↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
PR
292/319

第280話 「旅僧の幻と、戻ってくる関所」

 ――目の前から追い払うことと、二度と起きないようにすることは違う――

 

 炭山から宇治へ戻る山道に、一人増えていた。


 擦り切れた墨染めの衣。

 節くれ立った杖。

 深くかぶった笠の下には、笑っているのか疑っているのか分からない目がある。


「ほんまについてくるん?」


 茶太郎が振り返った。


「そなたが、一緒に歩けと言うたのであろう」


 果心居士かしんこじは平然と答えた。


「京へ行くんやなかったん?」


「京は逃げぬ。面白いものは、逃げることがある」


『茶太郎を面白いもの扱いするな』


 茶丸が低く言った。


「おお、これは失礼した。面白いお方、と申せばよいか」


『もっと悪い』


 果心は声を上げて笑った。

 茶太郎とかん太は、そろって足を止める。


「今、茶丸と話してた?」


「話しておったぞ」


「ニャッ、しか言うてへんかったけど」


「人にはそう聞こえるのであろう。拙僧には、随分と口の悪い若殿に聞こえる」


『誰が若殿だ』


「ほれ」


 茶太郎の目が輝いた。


「白灯とも話せる?」


 白灯あかりが果心を見上げる。


『この人、お腹すいてる』


 果心の笑みが止まった。


「……白い方は、余計なことを申すな」


「話せてる!」


 茶太郎は大喜びしたが、弥七やしちは笑わなかった。


「聞こえることと、信用できることは別やぞ」


「もっともじゃ」


 果心は気を悪くした様子もなく頷いた。


「拙僧自身、我が口をあまり信用しておらぬ」


「自分で言うんかい」


 かん太が呆れた。


 一行が杉林を抜けると、道幅の狭くなった場所に粗末な柵が置かれていた。


 柵の前には、槍や鎌を持った男が四人。

 木札には墨で、


『山道守り銭 荷一つにつき二文』


 と書かれている。


「こんな札、行きにはなかったで」


 かん太が囁いた。


「炭山から下りる荷には、守り銭を出してもらう」


 先頭の男が言った。


「払わん者は通せん」


 弥七が一歩前へ出た。


「誰の許しを得た?」


「村の寄合や」


「どこの村や。名主の名は?」


 男は答えず、槍の石突きを地面へ打ちつけた。


 どん。


 白灯が茶太郎の足元へ戻る。

 茶丸は柵から離れ、男たちの後ろへ視線を向けた。


『右端の男、さっきから山ばかり見てる』


「逃げ道を確かめておる」


 果心が答えた。


『左の男は、槍を握る手が震えてる』


「怒っておるのではない。恐れておるな」


 果心は男たちの目、喉、指先を順に見た。


「銭が欲しい者の顔ではない。今夜、何も持たずに帰ることを怖がっておる顔じゃ」


 先頭の男の眉が動いた。


「知ったような口を利くな!」


「外れたか?」


「黙れ!」


 男が柵を越えようとした瞬間。

 果心が杖で地面を一度突いた。


 こつん。


 乾いた音が、杉林の奥へ吸い込まれる。


 次の瞬間——。


 どどどどどっ。


 山の上から、何十頭もの馬が駆け下りてくるような音が響いた。


「な、何や!」


「荷駄の群れや!」


 木々の隙間に、幾つもの旗が揺れた。


 武者の影。

 槍の穂先。

 土煙まで迫ってくる。


「逃げろ!」


 男たちは柵を捨て、山の斜面へ駆け込んだ。


 だが馬は来なかった。

 土煙も、旗も、杉の間へ溶けるように消えた。

 残ったのは、静かな山道だけだった。


「今の、何?」


「少しばかり、目と耳へ嘘を見せた」


 果心が答える。


「道は空いた。参ろうか」


「待って」


 茶太郎は動かなかった。


「何じゃ?」


「あの人ら、また戻ってくるよ」


「戻れば、また追い払えばよい」


「果心さんがおらんときは?」


 果心は黙った。

 弥七が捨てられた木札を拾う。


「茶太郎の言うとおりや。まず事情を確かめる」


 武器を持った者を子どもたちだけで追うことはできない。


 茶太郎とかん太は安全な道端で待ち、弥七と果心が男たちの入った斜面を調べた。

 茶丸と白灯は追跡せず、戻ってくる人影がないか見張った。

 しばらくして、弥七が一人の老人を連れてきた。

 近くの小村の名主だった。


「申し訳ない」


 老人は木札を見るなり頭を下げた。


「村の寄合で決めたことではない。あの者らは、夜ごと山道を見回っとる若い衆や」


 最近、炭俵を狙う追い剥ぎが出た。

 若い衆は交代で夜道へ立ったが、その間は畑仕事ができない。

 礼として渡される米も、日によって違う。


 家族から、


「守った者ばかり腹を減らすんか」


 と言われ、とうとう勝手に通行料を取り始めたという。


「悪いことやと分かっとった」


 戻ってきた先頭の男が、柵の向こうで俯いた。


「せやけど、村へ頼んでも、米がない言われて終わりや」


 果心が茶太郎へ囁く。


「あれは半分、嘘じゃ」


「どこが?」


「米がないのではない。皆の前で、助けてほしいと言うのが怖かったのであろう」


 男の拳が固く握られている。

 怒っているのではない。

 恥じていることを隠すため、身体を固くしている。


 茶太郎は少し考えた。


「見回りをやめたら、荷が盗られる。せやけど、勝手に銭を取ったら、この道を通れへん人が出る」


「ならば、どうする?」


 果心が尋ねた。


「見回りも、道を使う人みんなの仕事にする」


 近くの返し茶屋へ、山道の見回り帳を置くことになった。


 炭山から荷を出す者。

 荷を受け取る商人。

 道沿いの村。

 それぞれが、米、薪、草鞋、見回りの人手のうち、出せるものを帳面へ記す。


 何も出せない旅人からは取らない。

 見回りに立つ者の名と時刻も残す。

 武器を持って荷を止めず、異変を見つけたら鐘と青羽便で知らせる。


 通行料ではない。

 道を守る役目を、少しずつ持ち寄る仕組みだった。


「これで二度と起きぬのか?」


 果心が尋ねた。


「分からへん」


 茶太郎は正直に答えた。


「帳面だけ書いて、誰も米を出さんかもしれへん。見回りをさぼる人もおるかもしれへん」


「随分と頼りない答えじゃな」


「せやから、七日やって確かめる。足りんかったら直す」


 果心はしばらく茶太郎を見つめ、それから柵を道端へ運んだ。


「幻なら、一息で道を空けられる」


「うん」


「されど、幻が消えれば関所は戻ってくる、か」


 茶丸が果心の足元へ座った。


『少しは分かったか』


「猫に諭されるほど、落ちぶれてはおらぬ」


『さっき自分の口も信用してへん言うてた』


「そなた、よく覚えておるな」


『見張り役やからな』


 白灯も隣へ座った。


『お腹すいた』


「そなたはそればかりじゃな」


 茶太郎が笑い、荷から握り飯を取り出した。


「果心さんの分もあるよ」


「拙僧にも?」


「一緒に歩く人の分は、数に入れてある」


 果心は握り飯を受け取った。

 炭と味噌の香りが、まだ指先へ残っている。


 名高い武将へ仕えれば、飯に困ることはない。

 そう考えて京を目指していた。

 だが六歳の童は、仕えるとも申していない旅僧の分まで、最初から数えていた。


「茶太郎よ」


「何?」


「京までのつもりであったが、もう少し長く付き合うてもよいか」


「ええよ」


 返事は、あまりに軽かった。


「素性も知らぬ者を、簡単に仲間へ入れるでない」


「ほな、弥七に聞く」


「俺に回すな」


 弥七が眉間を押さえた。

 茶丸は果心の膝へ前足をかけ、顔を近づける。


『妙なことしたら、ずっと見張るぞ』


「望むところじゃ」


 黒猫と旅僧が、しばらく鼻先を突き合わせる。


 先に目を逸らしたのがどちらだったのか、茶太郎には分からなかった。

 山道から、粗末な関所が取り除かれる。

 その代わり、道を守る人の名を書く、小さな帳面が置かれた。


 果心居士が一行へ加わった最初の日。


 彼が見せた幻は夕暮れまでに消えた。

 けれど、幻のあとへ残した役目は、翌朝から人の手で動き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。