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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第四章 ~六歳の茶太郎、伏見から畿内へ――人と道を結ぶ水輪~
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第197話 「水霊駆け蜜と、捨てられた包み」

 ――足りないなら、残された役目を探せばいい――


 翌朝、伏見の共同炊事場には、蒸した米と砕いた麦芽が並べられた。

 茶太郎が作ろうとしているのは、蜂蜜だけの飴ではない。

 穀物から作る水飴へ、高山友照たかやま・ともてるの蜂蜜を少し加えた、使番のための携帯甘味だった。


 友照は蜜壺へ赤い紐を巻いた。


「蜂蜜は、ここまでや。それより下は蜂が冬を越す分やから、使わへん」


「うん。甘さの土台は穀物で作ろう」


 蒸した米と麦芽を混ぜ、布で包んで竈の近くへ置く。


 火と熱い鍋を扱うのは、お律たち大人の役目だ。茶太郎たちは小石を移しながら時を計った。

 やがて米から、淡い甘い香りが立った。

 甘い汁を布で濾し、お律が弱火で煮詰める。最後に蜂蜜と、ほんの少しの塩を加えると、琥珀色の水飴が糸を引いた。


「できた!」


 最初の水飴は細い竹筒へ詰めた。


 ところが、試しに使番役を務めた弥七やしちが炊事場の周囲を一巡すると、腰紐まで水飴でべたべたになっていた。


「茶太郎。甘い匂いを残しながら走るんは、隠密には向かへんな」


 白灯あかりが鼻を寄せる。


「にゃ……」


「舐めたらあかん」


 弥七が竹筒を持ち上げると、子どもたちの間に笑いが起こった。


 茶太郎は肩を落とした。


「失敗だ……」


「蜂蜜の失敗やない」


 友照が言った。


「入れ物と柔らかさが合わへんかっただけや」


 千代も漏れた跡を調べる。


「走るたびに揺れて、栓へ集まったんや。もう少し固うして、一回分ずつ包んだらええ」


 問題は、包む物だった。


 新しい紙は高い。笹の葉にも季節と採れる量がある。

 炊事場の隅には、破れた米袋、擦り切れた麻布、使い終えた縄が積まれていた。


「これは、もう捨てる物や」


 六助が破れた袋を持ち上げる。


「待て」


 鍛冶職人の甚八じんぱちが、その手を止めた。


「破れたからいうて、全部が同じごみやない」


 甚八は山を四つに分けた。


 洗えば使える麻布。

 火口や釜敷きに回せる短い繊維。

 結び直せる縄。

 泥や油が染み込み、火へ近づけてはいけない物。


「溶かしたら元どおり、ちゅう都合のええ話はない。繊維は使うほど短うなる。せやけど、着物に戻らん布でも、包みや当て布にはなれる」


 茶太郎は、洗って煮沸し、日に干してあった古い麻布を手に取った。


「同じ物に戻さなくても、別の役目を見つければいいんだね」


「せや。それが繕ういうことや」


 二度目の水飴は少し固く煮詰め、冷ましてから小分けにした。炒った米粉をまぶし、清潔な古麻布を小さく切って包む。


 直接飴へ触れる内側には、煮沸した笹の葉を使った。外側を古布で守ることで、笹の使用量を減らし、腰へ結んでも破れにくくした。


 友照が蜂の印。

 千代が水の印。

 六助が一粒を表す丸印。

 文字を読めない者にも、中身と量が伝わる。


 料理名は——

 《水霊駆けすいれいかけみつ》。


 茶太郎は使い方にも決まりをつけた。


「これだけ食べて走り続けたらだめ。まず日陰で休む。白湯か、沸かして冷ました水と一緒に取る。具合が悪い人は、走らせない」


「速う走るための飴やないのか?」


「倒れずに、知らせを届けるための飴だよ」


 短い試験では、包みの強さ、水への溶けやすさ、喉への残り方を確かめた。


 一つ目は硬すぎた。

 二つ目は笹の匂いが強かった。

 三つ目で、口の中でも白湯の中でも、ゆっくりほどける硬さになった。


 三好家と幕府方の使番が、同じ数の包みを受け取った。


「こちらが頼んだ品や。三好方へ先に回してもらいたい」


 三好の使番が言うと、茶太郎は首を横に振った。


「知らせを届ける人なら、どちらにも必要です。片方だけが速くなったら、もう片方は疑います」


 友照も蜜壺を抱いて続けた。


「兵を走らせる蜜やない。言葉を間に合わせる蜜や」


 そのとき、アオバトのシオが梁へ舞い降りた。


「アオー……」


 脚に結ばれていた文を、弥七が外す。

 大和へ続く道で橋が折れ、柳生の里へ運ぶ薬が止まっているという知らせだった。


「薬を包む紙も、雨除けの布も足りへん」


 使番が唇を噛む。


 茶太郎は炊事場の隅を見た。


 割れた木箱。

 曲がった金具。

 古い帳面。

 欠けた器。

 擦り切れた布。


 昨日までなら、役目を終えた物にしか見えなかった。

 けれど今は違う。


「甚八さん。これ、全部分けて調べたい」


「何を作るつもりや?」


「まだ分からない。でも、道を通すために使える物が残ってるかもしれない」


 甚八は、刃こぼれした短刀で地面へ一本の線を引いた。


「ほな最初に覚えとけ。金物も布も灰も紙も、一緒くたにするな。混ぜてからでは、救えん物が増える」


 茶太郎は線の手前へ、割れた金具を置いた。


 千代は古紙を。

 六助は縄を。

 友照は使い終えた蜜の包みを置いた。


 物にも、次の役目がある。

 こうして伏見に、捨てる前に立ち止まるための場所——


 《伏見水輪・繕い所》を作る計画が動き始めた。

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『茶太郎がゆく』
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