第199話 「混ぜてはいけない金物と、水輪の鎹」
――急いで溶かす前に、その正体を知る――
《伏見水輪・繕い所》の庭に、古い金物が集められた。
折れた釘。
曲がった鎹。
穴の開いた鍋。
欠けた鋤先。
割れた仏具。
形も色も、重さも違う。
「これを全部溶かしたら、橋の鎹がようけ作れるんと違う?」
六助が尋ねると、甚八は首を横に振った。
「鉄も銅も錫も鉛も、同じ金や思うたら大間違いや。混ぜれば使い物にならんだけやのうて、扱い方を誤れば人を害する物もある」
甚八が指したのは、白くくすんだ小さな塊だった。
「これは鉛かもしれん。柔らこうて重い。熱すれば身体に悪い煙や粉が出ることもある。炊事場の炉へは絶対に入れるな」
茶太郎は、すぐに新しい決まりを作った。
正体の分からない金物には触れない。
子どもは拾わず、大人を呼ぶ。
鉛と思われる物は、厨房や井戸、寝床から離した専用の箱へ入れる。
炉も道具も、料理用とは決して共用しない。
白灯が、金物の山へ近づこうとした。
「にゃ?」
「白灯も近づいたらあかん」
千代に抱き上げられ、白灯は不満そうに尻尾を振った。
影猫衆の仕事は危険な物を運ぶことではない。
捨てられている場所を見つけ、人へ知らせ、誰かが誤って触れないよう見張るところまでだった。
選別は職人が行った。
甚八は表面を磨き、色を見る。
軽く叩いて音を聞く。
曲がり方や削れ方を確かめる。
火花を見なければ分からない物は、子どもたちを遠ざけて鍛冶場で試す。
茶太郎たちは安全な場所で、その結果を木札へ記した。
鉄には黒い三本線。
銅には赤い輪。
正体不明には大きな斜め印。
危険の疑いがある物には、触れるなという二重の縄を張る。
「字が読めん人にも分かるようにせなあかん」
千代が言うと、六助は斜め印を太く描き直した。
そこへ、近江から来た古金商人が現れた。
「細かく分けていたら日が暮れる。こちらでまとめて買おう。重さで銭を払う」
差し出された金額に、集まった町人たちがざわめいた。
繕い所には、まだ十分な稼ぎがない。
だが甚八は、金物の前へ立った。
「重さだけで売ったら、橋に戻れる鉄まで失う」
「鉄が要るなら、あとで買い戻せばよい」
「その値は、今の倍か?」
商人は答えなかった。
茶太郎は、割れた鍋を見つめた。
「全部売れば、今日の銭にはなる。でも、明日また鎹が足りなくなる」
「では、どうするつもりだ?」
「使える形のまま残っている物から、先に直します。溶かすのは、そのままでは使えない物だけです」
商人は鼻で笑った。
「六つの子が商いを語るか」
茶太郎は言い返さなかった。
代わりに、千代へ帳面を開いてもらった。
「橋に必要な鎹は二十四。打ち直せそうな古い鎹が九。太い釘と農具から作れそうな分が十一。足りない鉄は四つ分だけです」
数字を聞いた町人の一人が声を上げた。
「ほな、買う鉄は四つ分で済むんか」
「全部売って買い戻すより、ずっと少ない」
商人はしばらく黙り、最後に銅と真鍮だけを適正な量で買い取った。
売った銭の一部で、不足する鉄を補う。
全てを抱え込まず、全てを手放さない。
その境目を、帳面と職人の目で決めた。
甚八は選別した鉄を火床で熱し、槌で錆と汚れを落とした。
溶けた金属を型へ流し込むのではない。
まだ粘りの残る鉄を延ばし、折り返し、必要な太さへ鍛え直す。
危険な作業の間、茶太郎たちは鍛冶場の外で待った。
甲高い槌音が、伏見の夕空へ響く。
やがて甚八が、水輪の刻印を入れた鎹を持って現れた。
「古い鉄や。せやけど、弱いとは限らん。悪いところを落として、鍛え直せば、まだ家も橋も支えられる」
完成した二十四本は、《水輪の繕い鎹》と呼ばれた。
鎹は使番の荷へ積まれ、大和へ送られた。
数日後、シオが柳生から戻ってきた。
脚の文には、たった二行。
『橋は渡れるようになった。
薬を受け取った子が、茶太郎に会いたいと言っている』
その下には、木剣のような細長い印が描かれていた。
弥七が目を細める。
「柳生の子やろか」
茶太郎は《水霊駆け蜜》と正丸の残りを確かめた。
「今度は荷物だけじゃなくて、ぼくが会いに行く」
茶丸が静かに立ち上がる。
「……ニャッ」
宇治から大和へ。
繕い直した橋の先で、九歳の柳生宗厳が茶太郎を待っていた。




