表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
PR
305/308

第293話 「京の塞がれた道と、見える幻」

 ――人を退かせるより、互いに動ける形を見つける方が難しい――


 伏見を発った茶太郎たちは、竹田口から京へ入った。


 先頭を歩くのは、松永家の使者。

 その後ろに果心居士かしんこじ


 茶太郎とかん太は弥七やしちのそばを離れず、茶丸と白灯あかりが人混みの端を進む。

 伏見で車輪を助けた若い荷運び人も、荷車を引いて同行していた。


「京まで同じ道や。途中の水場も教えたる」


 若者はそう言った。


 伏見で一度助け合った縁が、そのまま京まで続いていた。


 下京へ近づくにつれ、景色が変わる。


 焼け残った柱。

 崩れた土壁。

 新しく削られた木材。


 槌の音。

 鋸の音。

 煮炊きの煙。


 焼けた町は、灰の中から少しずつ立ち上がろうとしていた。


「ここだ」


 使者が立ち止まる。


 大路へ通じる道が、人と荷で塞がれていた。


 古材を分ける者。

 縄をう者。

 鍋で粥を炊く女たち。

 井戸から水を運ぶ子どもたち。

 道の中央には、長い板や柱が積まれている。


「この道を空けさせよ」


 使者が果心へ告げた。


「明日から、松永家に関わる荷車が通る。材木も米も、ここで止めるわけにはいかぬ」


 果心は道の人々を見回した。


「なるほど。ならば、騎馬武者の幻を見せればよい。十騎ほど突っ込ませれば、皆、散るであろう」


「馬が驚く」


 茶太郎がすぐに言った。


「子どももおる。逃げるとき転んだら危ない」


「本物の騎馬ではないぞ」


「見える人には、本物みたいに見えるんやろ?」


「……それが幻というものだ」


「ほな、怖さも本物や」


 果心は口を閉じた。

 使者が眉を寄せる。


「これは果心殿の試しだ。道を塞ぐ者を、戦わず退かせられるかどうかを見ている」


「その前に、なんでここにおるか聞いてもええ?」


 茶太郎が尋ねた。


「道を塞いでいる。それだけで十分だ」


「十分やないよ」


 返事をしたのは、道端で粥をよそっていた女だった。


「うちらかて、好きで道の真ん中におるんやない」


 三十ほどの女で、名をおすみといった。

 戦と火で家を失い、今は近くの焼け跡に仮小屋を建てて暮らしている。


「この井戸だけは潰れへんかった。せやから、みんなここへ水を取りに来る。炊き出しも、古材の分け方も、ここなら一緒にできるんや」


「ほかの場所へ移せぬのか」


 使者が問う。


「空いてるように見える焼け跡にも、持ち主がおる。勝手には使えへん。井戸から離れたら、年寄りや小さい子には水を運ばれへん」


 道を塞いでいる側にも、ここを使う理由があった。

 だが、荷車を通す側にも理由がある。

 京の再建に使う木材や米を運べなければ、困る者が増える。


 茶太郎は道幅を見た。


「全部どかすんやなくて、荷車が通る分だけ空けられへんかな」


「簡単に言うな」


 材木を扱っていた男が答えた。


「この柱は重い。毎朝出して、毎夕戻すなんぞ無理や」


 そこで、伏見から来た若い荷運び人が荷車を止めた。


「通るだけなら、道全部はいらん」


 車輪から車輪までの幅。

 曲がるときに必要な余白。

 馬が人を怖がらず進める間隔。


 荷車を引く者にしか分からないことを、若者は一つずつ示した。


「ここに積んだ板を半間ずらせば、一台は通る。せやけど、この角に子どもがおったら、御者から見えへん」


 お澄が子どもたちを振り返る。


「水汲みの道と、荷車の道が重なっとるんやな」


 弥七が縄を取り出した。


「まず、地面へ印を置こう。荷車の通る幅が見えたら、何を動かすべきか分かる」


 果心が一歩前へ出た。


「それなら、私の術が使える」


 使者の目が鋭くなる。


「追い払うのか」


「いや」


 果心は道にいる全員へ聞こえるように声を張った。


「これから見せるものは幻だ。人も馬も、実際にはそこにおらぬ。道の形を確かめるために使う」


 隠さない。

 騙さない。

 誰に何が見えるのか、先に告げる。


 果心が錫杖を鳴らす。


 ちりん。


 道の上に、薄い白線が浮かんだ。

 白線は荷車一台分の幅で伸び、曲がり角ではゆるく膨らむ。

 そこへ半透明の荷車が現れた。


「おお……」


 町の者たちが息を呑む。


 幻の荷車が進む。

 積まれた板の角へぶつかる。

 井戸へ走ろうとした子どもの姿と重なる。

 粥鍋の前では、馬が火を避けるように大きく膨らんだ。


「ここ、危ない!」


 子どもが自分で声を上げた。


「鍋も近すぎるわ」


 お澄が言う。


「井戸の横へ寄せたら、湯気が馬にかからへん」


「板は縦に組んで置けば、幅が減る」


 材木の男も考え始めた。


「倒れんように支えが要るな」


「焼け残った短い柱がある。組めるかもしれへん」


 誰か一人が答えを出したのではなかった。


 荷運び人が必要な幅を示す。

 果心が見える形にする。

 町の者が、動かせる物と動かせない物を分ける。


 弥七たち大人が、倒れない置き方を確かめる。

 茶太郎は、その間を歩いて尋ねた。


「水を汲む時間は、いつが多い?」


「朝と夕方や」


「荷車は?」


 使者が答える。


「日の高い間だ」


「ほな、昼は荷車の道。朝と夕は水汲みを先にするんは?」


「遅れた荷車が来たらどうする」


「木を鳴らして知らせる」


 お澄が炊き出し用の拍子木を持ち上げた。


「大人が一人、角に立つ。子どもだけでは道へ出さん」


 その場で、決まりが作られた。


 荷車の通る場所は、縄と白い石で示す。

 材木は道へ寝かせず、支えを組んで端へ立てる。


 粥鍋は井戸の奥へ移す。

 荷車が来るときは、角に大人が立ち、拍子木を二度鳴らす。

 荷を降ろすときも、通り道へ置きっぱなしにしない。


 ただし、まだ決まっただけだ。

 実際に荷車が通れば、別の危険が見つかるかもしれない。


「明日、一台だけ通そう」


 茶太郎が言った。


「それで困ったところを直す。いきなり何台も通したらあかん」


 使者は不満そうだったが、最後には頷いた。


「一日だけだ。通れぬなら、別の手を使う」


 翌日の昼。


 最初の荷車が、ゆっくり道へ入った。

 かん、かん。

 拍子木が二度鳴る。

 子どもたちは井戸の奥へ下がり、大人が角に立つ。


 馬は驚かない。

 車輪は材木へ触れない。

 荷車は止まりながらも、道を抜けた。


 歓声は上がらなかった。

 代わりに、お澄が板切れへ記した。


『一台、通る。

 井戸の前で少し詰まる。

 水桶の置き場を、さらに一歩下げる』


「成功、とは書かへんのか」


 果心が尋ねる。


「一台だけやから」


 茶太郎が答えた。


「雨の日も、荷が重い日もある。続けてみな分からへん」


 使者は、空いた道と、道端に残った人々を見比べた。


「果心殿」


「何かな」


「命じられたのは、人を退かせることだった」


「退いたではないか。荷車が通る間だけ」


「術で脅してはいない」


「術は使ったぞ」


 果心は、消えかけた白線を錫杖で示した。


「ただし、嘘を本物と思わせるためではない。皆が同じ物を見るために使った」


 使者はしばらく黙っていた。

 やがて、小さな文を取り出す。


「松永様へ、このまま報告する」


「失格かな」


「私には分からぬ」


 使者は筆を走らせた。


『外法僧、人を追わず。

 幻にて道を見せ、町衆自ら動く』


 茶太郎は、その文を横から覗き込まなかった。

 伏見から京へ来て、また一つ人の縁が増えた。


 荷車を知る若者。

 井戸を守るお澄。

 古材を扱う男たち。

 名も知らない、水桶を運ぶ子どもたち。


 道を作ったのは、果心の幻だけではない。

 それぞれが、自分に見えていることを持ち寄ったからだった。


 夕方。


 松永家から返事の使者が来た。


「果心居士と、宇治の茶太郎を連れてまいれ」


 その手には、黒い紐で結ばれた文があった。


「松永様がお尋ねだ」


 使者は二人を見た。


「人を恐れさせずに動かす術など、本当に術と呼べるのか——とな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ