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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第204話 「灰を分ける印と、水輪の膏石鹸」

 ――燃えた後にも、役目は残る――


 水月庵から伏見へ戻った茶太郎は、繕い所の前で足を止めた。

 庭には三つの灰桶が置かれていた。


 共同炊事場から出た灰。

 甚八じんぱちの鍛冶場から出た灰。

 どこから運ばれたのか分からない灰。


「灰なら、どれも同じやろ?」


 六助が言うと、甚八が首を横に振った。


「同じやない。鍛冶場の灰には、金屑や石炭の残りが混じることがある。何を燃やしたか分からん灰には、塗料や汚れた布の燃えかすが入っとるかもしれん」


 水叟すいそうの言葉を、茶太郎は思い出した。

 物を守るなら、数だけでなく、どこから来たかを記せ。


「料理に使った、きれいな薪の灰だけを分けよう」


 千代が木札を用意した。


 白い輪は、薪だけを燃やした竈の灰。

 黒い三本線は、鍛冶場の灰。

 斜め印は、出所不明。


「白い輪以外は、洗い物に使わへん」


 千代が決まりを書き加える。

 影猫衆も灰を運ばない。

 白灯あかりと虎吉は、灰が無断で捨てられている場所を見つけ、人へ知らせるだけだ。


 触れてよいかを決めるのは、竈を管理する大人と職人だった。


 集めた薪灰は、目の細かい籠で炭や釘を取り除いた。

 それを水へ浸し、しばらく置く。

 灰が沈むと、上には薄く色づいた液体が残った。


「これが灰汁あくや」


 お律が柄杓を持つ。


「汚れを落とす力はある。せやけど、濃ければ手も布も傷める。子どもは触ったらあかん」


 灰汁を扱う場所は、井戸と厨房から離した。


 専用の桶。

 専用の柄杓。

 専用の布手袋。

 使った量と、薄めた水の量も帳面へ残す。


 最初の試し洗いには、柳生から持ち帰った泥布の切れ端を使った。

 お律が薄めた灰汁へ布を浸し、棒で静かに動かす。

 しばらくして取り出すと、泥と油の一部が落ちていた。


「きれいになった!」


 茶太郎が喜んだが、乾いた布を引っ張った千代の表情が曇る。


「前より弱うなってへん?」


 布の端が、ぷつりと切れた。

 灰汁が濃すぎたのだ。


「汚れが落ちても、布まで傷めたら繕いにならへん」


 お律は失敗した切れ端を、成功品の籠へ入れなかった。

 濃さを半分にし、浸す時間も短くする。

 さらに、同じ古布を三枚用意した。


 一枚は水洗いだけ。

 一枚は薄い灰汁。

 一枚は少し濃い灰汁。

 乾かした後、同じ重さの石を包んで持ち上げる。


 水洗いだけでは油染みが残った。

 濃い灰汁の布は、早く裂けた。

 薄い灰汁で短く洗った布が、最も汚れと強さの釣り合いがよかった。


 六助は結果を木札へ描いた。


「泡が多い方が強いんと違うんやな」


「強すぎる力は、守りたい物まで壊すんだよ」


 次に試したのは、鍋の底や雨覆いへ付いた油汚れだった。

 薄い灰汁だけでは落ちにくい。


 そこで、大人たちは料理で残った使い道のない脂を集めた。ただし、腐った脂や正体不明の油は使わない。

 脂を温め、少量の灰汁を加え、木べらでゆっくり混ぜる。

 火と灰汁の両方を扱うため、茶太郎たちは縄の外から見守った。


 すぐには固まらない。

 出来上がったのは、茶色がかった柔らかなこうのようなものだった。


 お律が古布へ少量を付け、専用の板の上で洗う。

 油が浮いたところで、たっぷりの水ですすいだ。


「石みたいな石鹸やないんやな」


 友照が言う。


「うん。柔らかいから、蓋のある壺に入れよう」


 名は——

 《水輪灰膏すいりんはいこう》。


 洗濯や油汚れ落としに使うものであり、薬ではない。


 傷口へ塗らない。

 食べ物へ触れる器には残さない。

 使った後は、ぬめりが消えるまでよくすすぐ。

 子どもだけでは扱わない。


 注意書きは、《水輪宿紙》へ大きな印とともに記された。


 洗い直した古布は、柿渋を塗る前よりむらが少なくなった。

 だが、全てが救えたわけではない。


 裂けた布は詰め物へ。

 短い繊維は火口へ。

 洗っても臭いが残る布は、生活用品へ戻さず処分する。


「使える物だけ使うんやな」


 六助が言った。


「うん。何でも救えるって言ったら、それは嘘になるから」


 夕方、水叟から一枚の木札が届いた。

 そこには、百俵を置いた三つの蔵と、灰を出した竈の場所が描かれていた。

 裏には短い言葉。


『物の出所を記せば、失敗の戻り道が見える』


 茶太郎は、その札を繕い所の壁へ掛けた。

 すると千代が、庭の隅に積まれた白い欠片を指した。


「茶太郎。これは、どこへ分けるん?」


 炊き出しで使った魚や鳥の骨だった。

 煮ても食べられず、燃やせば白い灰になる。


 茶太郎はすぐに答えず、帳面へ新しい欄を作った。


「次は、骨が何に戻れるのか調べよう」


 燃えた後の灰にも、食べ終えた骨にも——まだ知らない役目が残されていた。

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『茶太郎がゆく』
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