↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
PR
281/336

第270話 「三つの道と、ひとつも建てなかった茶屋」

――同じ道を通っていても、人と荷車と鳥では、必要な場所が違う――


「堺から伏見まで、茶屋を作ろう!」


 六助が元気よく言った。


「作らへんよ」


「えっ」


 茶太郎が即座に否定する。


「昨日、陸を結ぶって言うたやん!」


「言うたけど、新しい店をいっぱい建てるとは言うてへん」


「ほな、どうすんねん」


「もうあるところ探す」


 茶太郎は《水輪藁紙》を広げた。

 描かれているのは大まかな道。


 堺。

 伏見。


 その間に、庄六たち荷運びから聞いた茶屋、寺、水場、荷を休ませられる庭を書き込んである。


「新しく作る前に、今ある場所で足りるか見たい」


 弥七やしちが頷いた。


「その方が早いし、銭も掛からん」


「店の者が嫌や言うたら?」


 かん太が尋ねる。


「使わへん」


「水輪の札を掛けろ言うたら?」


「お願いはする。でも決めるんは店の人」


 茶太郎たちは、まず道を実際に使う者へ聞いた。


「どこで休む?」


「どこの水は使っとる?」


「雨の日は?」


「牛連れなら?」


「急ぎの文なら?」


 答えは、ばらばらだった。

 人が歩くなら便利な茶屋でも、荷車が入れない。

 広い庭があっても、飲み水がない。

 水があっても、夜は人がいない。

 鳥が降りやすい屋根でも、猫が多すぎる。


「にゃ?」


 白灯あかりが振り向いた。


「白灯のことちゃうよ」


「にゃ」


 たぶん納得していない。

 茶太郎は、木札を三種類に分けた。


 飯椀と茶葉。

 これは、人が休める場所。


 車輪と水桶。

 これは、荷車や牛馬が休める場所。


 青い羽。

 これは、《青羽便》の鳥と使い手が立ち寄れる場所。


「全部ある店だけ選ぶん?」


 六助が尋ねる。


「それしたら、ほとんどなくなるやん」


 茶太郎は首を横に振る。


「一つでも、ちゃんとできたらええ」


 一軒目。

 年配の夫婦が営む小さな茶屋。


 飯はある。

 水もある。

 だが庭が狭い。


「牛入れたら店潰れるわ」


 婆さんが笑う。


「ほな、人の札だけ」


「それならええで」


 二軒目。

 道沿いに広い空き地がある。

 荷車を数台置ける。

 けれど食事は出せない。


「飯ないけどええんか?」


「荷車休められるなら、それでええです」


「妙な仕組みやな」


 三軒目。

 夫を亡くしたお芳という女が、年老いた母と小さな茶屋を守っていた。


 麦飯。

 味噌汁。

 漬物。


 品は三つしかない。


「少なない?」


 六助が囁く。

 お芳に聞こえた。


「ほな、食わんでええ」


「ごめんなさい!」


 茶太郎は麦飯を一口食べた。

 ぷち。

 麦が歯に当たる。

 味噌汁からは、大根の甘い匂いが立っていた。


「おいしい」


「そらどうも」


「出てくるのも早い」


「三つしか作ってへんからな」


 茶太郎の目が輝く。


「それ、ええやん」


「品少ない言うたやろ」


 六助が抗議する。


「少ないから早いんや」


 たくさん用意して余らせるより、その日に作れる物を作れる数だけ。

 値も旅人が何度か寄れる範囲にする。


 安い。

 うまい。

 早い。

 三つの約束にぴったりだった。


 お芳の十歳になる息子は、店の横で薪を運んでいた。


「火ぃ触ったらあかん言われとる」


「ぼくらと一緒や」


 茶太郎が笑う。


「代わりに水桶見たり、客に道教えたりする」


「それも仕事やね」


「銭くれるで」


 お芳が奥から言った。


「家の仕事やからただ、にはせえへん。その代わり、さぼったら減らす」


「厳しい!」


「働くいうんは、そういうこっちゃ」


 茶太郎は嬉しくなった。

 子どもだから何もできないわけではない。

 できる仕事と、まだ任せてはいけない仕事を分ければいい。

 青羽の札について尋ねると、お芳は空を見た。


「鳥に飯まで出すん?」


「塩のない穀粒を少しと、水だけ」


「人の飯食わせたら?」


「あかん。塩入ってるから」


「ほな余りの穀粒、分けといたらええな」


「代金も払うよ」


「鳥から取るんか?」


「ぼくらが払う!」


 お芳が初めて声を上げて笑った。


 ところが四軒目で、問題が起きた。


「水輪の札だけ寄越せ」


 店主が言った。


「札掛けたら客増えるんやろ?」


「たぶん」


「ほな掛ける」


「水は?」


「井戸がある」


「雨のあとも飲める?」


「知らん」


「食事は?」


「忙しかったら出さん」


「荷を預かる?」


「銭次第や」


「預かった数、帳面につける?」


「面倒や」


 茶太郎は札をしまった。


「ほな、やめときます」


「なんでや!」


「できること分からへんもん」


「水輪が店を選ぶいうんか!」


「違うよ」


 茶太郎は首を振った。


「ぼくらも、この店を使わへんだけ」


 札は偉い店の証ではない。

 客を集める免状でもない。

 ここで何ができるかを、次の人へ知らせるための印だ。


「できへんことまで、できるって書く札は作らへん」


 弥七が静かに頷いた。

 すべての茶屋を仲間にする必要はなかった。

 道は、数だけでは強くならない。

 数日かけて調べると、地図に三種類の印が増えた。


 人の休み場。

 荷の休み場。

 青羽の休み場。


 三つが重なる場所もある。

 一つしかない場所もある。

 茶太郎は地図を眺めた。


「これ、同じ道ちゃうんやな」


「何が?」


「人の道と、荷の道と、鳥の道」


 人なら細い道も通れる。

 荷車には幅と休ませる場所がいる。


 青羽便には、安全に降りられる場所と、水と、鳥を扱える人がいる。


 だから一枚の地図に、三本の道を重ねた。


 《人路》。

 《荷路》。

 《青羽路》。


 大事なことは、全部を同じ形にしないことだった。


 そして最後に、小さな試験をした。

 堺から伏見へ、急ぎではない文を一通送る。


 同じ内容を三枚用意した。


 一通は人の使い。

 一通は荷車の荷に預ける。

 一通は《青羽便》。


「三つも送るん?」


 六助が尋ねる。


「最初やから」


「どれが一番早いか競争?」


「ちゃうよ」


 茶太郎は笑った。


「どれが途中で困るか見るんや」


 速ければいいのではない。


 雨の日。

 鳥が飛べない日。

 荷車が故障した日。

 使いが病んだ日。


 一つの道が止まっても、別の道が残るかを確かめる。

 三通は、それぞれ別々に堺を出た。

 最初に伏見へ届いたのは青羽便だった。


 だが、途中の一か所で水場が使えず、鳥を休ませる場所を変更していた。

 次に人の使い。

 最後に荷車。


 荷車は遅かったが、文と一緒に小さな荷物も運べた。


「全部、違うなあ」


 茶太郎は三枚の戻り札を並べた。


 早い道。

 たくさん運べる道。

 天気によって強さが変わる道。


 どれか一つを一番に決める必要はない。


 こうして堺から伏見まで、最初の《三路結び》ができた。


 新しく建てた茶屋は——一軒もなかった。


 今までそこにあった店。

 井戸。

 寺。

 庭。

 そこで暮らしていた人。


 それぞれへ、一つだけ新しい役目が加わっただけだった。


 その夜。


 伏見の《縁扉》へ、三本の線が描き足された。


 茶の色。

 荷車の黒。

 青羽の青。


 千代が地図を見ながら言う。


「これ、宇治まで繋げる?」


「すぐには繋げへん」


 茶太郎が答える。


「なんで?」


「堺と伏見で、まず失敗するとこ見つける」


 その瞬間。

 窓の外で、

 ばさばさばさっ!


 激しい羽音がした。


「シオ?」


 茶太郎が戸を開ける。

 だが降りてきたのはシオではなかった。

 青羽札を付けた別のアオバトだった。

 脚の文には、大きな斜め印。


『一つ目の青羽休み場、使えず。

 店、閉まっている。

 理由不明』


 昨日まで使えた場所が、今日は使えない。


 茶太郎は文を握りしめた。


「……やっぱり出た」


 道を結んだ次の日から——。


 今度は、その道を「止めずに続ける」ための問題が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。