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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第一章 ~三歳の茶太郎、宇治を巡る~
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18/22

第18話 「縣祭り当日:レオの初接客と、神々の夜会」

 ――人の輪へ踏み出した鵺の子と、山に残る黒い揺れ――


 縣祭の日を迎え、宇治の町は朝から活気に満ちていた。


 通りには幟が立ち、祭りへ向かう人々の声が行き交う。遠くから太鼓の音が響き、初夏の風には茶や焼き物の香りが混じっていた。


 宗次の店先にも台が並べられ、焼き茶団子の支度が進んでいる。


 火と会計を担当するのは宗次とかん太。


 志乃は団子を竹の皮へ載せ、客へ渡せるよう整えていた。


「茶太郎たちは、奥で団子を丸める手伝いや」


 宗次が念を押す。


「店先へ出るときも、必ず大人と一緒。疲れたらすぐ休むこと」


「うん」


 茶太郎の隣では、レオが通りの人波を見つめている。


 今日は銀色の髪を布で軽く覆い、白金色の尾も姿の中へ隠していた。それでも左右で色の異なる瞳は、不安そうに揺れている。


「人が、いっぱい……」


「奥で作るだけでもいいんだよ」


「でも、ぼく……一つ、渡してみたい」


「じゃあ、最初は一つだけにしよう」


 茶太郎はレオと約束した。


「怖くなったら、僕の袖を引いて。すぐ奥へ戻ろう」


「……うん」


     ◇


 最初に店へ来たのは、近所に住む親子だった。


「茶団子を二つくださいな」


「ありがとうございます」


 志乃が代金を受け取り、竹の皮へ載せた団子を一つ、レオへ渡した。


 レオは両手で受け取る。


 黒い影が足元でわずかに揺れたが、深く息を吸うと、ゆっくり客の前へ出た。


「……どうぞ」


「ありがとう」


 母親は普通に受け取り、隣の子どもがレオを見上げた。


「その団子、君が作ったん?」


「少しだけ。丸くした」


「きれいな丸やな」


 それだけ言うと、親子は祭りの通りへ歩いていった。


 レオは、しばらくその背中を見送っていた。


「渡せた……」


「うん。ちゃんと渡せたね」


 茶太郎が笑うと、レオの影から緊張が少し抜けた。


「もう一つ、やってみる」


 その後もレオは、志乃の隣で数人の客へ団子を渡した。


 声が出ないときは無理に話さない。


 影が濃くなったら奥へ戻り、茶太郎と一緒に休む。


 大勢を相手にしたわけではない。それでもレオにとっては、洞穴の外にできた新しい一歩だった。


     ◇


 昼過ぎになると、焼き茶団子は用意した分のほとんどがなくなった。


「追加は作らへん」


 宗次は並んでいた客へ、売り切れを伝えた。


「材料も子どもらの体力も、今日はここまでや」


 無理に数を増やさず、残った団子は家族と手伝った者たちの分にする。


「売り上げの一部は、約束どおり宇治橋の修繕へ回そう」


 宗次が帳面を閉じた。


「料理を売って終わりやない。町へ戻してこその商いや」


 レオは、その言葉を不思議そうに聞いていた。


「団子が、橋になるの?」


「そのまま橋になるわけやないで」


 かん太が笑う。


「団子を買うてもろうた銭で、板や縄を用意するんや」


「みんなが食べたものが、みんなの道を守るんだね」


 茶太郎の言葉に、宗次は満足そうに頷いた。


     ◇


 夕方、茶太郎とレオは両親に付き添われ、縣神社へ向かった。


 二人で模様をつけた茶の蒸し羊羹を、神前へ納めるためである。


 羊羹は売り物とは別に作り、白い布で包んでいた。


 神社の神職は包みを開き、表面の模様を確かめた。


「これは、水の流れかね」


「僕とレオで描きました」


「二つの線が、途中から一つになっておりますな」


 茶太郎は、奉納品について余計な効能を語らなかった。


 宇治の水と茶へ感謝し、祭りへ集まる者の無事を願って作ったことだけを説明する。


「皆の願いとともに、神前へお供えしましょう」


 神職が受け取ると、レオは茶太郎の袖を引いた。


「ぼくも、作ったって言っていい?」


「もちろん」


 茶太郎は微笑んだ。


「でも、僕一人でも、レオ一人でも作れなかった。みんなで作ったんだよ」


「……うん。みんなで作った」


     ◇


 神社を出たところで、槇島城の使番・長逸と出会った。


 今日は護衛を一人連れているだけで、大きな武家の一団ではない。


「茶太郎殿。店の団子が評判になっていると聞いた」


「もう売り切れちゃった」


「それは残念だ」


 すると志乃が、手伝った者の分として残していた団子を一つ差し出した。


「長逸さんには、宇治橋で働いていただきましたから」


「よいのですか?」


「これは売り物やなく、お礼です」


 長逸は団子を受け取り、ゆっくり味わった。


「香ばしい。茶の苦みも強すぎず、食べやすい味だ」


 特別な霊力を見抜いたり、城下への出店を即座に命じたりはしなかった。


 ただ、一つの料理として味わい、作った者へ礼を伝える。


「レオ殿も作ったのだと聞いた」


「……丸くした」


「よい仕事だ」


 長逸はそれ以上近づかず、レオへ軽く頭を下げた。


 レオも茶太郎の後ろから、小さく頭を下げ返した。


     ◇


 夜が深まり、通りの灯りが落とされていく。


 昼間の賑わいとは違う暗さが、宇治の町を包んだ。


 茶太郎たちは大人とともに祭りを見届けたあと、神社から少し離れた川辺へ集まった。


 水面に月が映るころ、淡い光が一つずつ現れる。


 橋姫。


 宇治土公。


 うじまる。


 鯉姫。


 そして茶丸。


 宇治の土と水を守る者たちが、人には見えない輪を作った。


「今年も、人の手で祭りが守られました」


 橋姫が静かに告げる。


「料理が祭りを成功させたのではありません。準備した者、道を守った者、神事を受け継いだ者。そのすべての力があってこそです」


「茶太郎たちの団子も、その中の一つじゃ」


 宇治土公が頷く。


 レオは茶太郎の隣に座り、神々の姿を見つめていた。


「ぼくも……一つ?」


「もちろんよ」


 鯉姫が微笑む。


「でも、一人で全部を背負わなくていいの。あなたは今日、自分にできる分だけ人の輪へ加わった」


 レオの影が、嬉しそうに小さな尾を振った。


 ところが、うじまるが大吉山の方角へひげを向けた。


「喜んでばかりもおられんようじゃ」


 山の上に、黒い霧が細く立ち上っている。


「レオの中に絡んでいた怨気が、すべて消えたわけではなかった」


 橋姫の表情が曇る。


「レオ自身の恐れと、人々が鵺へ向けた恐れ。その二つが分かれたとき、後者の一部が山へ残ったのです」


「ぼくのせい……?」


 レオの影が縮む。


「違う」


 茶丸が静かに首を振った。


『だが、無関係でもない。我らが向き合うべきものだ』


 茶太郎も、安易に「大丈夫」とは言わなかった。


「怖いね。でも、今夜すぐ山へ行く必要はないよ」


「まず大人たちへ知らせ、明るくなってから確かめる」


 かん太が続ける。


「前みたいに、準備してから行こう」


 レオは大吉山の黒い霧を見つめ、やがて頷いた。


「今度は、一人じゃない」


「うん。みんなで考えよう」


 祭りの夜風が、川面を渡っていく。


 レオが得たのは、神々に認められた強い力ではない。


 怖くなったときに休むこと。


 誰かへ助けを求めること。


 自分にできる分だけ、人の輪へ加わること。


 それが、レオにとって初めての祭りが結んだ、新しい縁だった。

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