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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第227話 「三つの一升と、伊丹城からの使者」

 ――同じ呼び名でも、同じ量とは限らない――


 伊丹城から来た使者へ、茶太郎は六つのことを尋ねた。


「種籾は、どの村から集めましたか」


「五つの村だ」


「村から城下まで、どこを通りますか」


「川沿いの道を使う村が三つ。池田を回る道が一つ。猪名川を舟で運ぶ村が一つ」


「途中で荷を預かる人は?」


「馬借、舟運び、関の役人、城下の蔵番だ」


「何で量りましたか」


「一升枡と、一斗枡だ」


「袋の数が減ったんですか。中身が減ったんですか」


「袋の数は同じだ。封も破られておらぬ。しかし蔵で量り直すと、村の記録より少ない」


「減るのは、いつも同じくらいですか」


 使者は、そこで初めて返事に詰まった。


「……村によって違う。だが、城へ近づくほど減り方が大きい」


 茶太郎は白紙の帳面へ答えを書いた。

 盗人がいるとは、まだ決められない。


 袋へ詰めたときの量り方。

 道中でこぼれた量。

 袋や縄の重さ。

 湿り気や乾き方。

 村と蔵で使っている枡の違い。


 確かめることはいくつもあった。


「その一升枡は、みんな同じ物ですか?」


「一升は一升であろう」


 使者が不思議そうに答える。


 宗次は家の奥から、二つの古い枡を持ってきた。


 一つは宇治の茶農家から譲られたもの。

 もう一つは伏見の米商人が使っていたものだった。


 見た目はよく似ている。

 だが、同じ乾いた小豆を入れて比べると、伏見の枡から宇治の枡へ移したとき、小豆がわずかに余った。


「どっちも一升って呼ばれてるのに……」


 かん太が目を丸くする。


「作った者も、使い始めた時期も違う。木が痩せたり、角が削れたりすることもある」


 宗次が説明した。


「それに、山盛りで量るか、縁へ棒を渡して平らにするかでも変わる」


 使者の顔が険しくなった。


「では、盗まれていない可能性があるのか」


「まだ分かりません」


 茶太郎は答えた。


「枡が違うだけかもしれないし、枡が違うことを利用して抜いている人がいるかもしれません」


 すぐに伊丹へ向かうことは決めなかった。

 まず、茶太郎は宇治に残す仕事を三つに分けた。


 茶摘み籠の点検は、友照とかん太。

 伏見の繕い所への返書は、千代。

 摘み手の食事は、志乃と近所の女衆が引き受ける。


 千代は返書を書き終えたあと、下京へ帳面の写しを届けることになった。


「伊丹には誰が行くん?」


 かん太が尋ねた。


「ぼくと弥七さん。それから茶丸と白灯」


「四人だけか?」


「伊丹の使者さんと荷運びの大人も一緒だよ。途中の道は、弥七さんに決めてもらう」


 茶太郎が自分で決めるのは、調べたいことと、持って行く帳面。

 旅程と護衛、危険な場所へ入るかどうかは、大人が判断する。

 かん太は少し寂しそうな顔をしたが、茶摘み籠へ結んだ木札を握った。


「こっちは任せて。壊れた籠を混ぜへんようにする」


「うん。帰ったら、数を見せて」


 翌朝、茶太郎たちは宇治を発った。

 持参したのは、宇治と伏見の古い枡。


 乾いた小豆。

 同じ長さに切った二本の擦り切り棒。

 袋と縄の重さを比べるための、小さな天秤。

 そして、何も書かれていない木札だった。


 小豆は枡を比べるためのもので、食べる分とは分けてある。

 旅の食料には、麦飯を蕗の葉で包んだものと、焼き味噌、干した茸を用意した。


 宇治から淀へ進み、山崎で一夜を過ごす。

 油蔵には新しい封がされ、町組が交代で見張っていた。


 焼けた壁はまだ黒い。

 だが隣の家では、朝の竈から白い煙が上がっている。


「火を消したあとも、町は続くんやな」


 茶太郎が言うと、弥七は頷いた。


「せやから、火を出させへん仕組みも続けなあかん」


 山崎を出た一行は、西国街道を摂津へ進んだ。

 道の広さも、橋の作りも、荷を改める場所も、山城とは少しずつ違う。

 途中の関では、使者が伊丹氏の文を示した。

 役人は荷を開けなかったが、通る馬の数と袋の数を木札へ記した。


 弥七は、その役人が使う枡を見つめた。


「ここでも種籾を量るんか?」


「通行の銭を穀物で納める者だけだ」


「その枡を見せてもらえるか」


 役人は渋ったが、伊丹の使者が事情を説明すると、奥から黒ずんだ枡を持ってきた。


 宇治の枡より深く、伏見の枡より口が狭い。

 小豆を使って比べると、三つとも入る量が違った。


「これも一升や」


 役人は言った。


「いつから使っている?」


「知らぬ。わしがここへ来る前からだ」


 茶太郎は、三つの枡を帳面へ描いた。


 口の広さ。

 深さ。

 角の削れ。

 擦り切り棒を使うかどうか。

 同じ一升という名の下に、違う量が隠れていた。


 夕方、一行は伊丹の城下へ着いた。


 台地の上に築かれた伊丹城の周りには、武家の住まいだけでなく、酒を造る家、米を扱う蔵、職人の小屋が集まっている。


 城の門前では、三台の荷車が止められていた。

 種籾を積んできた荷だった。


「また足りなかったのか」


 使者が蔵番へ尋ねる。


「村の帳面では十二石。だが、こちらの枡で量れば十一石にも届かぬ」


 荷車を運んできた村人が声を荒らげた。


「村では確かに量った! 誰も盗んでへん!」


 蔵番も譲らない。


「こちらも帳面どおりに受け取っている!」


 門前で争いが始まりかけたとき、一人の武将が城内から現れた。


 派手な具足は着けていない。

 だが、使者も蔵番もすぐに頭を下げた。


「親興様」


 伊丹親興は、村人と蔵番の間へ立った。


「盗人を決める前に、宇治から来た者へ調べてもらう。そのために呼んだ」


 親興は茶太郎を見た。


「そなたが茶太郎か」


「はい。でも、ぼくだけでは決められません」


「何が要る?」


「村で使った枡。途中の関で使った枡。ここの蔵の枡。それから、袋へ入れる前と、着いたあとの量り方を見せてください」


「人を疑う前に、道具を疑うのか」


「道具が悪いって決める前に、使い方も見ます」


 親興は、わずかに口元を緩めた。


「よい。明朝、同じ種籾を使って、最初から量り直す」


 その夜、三つの枡が城下の蔵へ並べられた。


 村の枡。

 関の枡。

 城の枡。

 ところが蔵番が持ってきた枡を見た瞬間、白灯が低く鳴いた。


「にゃ……」


 枡の底だけ、木の色が新しい。

 茶丸が裏側へ回り、前足で底板の縁を示す。


「……ニャッ」


 弥七が持ち上げると、底板は外から見えないよう、内側へ一枚重ねられていた。


 入る量を少なくする細工だった。

 だが、蔵番は青ざめて首を振った。


「知らぬ。昨日まで、こんな底ではなかった」


 茶太郎は枡へ触れなかった。


 細工を確かめるのは大人の仕事だ。

 ただ、帳面へ新しい一行を書いた。


『三つの一升。四つ目は、誰かが作った偽物』


 種籾が減った理由は、枡の違いだけではなかった。

 伊丹城の蔵へ、誰かが偽の一升を持ち込んでいた。


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『茶太郎がゆく』
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