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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第200話 「柳生の少年と、折れた橋の向こう」

 ――強さとは、倒れないことではなく、立ち直る道を残すこと――


 大和へ向かう朝、茶太郎は何度も荷を確かめた。

 ・正丸しょうがん

 ・水霊駆けすいれいかけみつ

 ・薄墨色の《水輪宿紙すいりんしゅくし


 それに、米、乾燥させた茸、少量の味噌。


「遠出や。忘れ物しても、すぐには戻れへんぞ」


 弥七やしちが言った。


 六歳の茶太郎だけで旅をすることはできない。弥七とかん太が付き添い、茶丸と白灯あかりが周囲を警戒する。

 友照と千代たちは、伏見の繕い所に残った。


「帰ってきたら、柳生の話を聞かせてな」


 友照が《水霊駆け蜜》を一包み追加する。


「蜂の分を取りすぎてへん?」


「これは試作に使うと決めた分や。数も帳面に書いた」


 友照は、もう蜜壺を守るだけの子ではなかった。

 残す量と、分ける量を自分で決められるようになっていた。


 茶太郎たちは宇治から木津川沿いを進み、山道へ入った。


 昼過ぎ、修復された橋が見えてくる。

 橋板は新しいものばかりではない。まだ使える古材を選び、傷んだ部分だけを取り替えてある。

 その下を、《水輪の繕い鎹》が支えていた。


「渡れるようにはなったけど、走ったらあかん」


 橋番の男が告げた。


「一人ずつ、間を空けて渡ってくれ」


 茶丸が先に橋へ足を乗せる。


 一歩。

 二歩。

 三歩目で立ち止まり、右前足を上げた。


「……ニャッ」


 弥七が橋板を調べると、一本だけ固定が甘かった。


「鎹が悪いんやない。打ち込んだ木が痩せとる」


 橋番は顔を赤くした。


「昨日は通れたんや」


「昨日通れたことと、今日も安全なことは別や」


 弥七たちは予備の木片を噛ませ、鎹を打ち直した。

 霊の力で橋を支えたのではない。

 茶丸が違和感を知らせ、人が原因を確かめ、人の手で直した。


 柳生の里へ着いたのは、日が傾き始めた頃だった。

 小さな家の前で、一人の少年が待っていた。


 年は九つ。

 日に焼けた顔。よく手入れされた木剣。子どもらしい細い身体に、不思議なほど隙がない。


「宇治の茶太郎か」


「うん。君が、柳生宗厳やぎゅう・むねよし?」


「そうだ」


 宗厳は茶太郎を見るなり、眉を寄せた。


「もっと大きい者が来ると思っていた」


「ぼくも、病気の子が君だと思ってた」


「病んだのは弟分の源助だ。こちらだ」


 家の中では、八歳ほどの少年が横になっていた。


 熱は下がっていたが、顔にはまだ疲れが残っている。


 土地の医師が説明した。


「正丸は使った。だが、それだけやない。煮沸した水を少しずつ飲ませ、粥を食べさせ、身体を休ませた。それでようやく持ち直した」


 茶太郎は安心したが、すぐに源助の腹へ手を伸ばすことはしなかった。


「先生が診てからにする。ぼくは、食べられる物を作るね」


 持参した米を柔らかく煮て、乾燥茸の薄い出汁を加える。味噌は香りがつく程度にとどめた。


 仕上げに、細かく刻んだ青菜を少しだけ入れる。


 《水霊やわらぎ粥》。


 源助は、まず一匙。

 少し休んで、もう一匙。


「……うまい」


 その言葉に、宗厳の肩から力が抜けた。


「助かったのだな」


「まだ治ったって決めつけたらだめだよ。今日食べられても、明日また悪くなるかもしれない。水と食事と便の様子を記録して」


 宗厳は意外そうに茶太郎をの見た。


「そなたは、成功した話より、失敗する話を多くするな」


「失敗を見ないことにすると、次に直せないから」


 宗厳は黙って木剣を置いた。

 その右手には、赤く腫れた豆ができていた。


「剣も同じだ。勝った型より、崩れた足の方を覚えておかねばならぬ」


 茶太郎は、橋で茶丸が止まった三歩目を思い出した。


「料理も橋も、剣も同じなのかな」


「同じではない」


 宗厳は即座に否定した。

 それから、わずかに笑う。


「だが、崩れる前の印を見るところは似ている」


 食後、宗厳は源助の枕元へ木剣を立てかけた。


 祈りの言葉は口にしなかった。

 ただ、自分が最も大切にしている木剣を、眠る少年の手が届く場所へ置いた。

 源助はその柄へ触れ、静かに目を閉じた。


 茶太郎は、宗厳が強がりの奥で何を願っているのか理解した。


 夜、里の名主が一枚の古い地図を広げた。


「橋は直った。だが、この先の山道で荷が消える。奪われた形跡はない。足跡も、途中で途切れておる」


 白灯が地図の一点へ前足を置いた。


「にゃ」


 茶丸の目が細くなる。


「……ニャッ」


 弥七は山の方角を見た。


「人の仕業なら、跡を消す者がおる。人でないなら、なお厄介や」


 宗厳は木剣を取り上げた。


「その道は、柳生の里へ食と薬を運ぶ道だ。私も行く」


 茶太郎は頷いた。

 折れた橋の次に待っていたのは——道そのものから荷を消す、名もなき気配だった。

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『茶太郎がゆく』
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