↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第三章 ~五歳の茶太郎、伏見へ――南へ広がる水輪~
PR
169/318

第161話 「天鶏の守る卵と、水霊ふわ蒸し」

 ――食べる命と、育てる命を分ける――


 偽の仲買人が連行された翌朝。

 茶太郎たちが摂津を発つ準備をしていると、山裾から激しい鶏の鳴き声が響いた。


「コケェェェェ――ッ!」


 普通の鶏とは思えない。

 空気を震わせるほど大きな声だった。


「また何か来た!」


 友照ともてるが駆け出しかける。


「一人で行ったら駄目だよ」


 茶太郎が袖をつかんだ。

 二人は宗次と村の大人たちを呼び、一緒に声のする方へ向かった。


 山裾の鶏小屋では、村人たちが地面へ座り込んでいた。

 その前に、燃えるような赤金色の羽を持つ巨大な鶏が立っている。


 頭の鶏冠は炎のように揺れ、脚には武将の具足を思わせる硬い鱗。

 背後には、数羽の雌鶏と小さなひよこたちが隠れていた。


「卵を二つ取ろうとしただけや!」


 村人の一人が叫ぶ。

 巨大な鶏は翼を広げた。


『二つではない! 昨日も、その前も取ったであろう!』


「しゃべった!」


 友照の目が輝く。


『我は天鶏てんけい。日の巡りを告げ、幼き命を守る者!』


 天鶏は胸を張った。


『卵を奪う者は、この天鶏が蹴り飛ばす!』


「卵を全部ひよこにしたら、村の人が食べる分がなくなるよ」


 茶太郎が言うと、天鶏の鋭い目が向けられた。


『小さき料理人よ。そなたも卵を奪うつもりか』


「全部は取りません。でも、全部を孵すこともできないと思う」


『なぜだ』


「雌鶏が育てられる数にも、餌にも限りがあるから」


 村では食料が不足し、鶏へ与える雑穀や菜の切れ端も減っていた。

 卵をすべて孵せば、今度は親鶏とひよこの餌が足りなくなる。

 だからといって毎日すべての卵を取れば、次の鶏が育たない。


 友照が鶏小屋をのぞき込む。


「どれがひよこになる卵か、最初から分からへんの?」


「すぐには難しいよ」


 卵を光へ透かしても、産まれたばかりでは中の変化を見分けにくい。

 割って確かめれば、もう孵すことはできない。


「雄鶏と一緒にいる雌鶏の卵は、育てる方へ残そう」


「食べる卵は?」


「雄鶏と離した雌鶏から、分けてもらう」


 ただし、離した翌日から安全に区別できるとは限らない。

 以前に雄鶏と一緒だった雌鶏は、しばらくひよこになる卵を産む可能性がある。


「だから日を決めて、しばらく観察する」


 はちが木札へ印を刻んだ。


 雄鶏と暮らす群れは「育てる群れ」。

 離れた鶏舎で暮らす雌鶏は「食用卵の群れ」。

 産んだ日、鶏の様子、卵の数を記録する。


 育てる卵は、抱卵する雌鶏の下へ残す。

 食用へ回す卵は、ひび割れを確認し、涼しく乾いた場所へ置く。


 汚れが少なければ水で洗わず、乾いた布で軽く払う。水へ浸ければ、殻の細かな穴から汚れが入るかもしれないからだ。


『本当に、育てる卵を奪わぬのだな』


 天鶏が茶太郎を見下ろす。


「約束します。でも、食べる卵も大切に使わせてください」


『ならば、我が見届ける』


 そこから数週間、観察が続いた。

 最初は鶏を分けたことで、雌鶏が落ち着かず、卵の数が減った。


「失敗や!」


 友照が頭を抱える。


「場所が変わって驚いたのかもしれない」


 巣箱の位置を静かな場所へ移し、餌と水を同じ時刻に与える。

 鶏を追い回さず、卵を取る時間も揃えた。


 やがて雌鶏は新しい小屋へ慣れ、再び卵を産み始める。

 一方、育てる群れでは、雌鶏が卵を抱いた。

 日を置いて暗い箱の中で灯りへ透かすと、卵の一部に細い血管のような影が見える。


「動いてる……」


 友照が小声になる。


「これは、天鶏へ返そう」


『うむ! 我が子らの未来である!』


「天鶏の子ではないと思うけど……」


『我が守る子は、すべて我が子同然だ!』


 天鶏は胸を張った。

 子煩悩というより、子どもと見れば誰でも守る勢いだった。


 食用へ分けた卵を使い、茶太郎は新しい料理を作った。

 近江の燻しモロコと昆布で澄んだ出汁を取る。

 卵を静かに溶き、出汁と合わせ、細かな布で濾す。

 泡を取り除き、蓋をした器へ流し入れた。


「強い火で蒸すんか?」


「強すぎると、すが入って硬くなるよ」


 鍋の湯を激しく沸かさず、弱い火でゆっくり蒸す。

 京鈴きょうすずが音を聞く。


「湯の音が強うなってる」


 火を少し遠ざけると、蒸し上がった卵は滑らかに固まった。

 生の部分が残らないことを確認してから、皆へ配る。


 《天鶏水霊てんけいすいれいのふわ蒸し》。


 友照が匙を入れると、卵がふるりと揺れた。


「やわらかい……!」


「元気な人だけじゃなく、硬い物を食べにくい人にも出せると思う」


 天鶏は器を厳しい目で見つめた。


『これは、育つはずの卵ではないのだな』


「分けて、記録した卵です」


 天鶏は一口味わい、目を閉じた。


『うまい!』


 大声が鶏小屋を揺らし、ひよこたちが一斉に天鶏の羽の下へ潜り込む。


『おお、驚かせたか! すまぬ、我が子らよ!』


 慌ててひよこをなだめる姿に、村人たちは笑った。


 帰りの日。

 友照と天鶏が見送る中、茶太郎は二枚羽の木札を秘密基地の小戸へ掲げた。


 扉の縁へ蜂蜜色の光が走る。

 摂津の山里と宇治の秘密基地が、初めて細い道で結ばれた。


 しかし扉は小さく、開いていられる時間も短い。

 数人と手荷物を通すのが限界で、蜂蜜壺や大量の荷は従来どおり船と陸路で運ばなければならない。


「これなら、すぐ遊びに行けるな!」


 友照が喜ぶ。


「ぼくが開けないと通れないから、勝手には来られないよ」


「けち!」


「地脈を休ませないと、道が壊れるんだ」


『ならば友照よ、鍛錬して待つのだ!』


 天鶏が翼を広げる。


『次に茶太郎が来るまで、蜂と鶏と子どもたちは我が守る!』


「ぼくも守る!」


 友照が並んで胸を張った。

 茶太郎は笑い、小戸を閉じる。


 蜂蜜と卵。

 摂津で得た二つの縁は、将来、多くの人を支える料理の大切な力になろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。