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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第258話 「三色の土と、一つではない空腹」

 ――同じ作物でも、土が欲しがる物は同じではない――


 丹波から届いた三袋の土は、すぐには開けられなかった。


 赤い土。

 黒い土。

 白い石の混じる土。


 袋には色の名しか書かれておらず、どの畑のどこから採ったのか分からない。


「土を見たら、《土味見つちみ》で分かるんやろ?」


 六助が尋ねる。


「土の味は分かっても、畑の形までは分からないよ」


 茶太郎は三つの袋へ《待ち札》を付けた。


 採った場所。

 地表からの深さ。

 近くの水。

 育てていた作物。

 雨の後に水が残るか。

 日当たり。

 前年に入れた物。


 それらを綾へ尋ねる文を送り返す。


「開けるだけなら、先にしてもええんと違う?」


 友照が首を傾げる。


「先に色や匂いを知ったら、返事を読んだときに、土の見た目へ話を合わせてしまうかもしれない」


 千代が帳面を閉じた。


「畑の人が見たことを先に書いてもらうんやな」


「うん。ぼくたちの考えと混ぜる前に」


 三日後。


 シオが丹波から戻ってきた。

 脚には、綾が書いた三枚の木札が結ばれている。


 赤い土は、山の斜面にある桑畑。

 水はけが早く、晴天が続くと表面が固くなる。


 黒い土は、谷底に近い畑。

 雨の後は二日ほど水が残り、桑の根元に苔が生えやすい。


 白い石の混じる土は、風の強い尾根。

 大きな石が多く、苗が傾きやすい。


 土はどれも、桑の根元から一尺ほど離れた場所の表面近くから採った。

 前年に同じ量の寝かせた草土を入れたが、赤い畑では桑が少し伸び、黒い畑では葉が黄ばみ、白い畑ではほとんど違いが出なかったという。


「同じ育て土やのに」


 かん太が三枚の札を並べる。


「料理でも、同じ汁を乾いた飯と水っぽい粥へ入れたら、同じ味にはならないよ」


 茶太郎たちは《伏見水輪・繕い所》の庭に、三つの土を比べる場所を作った。


 井戸や炊事場から離れ、雨で流れ出さない場所。

 土を扱うのは大人。

 子どもたちは木札を作り、離れたところから水の量と時を記録する。


 まず、同じ大きさの底穴のある木箱を三つ用意した。


 それぞれへ同じ嵩の土を入れる。

 一度目は、何も加えない。

 同じ量の水を、同じ速さで注ぐ。


 赤い土では、水が早く下へ抜けた。

 表面はすぐ乾き、薄いひびが入る。


 黒い土では、水がなかなか抜けない。

 翌朝になっても、指で押せば形が残るほど湿っていた。


 白い石の土では、水は抜けたが、石の隙間を通って一方へ偏った。


「赤い土は、水を飲んでもすぐこぼす」


「黒い土は、飲み込まずに口へためとる」


「白い土は、穴から逃がしてまう」


 子どもたちは、それぞれの様子を絵で記した。

 次に、大人が少量を握って固まり方を見る。


 赤い土は固まるが、乾くと崩れやすい。

 黒い土は粘り、強く握ると塊のまま残る。

 白い土は、細かな土より石の方が目立つ。


 ここまで確かめてから、茶太郎は布越しに少量ずつ受け取った。


 《土味見》を開く。


 赤い土から伝わるのは、渇いた渋み。

 食べ物を受け取っても、留めておく力が弱い。


 黒い土は、重く沈む苦み。

 足りないというより、詰まって息ができないような味がする。


 白い石の土は、薄く散る味。

 根が伸びる場所そのものが少ない。


「三つとも、お腹が空いてるん?」


 友照が尋ねる。


「黒い土は、何かを足す前に、水と空気の通り道が欲しいのかもしれない」


「ほな、育て土を入れたんは逆やったんか」


「全部が逆とは決められない。でも、同じ量では多かったかもしれない」


 茶太郎たちは、さらに木箱を増やした。


 赤い土には、十分に寝かせた育て土を少量混ぜる箱と、表面へ乾いた藁を薄く敷く箱。

 黒い土には、育て土を加えず、浅い溝で余分な水を逃がす箱。

 土を盛って根元を少し高くする箱も作る。


 白い石の土は、大きすぎる石だけを取り除く箱と、細かな土と育て土を少し加える箱に分ける。

 どれにも、何もしない箱を残した。


「全部いっぺんに直した方が早いやろ」


 六助が言う。


「いっぺんに変えたら、どれが効いたか分からないよ」


「桑を植えるん?」


「最初は同じ種類の草で比べよう。桑苗を無駄にしたらあかんから」


 発芽の揃いやすい種を選び、同じ数だけ播く。


 水の量も記録する。

 雨が降った日は、人が与えた水と混ぜずに札へ印を付ける。


 一週間後。


 赤い土では、藁を薄く敷いた箱の乾きが少し遅くなった。

 育て土を多く入れた箱は芽が伸びたものの、茎が細い。


 黒い土では、溝を付けた箱の水が早く引き、芽の黄ばみが少なかった。

 育て土を足した箱は、さらに湿りが残った。


 白い石の土では、大きな石を除いただけの箱より、細かな土を少し加えた箱の方が根を張っている。


「育て土を入れたら、全部よくなるわけやないんやな」


 千代が結果を書き写す。


「食べさせる前に、喉が詰まってないか、水をこぼしてないかを見るんだ」


 茶太郎は三つの畑へ返す札を作った。


 赤い畑。

 土の表を裸にしすぎず、乾き方を見る。

 育て土は少量から。


 黒い畑。

 まず水の逃げ道を確かめる。

 湿りが残る間は、新しい育て土を急いで足さない。


 白い石の畑。

 苗を支える土の厚さを確かめる。

 石を全て取らず、根を妨げる大きな物から除く。


 そして三枚すべての最後に、同じ言葉を記した。


『一部で試し、何もしない場所と比べる』


「これが、狐神さまの新しい秘法か?」


 先日の商人が、寝かせ直している土の記録を持ってきた。


「秘法じゃないです」


「ほな、何て呼ぶ?」


 茶太郎は少し考えた。


「《土の膳立て》」


「膳立て?」


「同じ料理を押しつけるんじゃなくて、その土が受け取れる物を揃えるから」


 商人は三枚の札を見比べた。


「これなら、俺にも売る前に聞けるな。畑は乾くか、雨のあと水が残るか、石が多いか」


「聞いただけで土を決めたらだめです。畑の人と一緒に、見て比べてください」


「分かった。今度は、早う効くとは言わん」


「今度があるかどうかは、返す銭と十六袋を最後まで見てからや」


 弥七が言うと、商人は小さくなった。


 丹波へ送った《土の膳立て札》は、綾の村だけに留められた。

 まず三つの桑畑で小さく試す。

 うまくいっても、別の村へ同じやり方をそのまま配らない。

 土を採った場所と畑の様子を添えて、結果だけを青羽便で共有する。


 数日後、稲乃と穂高からも文が届いた。


『痩せた田の試し区画で、育て土を少量入れた場所だけ葉色が戻り始めた。

 ただし、水の漏れる区画は変わらず弱い。

 先に畦を直す』


 神から授かった知恵は、奇跡として広がらなかった。

 畑ごとに問いを変え、記録を残す方法として、ゆっくり根を下ろし始めた。


 茶太郎が三色の土を元の袋へ戻そうとしたとき、茶丸が白い石の中から一つを前足で転がした。


「……ニャッ」


 石ではなかった。

 表面に、細い筋が幾重にも刻まれている。


 甚八が水で泥を落とすと、古い焼き物の欠片が現れた。

 そこには、稲穂でも水輪でもない紋が残っていた。


 三本の波と、海鳥。


 弥七が欠片を見つめる。


「山の桑畑の土から、海の紋か」


 同じ頃、丹波の白い石の畑では、桑の根元から大きな甕の口が掘り出されていた。


 中に土はない。

 代わりに詰まっていたのは、塩で白くなった古い組紐と、南の海で使われる貝貨だった。


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『茶太郎がゆく』
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