第203話 「百俵を守る老人」
――今日の腹と、まだ見えない春を守る――
水月庵を訪れた茶太郎が最初に教えられたのは、米蔵の場所ではなかった。
「帰り道を指せ」
水叟が言った。
茶太郎は、歩いてきた山道を振り返る。
「あっちです」
「ほかには?」
「ほか……?」
水叟は庵の裏へ回り、藪に隠れた細道を示した。
「表の道が崩れれば、こちらを使う。荷を守りたいなら、運び込む道より先に、運び出す道を覚えよ」
茶太郎は《水輪宿紙》へ、二本の道を描いた。
茶丸は裏道の匂いを確かめ、静かに頷く。
「……ニャッ」
水月庵には、大きな米蔵が一つあるわけではなかった。
山裾の蔵に四十俵。
庵の裏手に三十五俵。
少し離れた寺の小屋に二十五俵。
合わせて百俵。
「どうして分けてあるの?」
「火が出ても、盗まれても、道が塞がれても、全てを失わぬためだ」
水叟が答えた、その直後だった。
山の上で雷が鳴った。
激しい雨が木々を叩き、庵の裏手から男が駆け込んでくる。
「水叟さん! 裏の蔵へ水が入っとる!」
水叟はすぐに立ち上がった。
「人数を集めろ。ただし、先に裏道を開けよ。俵を運ぶ者と、屋根を見る者を分ける。子どもは蔵へ入れるな」
茶太郎たちは軒下へ下がった。
古い屋根の一部が破れ、三十五俵のうち十一俵が濡れていた。
水叟は、濡れた俵をまとめて運ばせなかった。
表面だけ濡れたもの。
中まで水が染みたもの。
泥水をかぶったもの。
種籾の入った俵。
状態と役目ごとに置き場所を分ける。
「種籾を、先に高い場所へ」
その指示を聞き、避難していた男が声を荒らげた。
「食う米が濡れとるんやぞ! 種なんぞ後でええ!」
水叟は動じなかった。
「今日の腹を満たして、春の腹を空にしてはならぬからだ」
「せやけど——」
「種を食い尽くせば、次の収穫が消える。食える米は救う。食えぬ米にも別の役目を探す。だが、春そのものを煮て食うてはならん」
茶太郎は、友照が蜂蜜へ巻いた赤い紐を思い出した。
今使う分と、蜂が冬を越す分。
残すことは、惜しむことではない。
まだ見えない季節を守ることだった。
雨が弱まる頃、水月庵には二十七人が避難していた。
濡れた衣をまとった老人。
熱を出した子。
乳飲み子を抱く母親。
蔵から俵を運び続けた若者たち。
だが、すぐに使える椀は二十しかない。
水叟が茶太郎へ尋ねた。
「二十の椀へ同じ量を盛れば、公平か?」
茶太郎は人々を見回した。
「……二十七人いるから、七人が食べられません」
「ならば、全て薄めるか?」
鍋の中身を水で増やせば、全員へ同時に配ることはできる。
けれど、弱った者に必要な食事まで薄くなる。
茶太郎は首を横に振った。
「食べる順番と、中身を変えます」
濡れ米のうち、泥水に触れておらず、すぐに炊けば食べられる米を選ぶ。判断は水叟と寺の者が行い、異臭や変色のあるものは鍋へ入れない。
茶太郎は米を柔らかく煮た。
幼い子と病人には、よく煮崩した薄味の粥。
歯の弱い老人には、粒を潰した柔らかな粥。
働き続けた者には、味噌と刻んだ菜を加えた濃いめの粥。
元気な者は先に薪を割り、水を運び、雨覆いを張る。
最初の者が食べ終えると、椀を洗い、熱湯を通して、待つ者へ回した。
一度に二十人を満腹にするのではない。
二十の椀を止めずに巡らせ、二十七人全員へ届ける。
粥を受け取らず、隅に立っていた男がいた。
「施しは受けへん」
水叟が男の前へ椀を置く。
「施しやない。貸しや」
「返す銭なんぞない」
「次に腹を空かせた者へ、水か薪を渡せ。それで返したことにする」
男は長く黙ったあと、椀を取った。
言葉による謝罪も、感謝もなかった。
食べ終えた男は立ち上がり、空になった水桶を担いだ。
その所作だけで、借りた温もりを次へ渡す意思が伝わった。
竈の底で、こぼれた米が少し焦げた。
焼けた匂いが立った瞬間、水叟の動きが止まる。
燃える櫓。
割られる城門。
煙の中を運び出される米俵。
幼い子へ、一本の麻紐を託した手——。
記憶は一瞬で消えた。
「水叟さん?」
「……何でもない。火を弱めよ」
茶太郎は、それ以上尋ねなかった。
寺男にも、思い出したくない火があるのだろうと思っただけだった。
翌朝、百俵の行き先が帳面へ記された。
乾いた米は三か所へ再分配。
表面だけ濡れた米は、早く食べる分へ。
傷んだ米は食用から外し、糊など別の用途を職人に相談する。
種籾は最も高く、乾いた小屋へ。
百俵全てを救えたわけではない。
けれど、人も、米も、春も失わずに済んだ。
水叟は茶太郎の帳面を見つめた。
「城壁は、城の中にいる者しか守れぬ」
茶太郎は顔を上げる。
「だが、お前の椀は、城の外にいる者まで守れる」
「ぼく一人じゃ、何もできませんでした」
「だからだ」
水叟は、二十の椀が並ぶ炊事場を見た。
「一人で百俵を抱える者より、二十の椀を人の間で巡らせる者の方が、多くを生かすこともある」
そして、誰にも聞こえないほど小さな声で続けた。
「お前はいつか、城主より多くの者を救うかもしれんな」
この日、水月庵に作られた三つの備蓄帳は、のちに下京の救恤蔵を支える原型となる。
そして水叟は、帳面を預けられる目を持つ子どもが、いつか宇治へ現れることを待ち始めた。




