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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第198話 「伏見水輪・繕い所と、薄墨色の宿紙」

 ――元の白さへ戻らなくても、次の言葉を運べる――


 伏見の共同炊事場の隣に、空き小屋が一つあった。


 屋根は傾き、戸板も半分外れている。以前は酒樽を置く倉だったが、今は割れた木箱や古道具の置き場になっていた。


 甚八じんぱちが、傾いた柱を叩く。


「仕事場にするなら、まず建物から繕わなあかん」


 大工が柱へ添え木を当て、甚八が古いかすがいを打ち直す。

 子どもたちは外へ品物を運び出し、地面に敷いた筵の上へ並べた。


 金物。

 古布と縄。

 紙。

 木片。

 竈から出た灰。


 茶太郎は木札へ、水輪の印を描いた。

 その下に、千代が名前を書き入れる。


 《伏見水輪・繕い所》。


「ここは、ごみ捨て場やない」


 千代が六助と小春へ言った。


「次の役目があるか、調べる場所や」


 六助は胸を張った。


「ほな俺、何でも拾ってくる!」


「何でも持ってきたらあかん」


 甚八に止められた。


「正体の分からん粉、薬の残り、油にまみれた布、便所や病人部屋から出た物は別や。拾う前に大人へ知らせるんや」


 影猫衆も、勝手に回収はしない。


 白灯あかりと虎吉は町を巡り、捨てられた物の場所を見つける。危険があれば鳴いて人を呼び、判断は町組と職人へ返す。


 茶丸が小屋の入口へ座った。


「……ニャッ」


 ——見つけることと、触れてよいことは別だ。


 最初に扱うのは古紙と決まった。

 柳生の里へ送る薬に、包み紙と荷札が必要だったからだ。

 集まった紙には、破れた帳面、書き損じた手紙、古い商い札が混ざっている。

 千代が一枚を拾い、顔を曇らせた。


「人の名前が書いてある」


 墨屋宗白すみや・そうはくが紙を受け取り、厳しい目で確かめた。


「古紙になったからいうて、書かれた秘密まで捨ててええわけやない」


 代金、借り、家族の名、荷の行き先。

 読まれれば困る記録もある。

 そこで古紙は、持ち主か町組の立ち会いで確認することになった。残す帳面は返し、再生する紙は文字が読めなくなるまで水へ浸す。


 千代が記録。

 六助が紐や木片を取り除く。

 小春が、油染みや異臭のある紙を大人へ知らせる。

 茶太郎は、用途ごとの印を決めた。


 赤い丸は再生不可。

 青い波は荷札用。

 緑の葉は薬包みの外側に使える、汚れの少ない紙。


「ぼく、字は全部読めへんけど、印なら分かる!」


 六助が青い波の籠へ紙を入れた。

 選別された古紙は細かく裂き、水へ浸した。

 煮る作業と熱湯を扱うのは大人たちである。柔らかくなった紙を木槌で叩き、繊維をほぐす。


 だが、最初の紙漉きは失敗した。

 水を切ろうと持ち上げた途端、紙の真ん中に穴が開いたのだ。


「ああっ!」


 六助が声を上げる。

 茶太郎も、崩れた紙を見つめた。


「繊維が短すぎたのかな……」


 紙漉き職人が指先で確かめた。


「古紙だけやと弱い。まだ長い繊維を少し混ぜよう」


 使えなくなった麻縄のうち、汚れのない部分をほぐし、少量だけ加える。漉きを急に持ち上げず、水の中でゆっくり揺らして厚みを整えた。


 二度目は端が薄くなった。

 三度目で、ようやく一枚の紙になった。


 真っ白ではない。

 古い墨が混じり、淡い灰色をしている。


 小春が首を傾げた。


「汚い紙……?」


 宗白は乾いた一枚を光へかざした。


「違う。これは、前の言葉を潰して隠し、次の言葉を受ける色や」


 茶太郎は水輪の印を押した。


「《水輪宿紙すいりんしゅくし》にしよう。旅を終えた紙が、新しい言葉を泊める紙」


 完成した宿紙は、薬へ直接触れさせなかった。

 正丸しょうがんは清潔な内包みで守り、その外側を宿紙で包む。荷札にも同じ紙を使い、薬の種類、数、届け先を記した。


 新しい紙の使用量は、これまでの半分ほどで済んだ。

 売り物にはしない。

 まずは共同炊事場、診療所、使番の荷札に限って試すことになった。


 大和へ向かう使番が、《水霊駆け蜜》と薬包みを背負う。

 友照が蜜の包みを確かめ、千代が宿紙の荷札を二度読み上げた。


「柳生の里。正丸十二包。飲ませる前に、土地の医師へ見せること」


 茶太郎は頷いた。


「薬だけで治そうとしないで。水、食事、休む場所も確かめてもらって」


 使番は深く頭を下げ、南へ走り出した。

 その日の夕刻、戻ってきたアオバトのシオが、新しい文を運んできた。


『薬は届いた。だが橋を直す鎹が足りない』


 甚八は、繕い所に積まれた金物を見た。


 折れた釘。

 欠けた鍋。

 曲がった農具。

 正体の分からない白い金属。


「次は金物や」


 そう言いながらも、甚八はすぐに炉へ入れなかった。


「せやけど、混ぜたまま溶かしたらあかん。中には毒になる鉛もある。まず、何の金か見分けるところからや」


 茶太郎は薄墨色の宿紙へ、新しい課題を書き加えた。

 物を救うには、急いで作り替える前に——その物が何であったのかを知る必要があった。

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『茶太郎がゆく』
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