第201話 「消えた荷と、雨に溶けた文字」
――新しい工夫には、新しい失敗がついてくる――
翌朝、茶太郎たちは柳生の山道へ入った。
先頭は弥七。
少し離れて、柳生宗厳。
茶太郎とかん太はその後ろを歩き、茶丸と白灯が道の両側を調べる。
「荷が消えたんは、いつも雨のあとや」
里の荷運び人が説明した。
「道の途中までは足跡がある。せやけど、岩場で急に消える。荷だけ戻らへん」
宗厳は木剣を腰へ差したまま、地面へ屈んだ。
「人の足跡ばかり見ていたのか?」
「馬の跡も調べた。途中で途切れとる」
「途切れてはいない」
宗厳が草の根元を指した。
葉の片側だけに、乾いた泥が付いている。
「ここで道を外れた。沢へ下りている」
荷運び人は首を振った。
「沢は道やない。荷を持って歩ける場所やないぞ」
「だから、追う者も道だと思わなかった」
弥七が沢を見下ろした。
「岩の上なら足跡は残らん。水へ入れば匂いも薄れる」
白灯が沢へ向かい、途中で立ち止まった。
「にゃっ」
茶丸も、倒れた枝の下を見つめる。
「……ニャッ」
枝には、灰色の紙片が引っかかっていた。
茶太郎が拾おうとすると、弥七が先に布でつまんだ。
「何が付いとるか分からん。子どもは触るな」
紙片には、水輪の印が残っていた。
《水輪宿紙》で作った荷札だった。
「伏見から送った紙だ……」
だが、届け先の文字は滲み、ほとんど読めなくなっている。
茶太郎の胸が冷たくなった。
「雨で……消えたんだ」
宗厳が紙片を見た。
「荷札を奪った者がいるのではないのか?」
「違うかもしれない。宿紙は一度使った紙から作ってる。新しい紙より繊維が短くて、濡れると弱いんだ」
甚八から教わった言葉が蘇る。
元と同じ物へ、完全に戻るわけではない。
用途を見誤れば、繕った物が新しい危険を生む。
一行は沢沿いを進んだ。
しばらくすると、岩陰に粗末な小屋が見えた。外には濡れた俵と木箱が積まれている。
宗厳が木剣へ手をかけた。
「出てこい!」
小屋から現れたのは、武装した盗賊ではなかった。
痩せた炭焼きの男と、二人の子どもだった。
兄らしい少年が、妹を背中へ隠す。
「盗んでへん!」
少年が叫んだ。
「沢へ流れてきたんや。中身にも手ぇつけてへん!」
木箱の縄は切られていない。
薬の包みも、穀物の俵も残っている。
炭焼きの男が事情を語った。
「雨の日、荷馬が斜面で暴れたらしい。外れた荷が沢へ落ちてきた。札の字が消えとったから、どこへ返せばええか分からんかった」
「なら、里へ知らせればよかった」
宗厳の声は厳しい。
少年は唇を噛んだ。
「前に炭を届けたとき、盗人扱いされた。里へ行ったら、今度こそ捕まると思ったんや」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
荷を落とした者は、叱責を恐れて黙った。
拾った者は、疑われることを恐れて隠した。
そして伏見では、紙が再生できたことだけを喜び、雨の道で使えるか確かめていなかった。
「ぼくたちの失敗だ」
茶太郎が頭を下げた。
宗厳が振り返る。
「なぜ、そなたが謝る?」
「宿紙を荷札にしたのは、ぼくたちだから。盗まれたって決めつける前に、紙が破れたことを考えないといけなかった」
「だが、隠したのはこの者たちだ」
「うん。だから、隠さなくても返せる決まりを一緒に作る」
弥七が炭焼きの親子へ尋ねた。
「荷を見つけた場所と日を話せるか?」
「話せる」
「ほな、処分を決めるんは里の大人と荷主や。俺らがここで縛ることやない」
影猫衆も、逃げ道を塞がなかった。
白灯は兄妹の横へ座り、茶丸は戻る道の先に立った。
帰還させることまでが、彼らの役目だった。
里へ戻ると、荷札の決まりが改められた。
雨の道では、行き先を刻んだ薄い木札を外側へ結ぶ。
詳しい品名と数は、宿紙へ書いて木箱の内側へ入れる。
宿紙は薬を直接包まず、内包みを守る外紙として使う。
さらに、荷を拾った者が届けられる「預かり小屋」を橋の両側へ設けることになった。
拾った荷を返した者を、最初から盗人と呼ばない。
届けた日時と場所を記録し、中身の確認は二人以上で行う。
宗厳は、新しい木札へ柳生の印を刻んだ。
「剣なら、折れたところを鍛え直せばよい。だが決まりも、同じように直せるのだな」
「直せるよ。失敗を隠さなければ」
回収した荷を調べると、中身は無事だった。
ただし、俵へ掛けていた雨覆いの布は裂け、泥を吸って重くなっている。
荷運び人が困った顔をした。
「新しい雨覆いを全部そろえる銭はない」
茶太郎は、裂けた布を見つめた。
着物には戻せない。
けれど、洗って分け、重ね方を変えれば、荷を守る役目は残せるかもしれない。
「これも伏見へ持ち帰ろう」
「破れた布をか?」
「うん。次は、布の残っている強さを調べたい」
大和で見つけた失敗を抱え、茶太郎たちは宇治へ戻ることになった。
旅の土産は、名物でも宝でもない。
雨に負けた紙と、泥にまみれた古布だった。




