↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
PR
207/318

第199話 「混ぜてはいけない金物と、水輪の鎹」

 ――急いで溶かす前に、その正体を知る――


 《伏見水輪・繕い所》の庭に、古い金物が集められた。


 折れた釘。

 曲がったかすがい

 穴の開いた鍋。

 欠けた鋤先。

 割れた仏具。

 形も色も、重さも違う。


「これを全部溶かしたら、橋の鎹がようけ作れるんと違う?」


 六助が尋ねると、甚八じんぱちは首を横に振った。


「鉄も銅も錫も鉛も、同じ金や思うたら大間違いや。混ぜれば使い物にならんだけやのうて、扱い方を誤れば人を害する物もある」


 甚八が指したのは、白くくすんだ小さな塊だった。


「これは鉛かもしれん。柔らこうて重い。熱すれば身体に悪い煙や粉が出ることもある。炊事場の炉へは絶対に入れるな」


 茶太郎は、すぐに新しい決まりを作った。


 正体の分からない金物には触れない。

 子どもは拾わず、大人を呼ぶ。

 鉛と思われる物は、厨房や井戸、寝床から離した専用の箱へ入れる。

 炉も道具も、料理用とは決して共用しない。


 白灯あかりが、金物の山へ近づこうとした。


「にゃ?」


「白灯も近づいたらあかん」


 千代に抱き上げられ、白灯は不満そうに尻尾を振った。


 影猫衆の仕事は危険な物を運ぶことではない。

 捨てられている場所を見つけ、人へ知らせ、誰かが誤って触れないよう見張るところまでだった。

 選別は職人が行った。

 甚八は表面を磨き、色を見る。


 軽く叩いて音を聞く。

 曲がり方や削れ方を確かめる。

 火花を見なければ分からない物は、子どもたちを遠ざけて鍛冶場で試す。


 茶太郎たちは安全な場所で、その結果を木札へ記した。


 鉄には黒い三本線。

 銅には赤い輪。

 正体不明には大きな斜め印。

 危険の疑いがある物には、触れるなという二重の縄を張る。


「字が読めん人にも分かるようにせなあかん」


 千代が言うと、六助は斜め印を太く描き直した。

 そこへ、近江から来た古金商人が現れた。


「細かく分けていたら日が暮れる。こちらでまとめて買おう。重さで銭を払う」


 差し出された金額に、集まった町人たちがざわめいた。


 繕い所には、まだ十分な稼ぎがない。


 だが甚八は、金物の前へ立った。


「重さだけで売ったら、橋に戻れる鉄まで失う」


「鉄が要るなら、あとで買い戻せばよい」


「その値は、今の倍か?」


 商人は答えなかった。


 茶太郎は、割れた鍋を見つめた。


「全部売れば、今日の銭にはなる。でも、明日また鎹が足りなくなる」


「では、どうするつもりだ?」


「使える形のまま残っている物から、先に直します。溶かすのは、そのままでは使えない物だけです」


 商人は鼻で笑った。


「六つの子が商いを語るか」


 茶太郎は言い返さなかった。


 代わりに、千代へ帳面を開いてもらった。


「橋に必要な鎹は二十四。打ち直せそうな古い鎹が九。太い釘と農具から作れそうな分が十一。足りない鉄は四つ分だけです」


 数字を聞いた町人の一人が声を上げた。


「ほな、買う鉄は四つ分で済むんか」


「全部売って買い戻すより、ずっと少ない」


 商人はしばらく黙り、最後に銅と真鍮だけを適正な量で買い取った。

 売った銭の一部で、不足する鉄を補う。

 全てを抱え込まず、全てを手放さない。

 その境目を、帳面と職人の目で決めた。


 甚八は選別した鉄を火床で熱し、槌で錆と汚れを落とした。

 溶けた金属を型へ流し込むのではない。

 まだ粘りの残る鉄を延ばし、折り返し、必要な太さへ鍛え直す。

 危険な作業の間、茶太郎たちは鍛冶場の外で待った。


 甲高い槌音が、伏見の夕空へ響く。

 やがて甚八が、水輪の刻印を入れた鎹を持って現れた。


「古い鉄や。せやけど、弱いとは限らん。悪いところを落として、鍛え直せば、まだ家も橋も支えられる」


 完成した二十四本は、《水輪の繕い鎹》と呼ばれた。

 鎹は使番の荷へ積まれ、大和へ送られた。


 数日後、シオが柳生から戻ってきた。

 脚の文には、たった二行。


『橋は渡れるようになった。


 薬を受け取った子が、茶太郎に会いたいと言っている』


 その下には、木剣のような細長い印が描かれていた。

 弥七が目を細める。


「柳生の子やろか」


 茶太郎は《水霊駆け蜜》と正丸の残りを確かめた。


「今度は荷物だけじゃなくて、ぼくが会いに行く」


 茶丸が静かに立ち上がる。


「……ニャッ」


 宇治から大和へ。

 繕い直した橋の先で、九歳の柳生宗厳やぎゅう・むねよしが茶太郎を待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。