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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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閑話① 茶太郎がいない秘密基地 ――子供たちの知らない世界――

投稿タイミングを見失っていたお話です。本日3話連続投稿します。

ご笑読ください。

 『第一話 夜更けの三者評定』


 ――子どもたちが眠ったあと、大人には大人の企みがある――


 夜の秘密基地は、昼間より少し広く感じられた。


 茶太郎も、ゆかりも、こたろもいない。

 レオやシロたちも茶太郎の家で眠り、竹林を揺らす風の音だけが、さらさらと聞こえている。


 入口を守るマキトは、戸口の前へ背筋を伸ばして座っていた。

『異常なし』

 そう呟いた直後、竹林の外から足音が近づいてきた。


 マキトが槍へ手をかける。


「誰だ」


「わしや。宗次や」


 茶太郎の父・宗次だった。

 片手には帳面。もう一方には、小さな包みを抱えている。


「今夜も参られたか」


「茶太郎には内緒やで」


「承知している。だが、夜道は危険だ。次からは我が迎えに行こう」


「それやと、余計に目立つんや」


 宗次は困ったように笑い、秘密基地へ入った。

 中央では、分福茶釜が湯気を上げて待っている。


「ぽんぽこぽん。遅かったな、宗次はん」


 隣には、丸々とした狸の金長が座っていた。


 その前だけ、皿が三枚も並んでいる。


「試作品はまだかのう」


「金長はん、さっき団子を五つ食べたやろ」


「五つは試食じゃ。食事には数えん」


「今日は食事やのうて、話し合いや」


 宗次が帳面を開くと、分福は短い足で机へ上がった。


「ほな、始めよか。第一回――茶太郎はんに内緒で銭を増やす会議や!」


「名前が悪すぎる」


 宗次が即座に却下する。


「《茶太郎未来応援会》はどうじゃ?」


 金長が言った。


「それやと、善いことをしとるみたいやな」


「実際、善いことじゃろ。わしは茶太郎はんを応援するため、菓子を食う」


「食べたいだけやろ」


 三者の声が重なった。


 宗次は咳払いをし、帳面へ一枚の絵を広げた。


 宇治橋。

 その東側を通る旅人や荷車。

 茶を運ぶ者、神社や寺へ向かう者、川を見に来る者が足を休められる、小さな店の絵だった。


「茶太郎が大きくなったら、ここに茶菓子処を持たせてやりたい」


 分福の蓋が、ぽん、と鳴る。


「ええ場所や。宇治橋を渡った客が、ちょうど腹を空かせる頃やな」


「水も茶も近い。旅人だけやなく、荷運びの者も休める」


「わし専用の試食席も要るぞ」


「要らん」


 宗次は迷わず答えた。


 絵には、店だけでなく水桶、馬を休ませる場所、小さな竈も描かれている。


「せやけど、土地を借りて、建物を建てて、道具をそろえるには銭が要る。今の店の稼ぎは、暮らしと茶畑へ戻さなあかん」


「そこで、わしの出番や」


 分福が胸を張った。


「茶太郎はんは、自分がどれだけ銭の匂いを振りまいとるか分かってへん」


「銭の匂い?」


「茶団子、水霊茶すいとん、茶粥、蒸し羊羹、水飴を塗った焼き団子。試しに作って、そのまま次へ行く。もったいないにも程がある!」


 分福は帳面の上を歩きながら、次々と料理の名を挙げた。


「霊の力を売り文句にはせん。病が治るとも言わん。せやけど、味のええもんは、普通の品として売れる。特に茶会や。幕府や公家の茶会へ、菓子を一手に納める約定が取れたら――」


 分福の目が、きらりと光った。


「毎月、決まった銭が入る!」


 金長も身を乗り出す。


「毎月、決まった菓子が作られる!」


「そっちかい」


「余った分は、協力者が責任を持って食べねばならん」


「余らせへんように作るんや」


 宗次は呆れながらも、帳面へ視線を落とした。


 茶太郎が料理を通じて得た縁を、父親が金儲けに使ってよいのか。

 しばらく黙ったあと、宗次は言った。


「茶太郎の名は、勝手に使わん」


「ほう」


「霊の力も売らん。茶太郎が誰かのために作った料理を、そのまま商いにもせえへん」


「なら、何を売る?」


「茶太郎が試した味をもとに、父ちゃんと母ちゃんが普通の材料で作り直す。安全に同じ味を出せるまで試して、値も材料も帳面へ残す」


 分福は宗次をじっと見つめた。


「売り上げは?」


「材料代と働いた者の取り分を引く。残りは茶太郎の店を作るため、別の箱へ入れる」


「途中で使わん?」


「使わん」


「ほんまに?」


「茶太郎のための銭や」


 宗次の声には、父親としての迷いがなかった。


 分福は満足そうに蓋を鳴らす。


「合格や」


「誰が試されとったんや」


「銭はな、稼ぐより、混ぜんようにする方が難しいんや」


 その言葉だけは、妙に重かった。


 金長が前足を挙げる。


「わしは何をすればよい?」


「槙島城へ試作品を運んでほしい」


「城へ?」


「長逸さんを通じて、三好家の方々に味を見てもらう。気に入ってもろうても、最初は少量だけや。無理な注文は受けへん」


「協力したら?」


 金長の視線が、宗次の持ってきた包みへ落ちる。


「毎回、試作品を一つ」


「三つ」


「一つ」


「一つと、味見の端」


「……分かった」


 金長は勢いよく前足を上げた。


「契約成立じゃ!」


 分福も短い腕を掲げる。


「よっしゃ。ほな景気づけに、いつものやつ行こか」


 分福が、薄暗い部屋の中で宗次へ顔を寄せた。


「儲かってまっか」


「ぼちぼちでんな」


「自分、不器用やから、やめられまへんな」


 二人は黙り込んだ。

 そして同時に、にやりと悪い笑みを浮かべる。

 火鉢の下から照らされた顔は、どう見ても善良な親と茶釜のものではなかった。


「二人とも、悪い顔しとるぞ」


 金長が言いながら、同じ顔で笑っていた。


 戸口の外では、マキトが三人の声を聞いていた。


「茶太郎の帰る場所を作るため、か」


 秘密を守るのも、戸口を守る者の務めである。

 そう納得しようとしたとき、竹林の外から女の声がした。


「宗次さん?」


 志乃だった。


 三者の笑みが、一瞬で凍りついた。


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『茶太郎がゆく』
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