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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第三章 ~五歳の茶太郎、伏見へ――南へ広がる水輪~
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第159話 「三つの蜂の家と、蜜蝋結び布」

 ――蜂が来ない時間も、失敗ではない――


 茶太郎と友照ともてるは、壊された巣箱を並べて調べた。


 丸太をくり抜いたもの。

 板を箱形に組んだもの。

 桶を伏せたようなもの。


 どれも蜂を入れることはできる。

 だが、雨が入りやすい箱、風が抜けない箱、暑くなりすぎる箱が混じっていた。


「一番立派な箱を作れば、蜂も喜ぶんやないか?」


 友照が言う。


「蜂が何を立派だと思うか、ぼくたちには分からないよ」


「ほな、蜂に聞くんか?」


「三つ作って、どれを選ぶか見よう」


 二人は村の大工や蜜採りの者たちへ相談し、三種類の巣箱を作ってもらった。


 一つ目は、従来どおりのくり抜き丸太。

 二つ目は、乾燥させた板を組んだ箱。

 三つ目は、板箱の上部へ細い木の桟を並べたもの。


 蜂が桟から下へ巣を伸ばせば、必要な部分だけを確認できるかもしれない。

 ただし、実際に蜂が入るかは分からない。


 箱を作っただけで成功とは言えなかった。


「新しい木の匂い、きついな」


 友照が板箱へ鼻を近づける。


「蜂も嫌がるかもしれない」


 茶太郎たちは、新しい箱をすぐには使わなかった。

 雨の当たらない場所で風にさらし、木の強い匂いが薄れるのを待つ。

 古い巣から回収した少量の蜜蝋を内側へ擦りつけたが、蜂蜜は塗らなかった。


「蜜を塗った方が、いっぱい来るんと違う?」


「蟻や鼠まで来るかもしれないよ」


「蜂だけ呼ぶの、難しいな……」


 設置場所も三つに分けた。


 朝日が当たり、昼から日陰になる斜面。

 一日中暗い林の奥。

 日当たりはよいが、風の強い尾根。


 巣箱は直接地面へ置かず、石と木の台へ載せた。雨水が入りにくいよう、入口をほんの少し低くする。

 近くには小石を入れた浅い水場を置いた。

 はちが摂津まで運んだ木札には、巣箱の形、置いた場所、日当たり、風、雨の日が記録された。


「毎日開けて、中を見たらええんやな!」


「毎日開けたら、蜂が来ても逃げるかもしれない」


「見るのも我慢なんか……」


「外から見よう。蜂が出入りしたら印をつけるんだ」


 友照は巣箱の前へ座り込んだ。

 しかし、一日待っても蜂は来ない。

 三日待っても入らない。

 五日目。

 友照が林の奥の箱を開けると、中に蟻が群がっていた。


「うわああっ!」


 箱の隅には湿気が溜まり、白い黴も出ている。


「失敗や……」


 友照は肩を落とした。


 風の強い尾根へ置いた箱にも、蜂は近づかなかった。

 時折一匹が周囲を飛ぶものの、入口へ降りる前に風で流されてしまう。


「これも失敗や」


「うん。ここは風が強すぎた」


 茶太郎は、うまくいかなかった木札を捨てなかった。


「林の奥は湿りすぎる。尾根は風が強すぎる。蜂が来なかったから分かったんだよ」


「でも、蜜は一滴も増えてへん」


「蜂の家を作るのは、料理より時間がかかるんだね」


 友照は納得できない顔をした。

 村の大人たちからも、不満が出始める。


「仲買人がおらんようになって、蜜を売る先がない」


「新しい蜂を待っとる間、何で銭を得るんや」


 壊された古い巣には、もう蜂蜜はほとんど残っていなかった。

 だが、巣を作っていた蜜蝋は残っている。

 茶太郎は古い巣を指した。


「この蝋、捨てるんですか?」


「煤けとるし、幼虫の殻も混じっとる。もう使えへんやろ」


「きれいにして、別の物にできるかもしれない」


 蜜蝋を蜂蜜用の鍋へ入れることはしなかった。

 専用の古鍋を使い、湯の熱でゆっくり溶かす。細かな布で濾し、汚れを取り除いて固めた。


 火へ直接かければ、蜜蝋は燃える危険がある。


 朱雀すざくの赤い羽が火鉢の横へ現れ、炎が強くなりすぎる方向を示した。


『熱を急がせるな』


「うん。火から離して溶かす」


 精製した蜜蝋を、麻布へ薄く染み込ませる。

 温かいうちに布を広げ、冷ますと、柔らかさを保ちながら水を弾く布になった。


 試しに乾燥させた経帯麺を包む。

 普通の布より湿気を通しにくく、紐を結べば口もしっかり閉じられた。


 《水霊蜜蝋すいれいみつろうの結び布》。


 魚や水分の多い料理へ使うのではなく、乾物、薬草、茶葉などを一時的に包むための道具だった。


「蜜が採れなくても、仕事になる……?」


 友照が布へ触れる。


「古い巣を全部捨てなくて済むよ」


 村人たちは蜜蝋を溶かす者、布へ塗る者、冷ました布を畳む者に分かれた。

 子どもたちは完成した結び布へ、高山家の本物の荷印を押す。

 偽物と区別するため、二枚の鷹羽をはっきり刻んだ。


 友照は、蜜蝋布の最初の一枚を掲げる。


「これは蜂を殺して作った物やない。昔の巣を最後まで使った物や!」


 蜜を待つ間にも、できる仕事はあった。


 それから二週間が過ぎた。

 茶太郎は一度宇治へ戻り、再び父と摂津を訪れた。

 亜空間の小戸はまだ開いていない。

 土地との縁が結ばれたかどうかは、茶太郎の都合だけでは決まらないためだ。


「茶太郎、早く来い!」


 友照が山道を駆けてくる。


「どうしたの?」


「蜂が来た! でも一匹だけや!」


 朝日が当たり、昼から日陰になる斜面。

 そこへ置いた板箱の周囲を、一匹の蜂が飛んでいた。

 入口へ降り、中を確かめ、再び飛び去る。


「逃げた……」


「違うかもしれない。家を探す蜂かも」


 翌日には二匹。


 その次の日には、別の蜂も箱を訪れた。

 友照は巣箱を開けず、木札へ印を増やしていく。


「まだ入らんのかな」


「分からない。待とう」


 さらに数日後。


 山の向こうから、低く大きな羽音が近づいてきた。

 黒い雲のような蜂の群れが、斜面の木へ集まる。

 分かれた新しい群れだった。


 子どもたちは近づかなかった。

 経験のある蜜採りたちが肌を覆い、煙を使いすぎず、群れを刺激しないよう竹籠へ移す。


 茶太郎と友照は、離れた場所から見守った。


 群れが選んだのは、上部へ木の桟を並べた板箱だった。

 一匹、また一匹と入口へ入り、やがて多くの蜂が後へ続く。


「入った……!」


 友照の目から涙がこぼれた。


「茶太郎、蜂が帰ってきた!」


「うん。でも、今年は蜜を取らない方がいい」


「えっ」


「まず、蜂が冬を越せるだけの蜜を作らないと」


 友照は巣箱と茶太郎を何度も見比べた。

 そして、両手を強く握る。


「分かった。最初の蜜は、蜂の分や」


 その言葉を聞いた瞬間、巣箱の周囲へ淡い金色の糸が広がった。

 秘密基地の地脈から伸びた縁が、摂津の山里へ静かにつながる。


 茶太郎には分かった。

 次にここを訪れる時、亜空間の小戸は開く。


 蜂蜜を得たからではない。

 蜂が帰れる場所を、一緒に守ると決めたからだった。

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『茶太郎がゆく』
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