第183話 「四つ目の印と、荷を運ぶ者」
――届いた物だけでなく、届けた人を見る――
二度目の共同輸送の日。
米俵も薪束も、夜明け前から道端に並べられていた。
幕府方の見届け役が荷札を確かめ、三好方の役人が数を書き留める。
茶太郎は、その傍らで炊き出しに使う大根を数えていた。
「十、十一……あれ?」
出発の刻になっても、荷車は一台も動かない。
馬借たちは馬の手綱を持ったまま、道の脇に座り込んでいた。
三好家臣が声を荒らげる。
「約定の刻は過ぎておる。早く荷を積め!」
馬借の頭領は立ち上がらなかった。
「運び賃の話が決まってへん」
「荷が届けば払う」
「前の荷では車輪が落ち、俵が破れた。馬の脚も傷めた。それでも受け取った銭は同じや」
幕府方の役人が帳面を開く。
「決められた運び賃は支払ったはずだ」
「荷の数しか数えてへん。道直しも、荷の積み直しも、夜の見張りも、全部わしらの持ち出しや」
役人たちは顔を見合わせた。
荷を送る者。
荷を受け取る者。
荷を必要とする者。
二つ割りの荷札には、その三者の印がある。
だが、荷を実際に運ぶ者の印はなかった。
「四つ目の空欄……」
茶太郎は呟いた。
三好長逸が、静かにうなずく。
「俺たちは、荷車が勝手に進むように考えていたらしい」
「武士が護衛をつけておる」
三好家臣が反論した。
すると頭領は、馬の前脚を指した。
布の下が赤く腫れている。
「護衛は盗賊を追えても、馬の傷までは背負ってくれへん」
茶太郎は馬へ近づこうとしたが、長逸に肩を押さえられた。
「後ろへ回るな。蹴られるぞ」
大人に手綱を持ってもらい、横から脚の様子を見る。
蹄には泥が詰まり、古い草鞋は擦り切れていた。
馬だけではない。
馬借たちの足にも、破れた草鞋が巻かれている。
茶太郎は尋ねた。
「昨日、ご飯食べた?」
「夜に粟を少しな」
「今日の分は?」
返事はなかった。
炊き出しの米を運ぶ者が、その炊き出しを食べられるとは限らない。
荷が着くまで食事はなく、届いた頃には配膳の列から外されることさえあった。
茶太郎は長逸を見上げた。
「先に食べてもらおう」
「食わせれば運ぶとでも?」
馬借の頭領が険しい顔を向ける。
「違うよ。お腹が空いたまま運んだら、また道で倒れるから」
「施しはいらん」
頭領は言い切った。
その言葉に、お寅婆が炊事場から顔を出す。
「なら、これは貸しや」
大鍋の蓋を開けると、麦と大根を煮た湯気が立ち上がった。
「働き終えたら、運び賃から返してもらう。食わずに馬を引いて、荷ごと溝へ落ちる方が高うつく」
頭領はしばらく黙り、やがて椀を受け取った。
「……貸しなら、借りる」
しかし食事だけでは、根本の問題は残る。
三好長慶が役人の帳面を手に取った。
「何に銭が要る」
頭領は指を折って答える。
馬と人の働き。
草鞋と縄。
途中の飼葉。
夜を越す場合の番賃。
事故で道直しや積み直しをした時の追加分。
これまでは、それらがすべて「一俵を運ぶ銭」の中へ押し込められていた。
「全部払えば、運び賃が高くなるぞ」
幕府方の役人が言う。
「高くなるんやない」
長逸が答えた。
「今まで誰かに負わせて、見えなくしていただけや」
それでも、求められた額をそのまま認めるわけにはいかない。
荷を運んだ距離。
使った馬の数。
積み直しの有無。
道中で受け取った飼葉。
双方が確かめられる形にしなければ、今度は水増しが起こる。
茶太郎は、蕪椀で使った結び目を思い出した。
「縄に印をつけたら?」
短い道程は一結び。
川を越える道程は二結び。
夜をまたぐ時は三結び。
積み直しが発生した時は、見届け役と馬借が同じ場所へ別色の紐を結ぶ。
字が読めない者でも、触って数を確かめられる。
「結び目だけでは、後から増やせる」
頭領が指摘する。
京鈴が、馬の首についた小さな木札を外した。
「割る」
荷札と同じように、作業札も二つへ割る。
片方を馬借が持ち、もう片方を見届け役が持つ。
到着後、割れ目と結び目の数が合えば、仕事の内容を確かめられる。
長慶は試しに一度だけ、この方法を使うと決めた。
運び賃も、出発前に基本分、到着後に追加分を支払う。
事故がなくても、食事と飼葉は最初から費用へ含めた。
荷札の空欄には、馬の蹄をかたどった印が刻まれた。
四つ目は、運ぶ者の印だった。
麦と大根の汁を食べ終えた馬借たちは立ち上がり、荷を積み始める。
茶太郎も小さな薪を一本運ぼうとしたが、頭領に取り上げられた。
「これは、わしらの仕事や」
「手伝っちゃだめ?」
「仕事を取るな。その代わり、着いたら温かいもんを頼む」
茶太郎は笑ってうなずいた。
「兵も町の人も、馬借のみんなも食べられる鍋にする」
荷車がゆっくりと動き出す。
幕府方と三好方の見届け役が並んで歩き、その前を影猫衆が駆けていく。
茶太郎は四つの印がそろった荷札を見つめた。
物を届ける仕組みには、道と荷と帳面だけでは足りない。
重さを背負い、汗をかき、足を痛める者がいる。
その姿が見えなくなった時、便利な仕組みは誰かを苦しめる仕組みに変わるのだ。
だが、荷車が下京へ近づいた頃。
先を偵察していた白灯が、屋根から飛び降りてきた。
「ニャッ!」
茶丸の表情が険しくなる。
「……(念話)道が塞がれている。関所ではない。町人たちが、自ら縄を張っている」
荷を待つはずの町が、荷を拒んでいた。




