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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第216話 「二つの舟と、三つの目」

 ――答えが見えなくても、確かめながら進めばいい――


 三つ目の箱を運んだ舟は、桂の渡しで二手に分かれた。


 一艘は、淀川筋から近江の海へ向かうと見せかけて北へ。

 もう一艘は、堺へ下るように南へ。


「人を半分ずつ出して、両方追います」


 佐吉が地図を指した。


「相手も、それを狙っとるかもしれん」


 弥七やしちが止める。


「戦える者を二つに分けてから襲うつもりやったら、こっちが思う壺や」


 三好長逸みよし・ながやすは南の線へ指を置いた。


「偽文書を作る者なら、商人と紙の集まる堺へ向かうはずだ」


「そう思わせて、近江へ逃がすこともできます」


 日置雪へき・ゆきが北の線を見る。

 どちらにも理由がある。

 だからこそ、理由だけでは決められない。


 茶太郎は、二本の線の間に小さな丸を描いた。


「人が追う前に、見てもらうことはできへんかな」


「誰にや?」


 かん太が尋ねたとき、空から柔らかな羽音が降りてきた。

 黄緑色の胸。

 翼に混じる赤紫。

 アオバトのシオが、地図の北側へ降り立つ。


「ホアオー」


 続いて川辺の屋根へ、青灰色の大きな鳥が舞い降りた。

 細い脚と、鋭い嘴。

 宇治川の偵察役、蒼鷺のソウだった。


「北の舟はシオ。空から見て、戻る場所を忘れんようにな」


 弥七が小さな文筒を結ぶ。


「南は蒼。遠くから見るだけや。舟へ降りるな」


 蒼は不満そうに嘴を鳴らした。


「南で鮎を見つけても、寄り道したらあかんぞ」


 茶太郎が念を押す。

 蒼は、さらに強く嘴を鳴らした。

 返事なのか、好物を思い出しただけなのかは分からない。


 二羽が空へ上がった。

 空から見る目。

 水辺から流れを読む目。

 そして、舟を実際に見送った人の目。


 三つを重ねてから、進む道を決める。


「天と地と人、か」


 水叟が呟いた。


「どれか一つだけでは、道の全体は見えぬ」


 茶太郎たちは、ただ待っていたわけではない。

 桂の渡しに残された荷札を集め、舟の大きさ、船頭の人数、積んだ荷を聞き取った。

 かん太が帳面へ書く。


 北へ向かった舟。

 船頭二人。

 空の油樽が六つ。

 喫水は浅い。


 南へ向かった舟。

 船頭三人。

 筵を掛けた荷が四つ。

 舟の縁が水面へ近い。


「きっすい?」


 茶太郎が聞き返す。


「舟がどれくらい水へ沈んどるかや」


 老船頭が説明した。


「重い荷を積めば深う沈む。空の舟なら高う浮く」


 流された三つ目の箱は、大人が二人がかりで動かすほど重かった。

 北の舟は、空樽を積んだだけのように高く浮いていた。


「北は囮や」


 佐吉が断じる。


「まだ決めたらあかん」


 茶太郎は首を横に振った。


「途中で別の舟へ載せたかもしれへん」


 その日の夕方、シオが戻ってきた。


 脚の文には、近江へ向かう途中で舟が空樽を捨て、船頭たちが陸路へ逃げたとある。

 箱はなかった。

 やはり北は囮だった。

 しかし、日が暮れても蒼は戻らない。


「鮎を追うとるんやないやろな」


 長逸が言ったが、誰も笑わなかった。


 夜半、川霧の中から大きな翼が現れた。

 蒼は片脚を傷め、翼を濡らしていた。


「蒼!」


 茶太郎が駆け寄ろうとすると、雪が先に布で身体を包んだ。


「骨は折れてへん。せやけど、何かに掠められた跡がある」


 脚の文筒には、濡れた紙が残っていた。


『南の舟、鳥羽で箱を降ろす。

 油樽へ入れ替え、陸へ。

 矢を射られた。追えず』


 蒼は敵の舟へ近づいていない。

 それでも、見張りは空の鳥にまで矢を放ったのだ。


「よう戻ったな」


 弥七が蒼の頭を一度だけ撫でた。

 蒼は目を閉じ、それから茶太郎の袖を嘴で引いた。


「鮎が欲しいん?」


 弱々しく嘴が鳴る。


「元気になってからや。今は先生に診てもらって、食べられる物を少しずつな」


 茶太郎は、すぐに薬を塗ろうとはしなかった。

 傷を洗い、血を止める処置は、鳥の扱いを知る大人へ任せる。

 自分は身体を冷やさない場所と、飲める水を用意した。


 翌朝、弥七と雪、佐吉、町組の使番が鳥羽へ向かった。

 茶太郎とかん太は同行せず、届く知らせを水月庵で待つ。


 鳥羽の古い荷置き場には、油樽が十数個並んでいた。

 そのうち一つだけ、底へ新しい泥が付いている。


 弥七が樽を転がすと、油とは違う鈍い音がした。

 だが、蓋を開けても箱はない。

 中に入っていたのは、箱を包んでいた油布と、削り取られた木片だけだった。


 敵は、また先へ移していた。


「これを見てください」


 雪が、樽の底から薄い板を拾う。

 板には、荷の受け渡しを示す文字が刻まれていた。


『鳥羽より東へ。

 火の夜、六角へ返す』


「六角……六角堂か?」


 佐吉の顔色が変わる。


 下京の町組と深い縁を持つ六角堂。

 その周囲には、復興のための材木、油、古紙、炭が集まっている。

 火を放つには、あまりにも多くの物がそろっていた。


 同じ頃、水月庵の茶太郎のもとへ、影猫衆から知らせが届いた。


 六角堂周辺の三軒の空き家へ、見慣れない油樽が運び込まれている。

 奪われた箱を追っていたはずの道は——いつの間にか、下京を再び焼く道へ変わっていた。

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『茶太郎がゆく』
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