第23話 「開かない扉と、大吉山の呼び声」
――道を結ぶには、土地の許しがいる――
秘密基地に新しい朝が訪れた。
床下では、ナギが見つけた水路が静かに流れている。
入口では、マキトが槍を抱えたまま座っていた。
「マキト、ずっと起きてたの?」
「帰る場所の戸口を守る。それが我の役目ゆえ」
「でも、眠らないと疲れるよ」
「我は霊だから——」
そう答えたマキトの腹から、低い音が鳴った。
「……霊も、お腹すくんだね」
「面目ない」
茶太郎が笑い、朝の茶粥をよそう。
そのとき、基地の奥にある壁が淡く光った。
昨夜現れた、まだ開かない扉だった。
「また光ってる!」
こたろが駆け寄り、途中で転ぶ。
「こたろ、急いだらあかん!」
かん太が抱き起こしている間に、光の扉へ細い青線が浮かんだ。
ナギが近づく。
「……水の道。宇治川を渡って、東の山へ続いてる」
「東の山……大吉山?」
レオの表情が曇った。
かつて自分が黒い霧に包まれていた山である。
「……また、山が泣いてるの?」
ナギは目を閉じた。
「前とは違う。深い土の中で、何かが迷ってる」
希太が突然、扉へ駆け寄った。
「にゃ……!」
扉の向こうを見つめ、何度も前足で壁を引っかく。
ゆかりの瞳に金色の線が映った。
「希太の糸が、扉の向こうへ伸びてる」
茶丸も扉を調べる。
『大吉山には、まだ希太と結ばれた古い縁が残っているようだ』
「希太、何か知ってるの?」
希太は答えられなかった。
けれど、その金色の瞳には、知らないはずの山を懐かしむ色があった。
「……にゃ」
帰らなければならない。
そんな鳴き声だった。
茶太郎が扉へ手を当てる。
胸の奥へ力を集めると、光の輪郭が少しずつ濃くなった。
「開いて……!」
扉が、指一本ほど開く。
隙間から冷たい風と、湿った土の匂いが流れ込んだ。
しかし次の瞬間、黒い土が隙間からこぼれ、扉は強く閉じた。
「だめだ……」
『無理に開けるな』
茶丸が茶太郎を止めた。
『茶太郎が大吉山を訪れたことはあっても、扉を置く許しは得ていない』
「許し?」
『土地にも、そこを守る者にも心がある。縁を結ぶ力と、勝手に道を通す力は違う』
マキトが扉の前へ立つ。
「戸口は、内と外の境だ。主の許しなく開けば、それは道ではなく侵入となる」
茶太郎は扉から手を離した。
「じゃあ、ちゃんと会いに行く」
『最初の道は、自分の足で歩け』
「うん。山を守ってる子と話して、いいって言ってもらう」
伊平じいさんも同行することになった。
「子どもだけで山へ入らせるわけにはいかん。かん太、お前も来い」
「もちろんや」
茶太郎は山へ持っていくものを考えた。
相手が何者かは分からない。
けれど土の味がすると、ナギは言っていた。
「山栗と雑穀で、お粥を作ろう」
「どうして栗?」
「山に住んでる子なら、山のものが安心すると思う」
文福茶釜が湯気を上げる。
「ぽんぽこぽん! 腹が減っとる相手とは、まず一緒に食べるんや!」
茶太郎は山栗、雑穀、干した蕪の葉を亜空間収納へ入れた。
食べ物を生み出すことはできない。
だが、傷ませずに運ぶことはできる。
マキトは入口に白い光を残した。
「我が帰り道を覚えておこう」
ナギも床下の水へ触れる。
「ぼく、水の道を見る。危ない場所、見つける」
希太は誰より先に、秘密基地を出た。
金色の糸は、大吉山へ向かってまっすぐ伸びていた。
「行こう」
茶太郎たちは、まだ開かない扉を残し、自分たちの足で東の山へ向かった。




