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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第228話 「減らすはずの枡と、増えてしまう数」

 ――見つけた細工が、探していた答えとは限らない――


 翌朝、伊丹城下の蔵前へ三つの枡が並べられた。


 村で使われていた枡。

 途中の関で使われていた枡。

 城の蔵で見つかった、底板の二重になった枡。


 伊丹親興いたみ・ちかおきは、村人、馬借、関の役人、蔵番を立ち会わせた。


「誰かを縛るための場ではない」


 親興が告げる。


「まず、同じ種籾を同じやり方で量る」


 試しに使う籾は、問題の荷とは別に保管されていたものだ。

 来年蒔く大切な種を無駄にしないよう、必要な量だけを大人が取り分ける。


 茶太郎は籾へ触れず、少し離れた場所で帳面を開いた。

 量る者も、一人に任せなかった。


 村人。

 蔵番。

 伊丹氏の家人。

 三人が交代しながら枡へ籾を入れ、同じ擦り切り棒で縁を平らにする。


 最初は村の枡だった。

 籾を入れる。

 棒で平らにする。

 別の容器へ移す。

 十回で、用意した籾がほぼなくなった。


 次は関の枡。

 同じ籾を戻し、同じように量る。

 こちらは九回と少しで終わった。

 関の枡の方が、村の枡より多く入る。


「これだけでも、一升の数が変わる」


 弥七やしちが言った。


「関で大きな枡を使って取り、村の帳面へ小さな枡の数を書いたら、荷は減ったように見えるな」


 役人が顔を赤くした。


「わしは種籾を取っておらぬ!」


「今は、取ったとは言うてへん。道具の違いを確かめとるだけや」


 そして最後に、二重底の枡を使った。


 底板が内側へ重ねられているため、入る籾は少ない。

 同じ籾を全て量り終えるまでに、十一回を超えた。

 蔵前にいた者たちが黙り込む。


 茶太郎は帳面へ三つの数を書いた。


「この枡を使ったら、籾は増えて数えられます」


 蔵番が顔を上げた。


「増える?」


「うん。中が狭いから、同じ籾を何回も量ることになる。十二石あった物が十一石に減ったようには見えない」


 細工された枡は、種籾を少なく記録するための道具ではなかった。

 むしろ反対だった。


「では、なぜ蔵へ置いた」


 親興の声が低くなる。

 弥七が、色の新しい底板を見た。


「俺らが来たあとに見つけさせるためやろな」


「蔵番が枡を細工していた。そう思わせるためか」


 蔵番は膝をついた。


「私は知りませぬ。昨夜、蔵を閉める前には、いつもの枡がありました」


「いつもの枡はどれだ?」


「分かりませぬ。見当たりませぬ」


 本物の蔵枡は持ち去られ、代わりに役に立たない偽物が置かれた。


 種籾を減らした者は、蔵番へ疑いを向けようとしている。

 そして、宇治から枡を調べる者が来ることを知っていた。


「わしらが伊丹へ来ると知っていた者は多い」


 弥七が指を折る。


「使者を見送った者。道中の関。城門の番。城下で俺らを見た者。それだけでは絞れへん」


 親興は、三つの枡を別々の箱へ収めさせた。

 箱には親興の印だけでなく、村人と蔵番の印も付ける。

 一人では開けられないよう、縄の結び目も三か所に分けた。


「蔵番を捕らえないのですか」


 家人の一人が尋ねた。


「疑わしいというだけで縛れば、真の細工をした者が喜ぶ」


 親興は答えた。


「ただし、蔵から離れることは許さぬ。蔵番も見張りも、昨夜の動きを一人ずつ別に話せ」


 茶太郎たちは、次に五つの村から届いた帳面を並べた。


 出した袋の数。

 村で量った籾の数。

 運んだ馬や舟。

 通った道。

 途中で荷を下ろした場所。

 城へ着いた時刻。


 減り方の大きかった荷には、一つの共通点があった。


「全部、ここへ寄ってる」


 茶太郎が木札を置いた。


 城下へ入る少し前にある、《稲守いなもりの預かり小屋》。

 雨に濡れた俵を乾かし、傷んだ縄を替え、城へ入る順番を待つための場所だった。


 川から来た荷も。

 池田を回った荷も。

 西国街道を通った荷も。

 道は違っていたが、最後には同じ小屋へ集まっている。


「そこで袋を開けるのか」


 親興が尋ねた。

 馬借の一人が答えた。


「濡れた俵は開けることがあります。蒸れたまま置けば、種籾が傷みますから」


「誰が量り直す?」


「小屋の預かり役です。縄を替えたあとは、新しい封を付けます」


「伊丹の封か?」


「はい。城下へ入れるための預かり印です」


 袋の封が破られていなかったのではない。

 一度開かれたあと、正式な印で封じ直されていたのだ。


「預かり小屋の役は誰が任じた」


 親興の問いに、家人たちは顔を見合わせた。


 やがて年長の者が答える。


「先代の頃から、稲守家へ任せております」


「最後に改めたのは?」


「……覚えておりませぬ」


 長く続いているというだけで、誰も確かめなくなった仕事だった。


 昼過ぎ、茶太郎たちは問題の預かり小屋へ向かった。

 親興は兵を大勢連れて行かなかった。

 先触れを出せば、証拠を隠される。


 だから弥七と数人の家人が先に周囲を調べ、茶太郎は安全が確かめられるまで離れた農家で待った。

 待っている間、茶太郎は農家の女から台所を借りた。


 使ったのは、種籾ではない。

 食べるために分けてある砕け米と、少量の粟だった。

 干し菜と豆を加え、大人の管理する火で柔らかく煮る。

 調べ物へ出た者が戻ったとき、冷えた身体へ入れられる粥にした。


 夕方、白灯あかりが先に戻ってきた。


「にゃっ、にゃあ」


 続いて茶丸が現れ、戸口で振り返る。


「……ニャッ」


 弥七たちが戻ってきた。


「小屋に人はおらん。けど、逃げたばかりや」


「籾はあった?」


「表の蔵にはない」


 弥七は、黒い籾殻を一つ、布に包んだまま見せた。


「裏手の土が、新しく踏み固められとる。白灯が、その下から籾の匂いを見つけた」


 預かり小屋の床下には、空洞が作られていた。

 そこへ毎回少しずつ抜いた種籾を落とし、別の袋へ移していたらしい。

 だが空洞は、すでにほとんど空だった。

 代わりに残されていたのは、古い木札が一枚。


 表には伊丹氏の預かり印。

 裏には、焼き印で奇妙な顔が描かれていた。


 二本の角。

 大きく開いた口。

 人とも鬼ともつかない顔だった。


「欠け輪の印ではない」


 弥七が言う。

 茶丸は木札へ近づかず、背中の毛を逆立てた。


「……フシャア」


 白灯も、低く唸る。

 その印から感じられるものは、種籾を盗んだ者の欲だけではなかった。

 もっと古く、山の奥へ続いている気配。


 伊丹親興は木札を布で包ませた。


「稲守の預かり役を探す。だが、この印だけで鬼の仕業とは決めぬ」


「うん」


 茶太郎も頷いた。


 枡に細工があったからといって、枡が種籾を減らしたとは限らなかった。

 鬼の印があったからといって、鬼が盗んだとも限らない。

 見つけた答えへ飛びつかず、その先を確かめる。


 六歳になった茶太郎が学び始めたのは、疑うことではない。

 疑いを、間違った相手へ向けないための立ち止まり方だった。


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『茶太郎がゆく』
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