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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第202話 「泥まみれの古布と、水叟の雨覆い」

 ――着物に戻れなくても、荷を守る布にはなれる――


 柳生から持ち帰った古布を見て、千代は顔をしかめた。


「これ、ほんまに使えるん?」


 《伏見水輪・繕い所》の庭には、泥を吸った雨覆いが広げられていた。


 破れた麻布。

 擦り切れた縄。

 虫に食われた絹布。

 油の染みた端切れ。


 どれも、元の持ち主が捨てようとした物ばかりだ。


「全部は使えへん」


 布を扱う職人のお律が、はっきりと言った。


「濡れて腐った布、病人が使ったままの布、何の油か分からん布は、他と分ける。洗う前から一緒にしたら、使える布まであかんようになる」


 茶太郎たちは、古布を状態ごとに分けた。


 まだ織り目が残る麻布は、継ぎ布へ。

 細長く裂けた布は、結び紐へ。

 短くなった繊維は、荷の隙間を埋める詰め物へ。

 絹は麻と混ぜず、別の籠へ。

 正体の分からない染みや、異臭のある布には、触れるなという斜め印を付けた。


 六助が、泥の塊になった布を持ち上げようとする。


「これは洗えば——」


「素手で触ったらあかん」


 千代が止めた。

 大人が木鋏でつまみ、洗える物だけを水へ入れる。

 煮沸と熱湯を扱うのも大人たちだ。洗った布はよくすすぎ、日と風へ当てて、芯まで乾かした。

 白灯あかりは干し場の下へ潜ろうとして、茶丸に首根っこを押さえられた。


「にゃっ」


「……ニャッ」


 ——乾くまでは仕事場へ入るな。


 数日後、最初の雨覆い作りが始まった。


 使える部分を四角く切り、破れた場所へ当てる。縫い目をそろえ、二枚の麻布を重ねた。

 茶太郎は、完成した布へ柄杓で水を掛けた。


「いくよ」


 ざあっ。


 水は布の表面を流れたが、縫い目から細い筋になって裏へ染み出した。

 六助が下へ置いた木箱を覗く。


「濡れた!」


「布を重ねただけでは、縫い穴から水が入るんやな」


 千代が漏れた場所へ炭で印を付ける。


 茶太郎は肩を落としかけたが、柳生宗厳の言葉を思い出した。

 勝った型より、崩れた足を見る。


「縫い目を上から下まで一直線にしたのが悪かったのかも」


 お律は布を屋根瓦のように重ね直した。

 上の布が下の布へかぶさる向きにし、雨が縫い目へ直接当たりにくい形へ変える。

 さらに、渋柿から取った柿渋を薄く塗った。


「一度塗っただけでは使えへん。塗って、乾かして、また塗る。急いだら中に湿りが残る」


 友照が鼻を押さえた。


「変わった匂いやな……」


「乾けば少し落ち着くよ」


 すぐに十枚作ることはできない。

 一枚ずつ塗り、乾いた日を帳面へ書き、折り曲げても割れないか確かめた。

 二度目の水掛けでは、縫い目から数滴が落ちた。

 三度目には、水が表面を玉のように滑った。


 完全に水を通さないわけではない。

 長雨にさらせば染みる。


 だが、短い雨から俵や薬箱を守るには十分だった。


 《水輪繕い雨覆すいりんつくろいあまおおい》。


 茶太郎たちは、布の端へ水輪と用途を示す荷箱の印を付けた。


「着物として売ったらあかん」


 千代が帳面へ書く。


「新品の布とも言うたらあかん。短い雨から荷を守る、繕い物や」


 その日の夕刻、伊平じいさんが一人の寺男を連れてきた。


 灰色の衣。

 日に焼けた顔。

 髪を落とした頭。

 年は分かりにくいが、立ち姿には寺男らしくない静かな緊張があった。


「茶太郎、この人は水叟すいそうさんや」


 伊平じいさんが紹介した。


「恵心院の奥にある水月庵で、寺の雑事をしとる」


 水叟は完成した雨覆いを裏返し、縫い目と布の重なりを確かめた。


「古布を、新しい布と偽ってはいないのだな」


「はい。できることと、できないことを札に書きました」


「それがよい」


 水叟の指には、太い刀を長く握った者のような硬い痕があった。

 だが茶太郎は、それを鍬や薪割りでできたものだと思った。


 水叟は雨覆いを二枚求めた。


「水月庵では、米と薬を一か所に置かぬようにしている。火が出ても、道が塞がれても、全てを失わぬためだ」


 茶太郎は首を傾げた。


「分けたら、見張る場所が増えませんか?」


「増える。運ぶ手間も増える」


「じゃあ、どうして?」


「一つを守ることと、全てを一つに集めることは違うからだ」


 水叟は代金を置き、古布の雨覆いを背負った。

 伊平じいさんが茶太郎を見る。


「一度、水月庵へ来てみるか? 繕い所で作った物が、ほんまに山で役立つか確かめたらええ」


「行きたい」


 茶太郎が答えると、水叟はほんのわずかに目を細めた。


「では、荷を一つ任せよう。ただし、山では料理より先に、帰り道を覚えてもらう」


 その言葉の意味を、茶太郎はまだ知らなかった。

 水叟がかつて、一つの城と、帰る場所の全てを失いかけた男であることも。


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『茶太郎がゆく』
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