒に確かめた。

 約束した飯と銭が渡される。


 弥助は受け取った十文を見て、息を吐いた。


「今日働いた分が、今日終わった」


「当たり前やないの?」

 茶太郎が尋ねる。


「その当たり前がない場所もあるんや」

 お藤が答えた。


 三人の寝床は、まだ三日分しかない。

 仕事も、明日までしか決まっていない。


 だから帳面には、

『三人、受け入れ』

 とは書かなかった。


『一日目、寝床あり。

 食事あり。

 仕事あり。

 三日目の先は未定』

 と記した。


 お澄は、椀の横へ横木を一本刻んだ。

『今は、寝床なし』


 葦屋へその印を送れば、新しい旅人を何も伝えず京へ送り出さずに済む。


 仕事だけある時。

 寝床だけある時。

 子どもと一緒に受け入れられる時。

 状態が変われば、印も替える。


「断る札を作ったみたいで、嫌やな」


 お澄が言う。


「来てから追い返すより、先に伝える方がええよ」


 茶太郎は答えた。


「泊まれへんことと、来たらあかんことは同じやない。泊まれる場所ができたら、また知らせたらええ」


 縁は、多ければよいものではなかった。

 受け止められる数を確かめ、無理な時には正直に伝える。

 それも、道を切らないための仕事だった。


 日が暮れる頃。


 下京の商人、宗兵衛そうべえが炊き出し場へ姿を見せた。

 隣には西光寺の了円がいる。


「屋地の件、寺の古い帳面まで確かめた」


 宗兵衛は、井戸のそばの焼け跡を見た。


「借りは返されていた。土地は、わしが買うたものとして認められるそうや」


 お澄たちの顔が強張る。


 三日後の寝床どころではない。

 炊き出し場そのものを失うかもしれない。


 だが宗兵衛は、一枚の新しい証文を広げた。


「蔵を建てる前に、話がある」


 証文には、屋地の一部を区切る線と——井戸へ続く細い道が、はっきりと描き加えられていた。


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『茶太郎がゆく』
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