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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第259話 「山の土から出た海の甕」

 ――埋められた物を知るには、中身だけでなく場所を残す――


 丹波の桑畑から甕が出たという知らせに、繕い所の大人たちはすぐ掘り出せとは返さなかった。

 甕の中には、塩で白くなった組紐と貝貨がある。

 だが、何のために埋められたのか分からない。


 周囲に別の物が埋まっている可能性もある。

 桑の根を傷める恐れもあった。


 茶太郎は綾へ《先手札》を送った。


『甕の口を雨から守る。

 中身を持ち出さない。

 見張りを置く。

 周囲を広げて掘らない。

 出た場所と深さを木札へ記す』


 二日後、茶太郎は丹波へ向かった。


 六歳の子どもだけで山道を進むことはできない。

 弥七やしち甚八じんぱちが付き添い、茶丸と白灯あかりが周囲を確かめる。


 伏見で見つかった焼き物の欠片も、布に包んで大人が運んだ。

 白い石の混じる桑畑では、綾と村人たちが待っていた。


 畑の一角だけ、藁屋根で覆われている。


「言われた通り、触ってへん」


 綾が屋根の下を示した。

 甕は斜面へ傾いた状態で埋まっていた。


 口の周りだけ土が除かれ、割れた蓋が見えている。

 桑の根が甕の脇を通り、細い根を中へ伸ばしていた。


「持ち上げたら、根が切れるな」


 甚八が屈んで見る。


「畑の土も崩れる。先に周りを写そう」


 千代が作った方眼入りの宿紙を板へ留め、甕と桑苗、石、斜面の位置を描く。

 字が読めない者にも分かるよう、歩幅と縄の結び目でも距離を残した。


 掘る作業は、土地と根を知る村の大人が行う。

 子どもは縄の外。

 茶丸と白灯も、土を掻かないよう綾の隣へ座らされた。


「……ニャッ」


「にゃあ」


 二匹とも不服そうだった。


 甕の周囲を少しずつ調べると、土の色が途中で変わっていた。

 表面は白い石を多く含む畑土。

 甕の周りだけ、黒い土が細長く伸びている。


「自然に埋まったんと違うな」


 弥七が言う。


「穴を掘って、別の土で埋め戻しとる」


 さらに、甕の上には平たい石が三枚並べられていた。

 三本の波を表すような置き方だった。

 村の老人が、その石を見て息を呑む。


「昔、山越えの者が残した《潮石》に似とる」


「潮石?」


 茶太郎が尋ねる。


「戦や飢饉で道が閉じたとき、塩や薬を運ぶ者が目印にした石や。俺が子どもの頃には、もう使われてへんかった」


「海からここまで、塩を運んでたの?」


「若狭から山を越えて来る荷もあったと聞く。けど、この紋は知らん」


 老人は、三本の波と海鳥の欠片を見た。

 焼き物の欠片を甕の割れた蓋へ合わせると、縁の曲がりがぴたりと重なった。

 伏見へ送られた白い土の袋に混じっていた欠片は、この甕の一部だった。


「土を採ったとき、一緒に入ったんやな」


 綾が言う。


「欠片だけ先に伏見へ行って、甕は畑に残った」


 甚八は甕の内側を、長い木箸で少しずつ確認した。


 組紐。

 貝貨。

 小さな木片。

 油を染み込ませた布の包み。

 底には黒い砂が薄く敷かれている。


 正体の分からない物を、素手では取り出さない。

 布の包みも、その場で開けなかった。


 別の板へ移し、臭いや染みがないことを大人が確かめてから、綾の家の風通しのよい納屋へ運んだ。

 包みの中にあったのは、折り畳まれた細長い布だった。


 文字はない。

 赤、青、黄、白の糸が、途中で何度も結び替えられている。


「飾り帯やろか」


 村人が言う。


「飾りなら、同じ模様を繰り返すはずや」


 甚八が結び目を数えた。


 青が三つ。

 白が一つ。

 赤が二つ。


 その先に黄色い輪。

 少し間を空け、再び青が三つ。


 茶太郎は《青羽便》の分け札を思い出した。


「道を表してるのかもしれない」


「色で場所を?」


「字が読めない人や、言葉が違う人にも伝えられるように」


 弥七が頷く。


「青を水、白を峠、赤を止まる場所と見たら、道筋にも見えるな。せやけど、勝手に決めたらあかん」


 布の端には、鳥の羽を模した小さな金具が縫い付けられていた。

 燕のように翼が長い。

 裏には、刃物で細い傷が刻まれている。


『五艘、戻らず』


 綾が声を失った。


「荷の数やろか」


「船かもしれん」


 弥七は甕の黒い砂を見た。


「海の砂なら、山へ運んだ者がおる」


 しかし、見た目だけで海の砂とは決められない。

 近くの川砂と比べ、貝殻や石の違いを確かめることになった。

 貝貨も銭として数えず、形と穴の開け方を一つずつ記録する。


 甕から見つかった物を、すぐ価値へ換えない。

 先に、誰が何のために残したのかを探る。


 村の古い帳面を調べると、二十年ほど前の飢饉の年に、不思議な記録があった。


『海鳥の旗を持つ者、夜半に塩十二俵を置く。

 代わりに粟と干し茸を受け取る。

 名を問うなとの約定』


「盗んだ塩やったんやろか」


 綾が眉を寄せる。


「分からん」


 弥七は帳面を閉じた。


「海の商人かもしれんし、倭寇かもしれん。助けた記録だけで、全部正しい者やったとも決められへん」


 別の頁には、さらに短い一文があった。


『五艘の帰りを待ち、甕を白石畑へ伏す』


 五艘、戻らず。

 甕は、荷を隠すためだけの物ではなかった。

 帰らなかった船を忘れないため、山の者が埋めた印でもあったらしい。


「墓みたいなもの?」


 茶太郎が尋ねる。


「海で死んだと決まったわけやない」


 綾は答えた。


「せやけど、待っていた人のための場所やったんやろな」


 畑へ戻り、甕をどうするか話し合った。

 村人の中には、掘り出して社へ納めようという者もいた。

 だが綾は首を横へ振る。


「桑畑で見つかったからいうて、うちらだけの物やない。昔ここで待ってた人のことを、もう少し調べたい」


 甕は桑の根を傷めない範囲だけ補強し、当面その場へ残す。

 雨が入らない覆いを作り、近づきすぎないよう縄を張る。

 中身は二人以上の立ち会いで保管し、取り出した物を帳面へ記す。


 貝貨も組紐も売らない。

 海鳥の紋を、勝手に桑や絹の印へ使わない。


 決まりが整った夕暮れ。

 畑の上を、一羽の鳥が横切った。


 アオバトではない。


 黒い背。

 白い腹。

 細く長い翼。


 鳥は三度旋回し、甕を覆う藁屋根へ一枚の羽を落とした。


 弥七が空を見上げる。


「燕にしては大きいな」


 その夜、綾の家の戸が三度叩かれた。


 一度。

 間を置いて二度。

 甕の布にあった、青三つ、白一つ、赤二つと同じ間だった。


 弥七が戸越しに尋ねる。


「誰や」


 外から女の声がした。


海燕うみつばめの忘れ物を、土から起こした者に会いたい」


 戸を開けると、旅装の女が立っていた。

 日に焼けた頬。

 潮風に傷んだ髪。

 腰には刀ではなく、短い櫂を差している。


 女は茶太郎たちを見回し、最後に綾を見た。


「その甕は宝箱やない」


「分かってます」


「なら、話は早い」


 女は三本の波と海鳥を染めた小さな旗を広げた。


「うちらは《海燕衆かいえんしゅう》」


 そして、欠けた焼き物へ指を置く。


「五艘は沈んでへん。二十年かけて、南の海から帰ろうとしてる」


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『茶太郎がゆく』
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