第205話 「白い骨灰と、煤の下の家印」
――磨けば戻るものと、隠しておくべきもの――
《伏見水輪・繕い所》に集められた骨を前に、六助が鼻をつまんだ。
「これも使うん?」
魚の中骨。
鶏の骨。
出汁を取った後の骨。
食べられるところは残っていないが、そのまま積めば臭いが出て、犬や獣も寄ってくる。
「何でも使えるわけやない」
茶太郎は、水叟から教わった言葉を思い出した。
まず、出所を記す。
次に、状態を分ける。
使い道は、その後だ。
病気で死んだ獣の骨。
出所の分からない骨。
腐敗して臭いの強い骨。
それらは再利用の籠へ入れず、大人が別に処理することになった。
料理に使い、十分に煮出した魚や鳥の骨だけを集める。
「骨も、最初から灰にするんやないんやな」
千代が帳面へ記す。
「うん。食べられるところ、出汁にできるところを使って、それでも残った分だけ」
洗った骨は日に干し、完全に乾かした。
それを焼くのは、共同炊事場ではない。
甚八の鍛冶場からも離れた、専用の小さな焼き窯だった。
「煙も臭いも出る。子どもは近づくな」
窯を扱う職人が縄を張る。
茶太郎たちは風上の離れた場所から、火の番をする大人へ時刻を知らせるだけだった。
最初に焼いた骨は、灰色のまま残った。
砕くと油のような臭いがする。
「白くなってへん」
友照が遠くから覗き込む。
「焼き方が足りん。これを研磨に使うたら、磨くどころか油で汚す」
甚八は失敗した骨を完成品へ混ぜなかった。
もう一度乾かし、窯へ戻す。
火を強くしすぎて器を割らないよう、職人が空気の入り方を調整しながら、長く焼いた。
二度目に取り出した骨は、崩れるほど白くなっていた。
冷めるまで一晩待つ。
粉を吸い込まないよう湿らせ、大人が蓋付きの臼で細かく砕く。子どもたちは粉の出る場所へ近づかない。
出来上がった白い粉は、食べ物でも薬でもない。
《水輪骨白》。
水や油と少量ずつ練り、金物や硬い器の研磨に試すためのものだった。
甚八は、緑青と煤に覆われた銅の小皿を用意した。
まず布だけで磨く。
次に、粗い砂を使う。
最後に《水輪骨白》を少量付ける。
砂では細かな傷が増えたが、骨白を使った場所は、鈍い光を取り戻した。
「削る力が弱い分、仕上げに向いとる」
甚八が言う。
「せやけど、何にでも使うたらあかん。金箔や漆、柔らかい錫引きまで磨けば、表面を剥がしてしまう」
千代は注意書きを増やした。
金箔には使わない。
漆器には使わない。
錫を引いた鍋には、職人が確かめるまで使わない。
食器へ使った場合は、粉が残らないよう十分に洗う。
その日の午後、水月庵から古い銅板が届いた。
百俵の米を分けた蔵の一つから外した、焼け焦げた蔵札だった。
表面は真っ黒で、記された数も読めない。
添えられた木札には、水叟の筆でこうあった。
『新しい札へ替える前に、下に残るものを確かめてほしい』
甚八は、いきなり骨白を使わなかった。
水で泥を落とす。
柔らかな布で煤を拭う。
腐食して浮いた部分だけを、竹べらで慎重に除く。
最後の仕上げに、《水輪骨白》を使った。
少しずつ、銅の色が戻っていく。
蔵札の中央から現れたのは、米の数ではなかった。
古い家印だった。
水の流れを挟むように、二本の葦が向かい合っている。
それを見た弥七の表情が変わった。
「この印……」
「知ってるの?」
茶太郎が尋ねると、弥七は答える前に背後を見た。
いつの間にか、水叟が立っていた。
水叟は蔵札を手に取り、親指で家印をなぞった。
その指が、わずかに震えている。
「昔、この辺りの水路と米蔵を預かっていた家の印だ」
「その家は、どうなったの?」
「城とともに滅びたと思われている」
水叟はそれ以上語らなかった。
新しい蔵札なら、古い家印を削り落とす必要はない。
だが水叟は、磨き上げた銅板を再び使うことを選んだ。
表側には、水月庵の蔵番号を刻む。
古い家印は裏側へ向け、壁との間に隠す。
「消さないの?」
茶太郎が聞いた。
「忘れぬことと、今すぐ人前へ晒すことは違う」
水叟は蔵札を包んだ。
「語るべき時が来るまで、守っておくものもある」
茶丸が、水叟を見上げる。
「……ニャッ」
水叟と茶丸の視線が、ほんの一瞬だけ重なった。
茶太郎には分からなかった。
けれど茶丸は、その古い家印と水叟の間に、切れていない縁があることを感じ取っていた。
骨灰は、銅板の煤を落とした。
だがその下から現れた過去は、まだ誰にも明かされないまま、再び蔵の奥へ戻っていった。




