第17話 「縣祭(あがたまつり)の支度――レオと茶太郎の茶料理試作会」
――初めての共同料理と、祭りへ届ける二つの味――
初夏の風が宇治の里を吹き抜け、通りには縣祭の幟が立ち始めていた。
宗次たちは、縣神社へ茶料理を奉納できないか願い出た。
話し合いの結果、神前へ供える料理は大人が責任を持って届けること。町の者へ出す料理は宗次の店先で扱うこと。その二つを守るなら、試作を進めてもよいことになった。
「神さまへ供える物と、店で売る物は別や」
秘密基地へ集まった子どもたちに、宗次が説明する。
「奉納する物を勝手に売ったらあかん。店の料理も、霊の力を売り文句にはせえへん」
「どうして?」
「目に見えへん力を言い立てたら、病や怪我が治ると思う人が出るかもしれん。それに、祭りを利用して金儲けしとると思われたら、神社との信頼もなくなる」
茶太郎は頷いた。
「不思議な力じゃなくて、味と材料を見てもらうんだね」
「そういうことや」
志乃も材料を並べながら微笑んだ。
「値段や神社との話は大人に任せて。茶太郎たちは、皆が安心して食べられる味を考えてね」
茶太郎は隣にいるレオを見た。
今日のレオは、白金色の髪と金色の瞳を持つ、人の子に近い姿をしている。ただし、細い尾と丸い獣の耳は残っていた。
誰かに姿を決められたのではない。
料理を手伝うために、レオが自分で選んだ姿だった。
「一緒に作ってくれる?」
「……うん。ぼく、やってみたい」
レオは緊張しながらも、小さな胸を張った。
◇
最初に試すのは、店先で出す焼き茶団子だった。
茶太郎が乾かした茶葉を細かくし、米粉へ少量混ぜる。志乃が水加減を整え、レオは分けてもらった生地を両手で丸めた。
「一口で食べられるくらいにするんだよね」
「うん。大きさもそろえてね」
レオが作った最初の団子は、少し角張っていた。
「……丸くない」
「食べたら同じだよ〜!」
こたろが慰める。
「せやけど、大きさが違うと火の通り方も変わるで」
かん太が見本を一つ作り、レオの団子の隣へ置いた。
「初めからうまくできんでもええ。並べて見たら、どこが違うか分かるやろ」
レオは二つを見比べ、もう一度生地を転がした。
今度は先ほどより丸い。
「できた」
「上手になったね」
茶太郎が笑うと、レオの尾も小さく揺れた。
丸めた団子をかん太が茹で、宗次が表面を軽く焼く。仕上げに米飴を薄く塗ると、香ばしい茶の匂いが竹林へ広がった。
「祭りの日は歩きながら食べる人もおる」
宗次が焼き上がりを確かめる。
「汁物より、こっちの方が渡しやすいな」
「竹串は使わないの?」
「人が多いところで子どもが持つには危ない。小さな竹の皮へ載せて渡そう」
「それなら、食べ終わったあとも片づけやすいねぇ」
志乃も賛成した。
◇
二品目は、縣神社へ奉納する茶の蒸し羊羹だった。
柔らかく煮た小豆を潰し、米粉と小麦粉、わずかな米飴を合わせる。そこへ茶太郎が選んだ茶葉を混ぜ、木の型へ入れた。
レオが生地の上へ手をかざす。
「ぼくの力も入れた方がいい?」
「無理に入れなくていいよ」
茶太郎は答えた。
「力じゃなくて、レオが一緒に作ったと分かる印をつけよう」
二人は細い竹べらを持ち、生地の表面へ緩やかな線を描いた。
宇治川から巨椋池へ流れる水。
大吉山から秘密基地へ下りてきたレオ。
二つの帰り道を重ねた模様だった。
蒸し上がった羊羹には、小豆色と茶葉の緑が、穏やかな流れとなって浮かんでいる。
「きれいな模様やねぇ」
志乃が目を細めた。
「茶太郎とレオ、二人で作ったんやね」
縁には、羊羹から伸びる糸が淡い白金色に見えていた。
「強い力じゃない。でも、二人の糸が喧嘩せずに並んでる」
レオは蒸し羊羹を見つめ、照れたように笑った。
◇
三品目には、葛粉を使った茶の葛寄せを試した。
分福の湯で葛を練り、茶葉の香りを移す。冷ますと、淡い緑色の柔らかな菓子になった。
「ぷるぷるしてる〜!」
こたろが器を揺らす。
「揺らしすぎたらこぼれるで」
かん太が慌てて器を押さえた。
味は悪くない。
口へ入れると、葛の滑らかさと茶の香りが涼やかに広がる。
しかし、初夏の店先では形が崩れやすく、一つずつ器も必要になる。大勢へ素早く渡す料理には向いていなかった。
「今回は見送ろう」
宗次が判断した。
「祭りの日は人が多い。おいしくても、渡すのに手間がかかったら店が回らん」
「失敗なの?」
レオが心配そうに尋ねる。
「失敗やない」
宗次は葛寄せを一口食べた。
「祭りには向かんと分かったんや。暑い日に店の中で出すなら、ええ菓子になるかもしれん」
「今は使わなくても、作ったことは無駄にならないんだね」
「それが試作や」
レオは残った葛寄せを見つめたあと、しっかり頷いた。
◇
試食の結果、祭りへ用意する料理は二品に決まった。
宗次の店先では、米飴を薄く塗った焼き茶団子。
縣神社へは、茶太郎とレオが流れの模様を描いた茶の蒸し羊羹。
茶粥については神社側との相談を続け、正式な許しが得られた場合だけ奉納する。
「店の値段は、材料と手間を計算して父ちゃんたちが決める」
宗次が帳面へ書き込む。
「売り上げの一部は、宇治橋と川辺の修繕へ回すつもりや」
「僕たちが戻した川を、今度は商いで守るんだね」
「霊の力だけに頼らず、人の手で守り続けることが大事やからな」
レオは試作の間、何度か影を揺らした。
団子がうまく丸まらなかったとき。
祭りで大勢の人に見られることを想像したとき。
白金色の足元から、黒い霧がわずかに漏れた。
それでもレオは、霧を隠さなかった。
「茶太郎。ちょっと怖くなった」
「じゃあ、休もう」
二人は手を止め、秘密基地の外へ出た。
竹林を渡る風に当たり、ゆっくり息をする。茶丸と希太も何も言わず、少し離れた場所へ座った。
しばらくすると、レオの影は元の小さな獣の形へ戻った。
「もう暴走しない」と決めつけるのではない。
苦しくなる前に知らせる。
知らせてもらった者は、無理をさせない。
それが、皆で決めた約束だった。
「ぼく、ここで料理を作るの、好き」
「祭りの日も無理しなくていいからね」
「うん。でも、できるところまでやってみたい」
レオの言葉に、縁が微笑む。
「二人の糸が、少し太くなったよ」
茶太郎も、自分の中に新しい感覚が生まれていることに気づいていた。
レオの力を借り、料理を強くするものではない。
相手の様子を確かめ、できることを分け合い、それぞれの手を一つの味へ結ぶ感覚だった。
「当日は、大人が店を切り盛りする」
宗次が皆を見渡した。
「茶太郎たちは、今日決めた味を丁寧に作ってくれ。それから、嫌やと思ったら無理をせずに言うんやで」
「うん」
「ぼくも、丸い団子を作る」
レオは、試作の最初よりきれいに丸めた団子を一つ掲げた。
分福が、ぽん、と楽しそうに蓋を鳴らす。
縣祭へ届けるのは、奇跡をうたう料理ではない。
皆で試し、失敗し、直しながら作り上げた二つの味だった。
けれど祭りの日、レオの料理を口にするのは、仲間だけではない。
自分を怪物と呼ぶかもしれない、大勢の人々が待っている。
レオは幟の立つ町を見つめ、白金色の尾を胸元へ抱き寄せた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、茶太郎とレオによる初めての共同料理でした。
完成したのは、店先で出す焼き茶団子と、縣神社へ奉納する茶の蒸し羊羹。葛寄せは祭りには採用されませんでしたが、試作したからこそ、別の使い道が見えてきました。
料理へ不思議な力を加えるのではなく、失敗を比べ、役割を分け、相手の状態を確かめながら一緒に作る。これも茶太郎が学び始めた、新しい「縁の結び方」です。
次回はいよいよ縣祭当日。
人を恐れて山へ隠れていたレオが、初めて大勢の前へ立ちます。茶太郎たちの二つの味が、祭りへどのような縁を結ぶのか、見守っていただければ嬉しいです。




