↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第三章 ~五歳の茶太郎、伏見へ――南へ広がる水輪~
PR
189/317

第181話 「二つ割りの荷札と、足りない一俵」

 ――同じ数に分けることが、いつも公平とは限らない――


 幕府方と三好方が共同で運ぶ、最初の荷が出発した。


 米十俵、薪二十束。


 荷車には幕府方と三好方の見届け役が一人ずつ乗り、長逸ながやすが全体を預かった。


 荷札は縦に二つへ割られている。

 片方を荷送り側、もう片方を受取側が持ち、到着時に木目と割れ目を合わせる仕組みだ。


 茶太郎も荷車の脇を歩いた。

 料理を作る役目だけでなく、自分の提案した運び方が本当に使えるのか、最後まで見るためである。


「茶太郎、車輪には近づくなよ」


 長逸が念を押す。


「うん。見るだけにする」


 道の先では、甲賀衆の弥七やしちが人の動きを確かめ、影猫衆が屋根や塀の上から周囲を見張っていた。

 だが、何事もなく終わるほど、京への道は整っていなかった。


 下京へ入る手前で、荷車が大きく傾いた。

 焼け跡に残った溝へ車輪が落ちたのだ。


「押せ!」


 護衛たちが荷車を支えたが、一俵が荷台から転がり落ちた。

 縄が解け、米が泥の上へこぼれる。

 拾い集めても、土や小石が混じっていた。


 三好方の見届け役が顔をしかめる。


「これは一俵とは数えられぬ」


 幕府方も反論した。


「途中で壊れた荷だ。受け取る前の損は、運んだ側が負うべきであろう」


「両方で運んだのだぞ」


 声が荒くなる。


 二つ割りの荷札は、確かに一致した。

 十俵を積んだ証拠にはなる。

 だが、壊れた一俵を誰が負うのかまでは、木札に書かれていなかった。


 長逸が茶太郎を振り返る。


「仕組みを作れば、揉め事がなくなるわけやない」


 茶太郎は泥に散った米を見つめた。

 荷札を思いついた時は、数が合えば皆が納得すると思っていた。


 けれど、事故もある。

 傷んだものも出る。

 決まりにない出来事が起きた時、人はまた互いを疑う。


 そこへ、下京から京鈴きょうすずとお寅婆おとらばばが駆けてきた。


「何してんの。米、濡れてまうやろ!」


 お寅婆は言い争う武士たちを押し退け、破れた俵へ筵をかぶせた。

 京鈴は黙って米粒を拾い始める。

 茶太郎も膝をついた。


「待て。泥に落ちた米を食わせる気か」


「そのままは食べられないよ」


 茶太郎は答えた。


「でも、全部捨てる前に分けられる。上のきれいな米と、泥に触れた米を」


 志乃から教わったように、濡れていない部分を別の布へ移す。


 泥に触れたものは食用へ戻さず、家畜の餌にできるか大人が確かめることにした。

 使える米を量ると、九俵と半分ほどしか残らなかった。


「半端では、二つに分けられぬな」


 幕府方の武士が言う。

 茶太郎は首を傾けた。


「どうして二つに分けるの?」


「幕府方と三好方で、等しく受け取るためだ」


「でも、この米を食べるのは兵だけじゃないよ」


 下京では、焼け出された家族や孤児たちが荷を待っている。

 護衛の兵にも食事が必要だが、同じ半俵でも食べる人数は違う。


 茶太郎は指を使って数えた。


「半分ずつじゃなくて、食べる人の数で分けたら?」


「兵と町人を同じに数えるのか」


「お腹が空くのは同じだよ」


 武士たちは黙った。

 正しさだけでは動かない顔だった。


 すると京鈴が、拾い終えた米を入れた小袋を、二つの陣の真ん中へ置いた。


「分けたら、また取り合う」


 それだけ言って、共同炊事場の方を指さす。

 お寅婆がにやりと笑った。


「なら、炊いてから分けたらええ。水を吸わせて粥にすれば、腹へ入る数も増える」


「兵と町人が、同じ鍋を囲むのか?」


「嫌なら食わんでよろしい」


 お寅婆の一言で、武士は口を閉じた。

 長逸が決断した。


「米はどちらの蔵にも入れん。今日は共同炊事場へ運ぶ。食べた人数と残った量を、両方の帳面に記す」


 こうして九俵半の米と薪は、焼け跡の共同炊事場へ届けられた。


 茶太郎は大人たちの手を借り、大鍋へ昆布と大根を入れた。

 味噌は控えめにし、身体を動かした者には、各自の椀で少し足せるようにする。


 炊き上がったのは、《水霊分かち粥》。


 最初の一椀は、荷車を押した幕府方の兵へ。

 次の一椀は、車輪を持ち上げた三好方の兵へ。

 その次は、米を拾った京鈴へ。

 そして、列に並ぶ町人たちへ渡された。


 誰もが同じ量ではない。

 幼い子には少なく、働き手には多く、噛む力の弱い老人には汁を多めにした。

 三好方の見届け役が、その様子を見て呟く。


「同じ量でなくとも……不公平には見えぬな」


 茶太郎は首を振った。


「ぼくにも、何が全部公平なのかは分からないよ。でも、足りない人を見ながら分けたい」


 長逸は二つ割りの荷札の裏へ、短く書き加えた。

 ――破損の時は、双方立ち会いで使途を決める。

 決まりは、失敗するたびに直していけばいい。


 夜になり、炊事場の片隅に三好長慶みよし・ながよしが姿を見せた。

 身分を示す供回りを遠ざけ、自分で一椀を受け取る。


「兵と町人が同じ鍋から食べられるものを、と頼んだな」


「うん。でも、お粥になっちゃった」


「なったのではない。足りない一俵が、この形を選ばせたのだろう」


 長慶は粥を口へ運び、静かに息を吐いた。


「次は十俵すべてを届けたい。だが、また欠けた時にも争わぬ約束を作ろう」


 その夜、二つ割りの荷札には、新たに三つ目の印が刻まれた。


 荷を送る者。

 荷を受け取る者。

 そして、その荷を必要とする者。


 茶太郎は、仕組みにも料理と同じく、食べる人の顔が必要なのだと知った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。