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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第235話 「五つの返事と、揃いすぎた割符」

 ――守り方を決めた瞬間から、それを破ろうとする者も現れる――


 役小角えんの・おづぬの物と伝わる五つの欠片は、それぞれの土地へ戻された。


 多田の欠片は、岩名いわなの回復を待ってから元の保管場所へ戻す。


 五鬼守。

 土地の者。

 伊丹氏。


 三者が場所と状態を確かめ、同じ記録を別々に残す。

 残る四つも、一か所へ集めない。


 善丸は、五つの土地を結ぶ知らせの仕組みを《五路返し(ごろがえし)》と名づけた。


「五つの欠片が無事か、五本の刻みを入れた木札で知らせればよい」


 善丸が言うと、千代は首を傾げた。


「その木札、もう偽物が作られてました」


 伊丹の預かり小屋には、五鬼の顔を逆に彫った偽札が残されていた。

 顔の向きや五本の刻みを教えれば、次はさらに似た物を作られるだろう。


「本物しか知らない印を増やすか」


「増やしても、一度見られたら写されるよ」


 茶太郎は、多田の細工枡を思い出した。


 本物らしい形。

 本物らしい印。

 それだけでは、誰が持ってきた物か分からない。


 弥七やしちが細い竹を一本持ってきた。


「割符にしたらどうや」


 竹の中央へ、曲がった線と小さな穴を刻む。

 それを縦に割り、片方を守り手、もう片方を知らせの受け手が持つ。


 二つを合わせなければ、割れ目も穴も揃わない。


「でも、受け取る人が一人だけなら、その人がいなくなったら確かめられない」


 茶太郎が言う。


「ほな、全部の半分を宇治へ置くんやなくて、道ごとに分ける」


 南の五鬼守は、大和の堂と割符を持つ。


 東は、山崎の町組。

 西は、伊丹氏。

 北は、歩き巫女の宿。

 多田は、土地の鉱夫たち。


 宇治の《縁扉》には、割符そのものを集めない。


 どの道から、いつ返事が来る予定かだけを記録する。


「返事も一つの道だけにしない方がいい」


 葛女かずらめが提案した。

 最初の知らせは青羽便。

 詳しい確認は、人の使い。

 鳥と人の二つが同じ内容を伝えたとき、初めて無事の札へ掛け替える。

 どちらか一つしか来ない場合は、異変と決めつけず、別の道へ確かめを頼む。


 返事には、欠片のことだけを書かなかった。


 近くの橋の状態。

 道の崩れ。

 守り手の体調。

 雨や雪。

 土地の者しか知らない、その日の様子を一つ添える。


「欠片は無事、とだけ書いた文なら、遠くにいる人でも作れるから」


 茶太郎は帳面へ書いた。


『印だけで信じない。

 道だけで信じない。

 別の返事と合わせる』


 五路返しは、五つの欠片を動かさずに始まった。


 ◇


 最初の返事は南から届いた。

 アオバトの脚には、白い大輪。


『欠片無事。南の橋、東側の板を交換中』


 翌日、人の使いも同じことを伝えた。

 割符を合わせると、曲がった線も穴も揃う。


 《縁扉》の札は白へ替えられた。


 東からは、

『欠片無事。山道に倒木あり』


 青い道札も一緒に掛ける。

 倒木の処理は、近くの村と五鬼守へ任せる。


 茶太郎が出向く必要はない。


 西からは、

『欠片無事。守り手一人、発熱』


 欠片は白。

 人の体調は赤。

 二つを分け、土地の医師へ先に知らせる。


 知らせを受けたからといって、宇治の薬を勝手に送らない。

 医師が診て、必要な物を尋ねてから動く。


「一つの返事に、違う急ぎが入ってることもあるんやな」


 友照が言った。


「だから、欠片が無事だけで終わらせない」


 茶太郎は答えた。


 ◇


 五路返しが始まって七日目。


 北の道から使者が来た。

 年は十四、五ほどの少年。

 泥の付いた脚で宇治まで歩き、懐から竹の半割りを取り出した。


「北の守り手からです」


 文には、こう書かれていた。


『山中に不穏あり。

 五つの欠片を宇治へ集め、水輪にて封ずべし』


 茶太郎たちの顔つきが変わった。


 集めるな。

 結べ。

 欠片から聞こえた言葉と、正反対だった。


「守り手が考えを変えたのかもしれん」


 かん太が言う。


「それなら、理由を確かめないと」


 少年が持ってきた割符を、歩き巫女の宿から送られていた半分と合わせる。

 割れ目は合った。

 穴の位置も同じ。


「本物や」


 友照が息を呑む。

 だが葛女は、竹の端を見つめた。


「揃いすぎています」


「揃うための割符やろ?」


「割った竹には、細いささくれができます。湿ったり乾いたりすれば、少し反ることもある。これは両方とも、同じ日に削り直されている」


 割符を合わせたのではない。

 本物の形を見て、左右を一緒に作った偽物だった。


 弥七は、知らせを運んだ少年へ尋ねた。


「誰から受け取った?」


「北の守り手です」


「顔を知っとる人か?」


 少年は黙った。


「怒らへん。知っとることだけ話してくれ」


「……顔は知りません。五鬼の札を持っていたから」


 山道の分かれにある小屋で、頭巾をかぶった女から渡された。

 宇治へ届ければ銭を払うと言われた。


 少年は中身を読めない。

 割符が偽物だとも知らなかった。


「この子を捕らえるの?」


 かん太が小声で尋ねる。


「運んだことと、作ったことは分けて調べる」


 茶太郎は答えた。


 少年は長い道を歩き、朝から何も食べていなかった。

 話を聞く前に、土地の大人が持ち物を確かめ、危険な物がないことを確認する。

 そのあと茶太郎は、麦粥と柔らかく煮た豆を出した。


「食べたら許してもらえるんですか」


 少年が尋ねる。


「料理と、決まりは別だよ」


 茶太郎は答えた。


「お腹がすいたままだと、覚えていることも話しにくいから。何をしたかは、大人たちがあとで確かめる」


 少年は粥を食べ、少しずつ道中のことを話した。


 頭巾の女。

 右手に紫の紐。

 荷は持っていない。

 だが腰に、小さな黒い石を下げていた。


「五鬼の欠片?」


「分かりません。石には、白い線が一本ありました」


 善丸が地図を広げた。


「北の守りの欠片には、白い石筋が入っている」


 文が偽物でも、欠片そのものが奪われた可能性はある。

 ただし今度は、すぐ北へ人を走らせなかった。


 青羽便を二つの堂へ分けて送る。

 人の使いは、別の道を使う。

 北の守り手へ渡した本物の割符が残っているかも確かめる。


 翌夕、二つの返事が届いた。

 一つは青羽便。

『北の守り手、負傷。欠片なし』


 もう一つは人の伝言。

『守り小屋の割符、片方奪われる』


 今度は二つの道が、同じ異変を伝えている。


 茶太郎は《縁扉》へ赤と青、二本の紐を掛けた。


 人の負傷を助ける道。

 欠片を追う道。

 そして、五つを宇治へ集めさせようとする偽文の道。


 玄斎は捕らえられた。

 それでも、欠片を集めようとする者は一人ではなかった。


 五路返しが最初に見つけたのは、欠片の無事ではない。


 新しい守り方を知り、それを破ろうと動き始めた——紫紐の女の存在だった。


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『茶太郎がゆく』
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