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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第三章 ~五歳の茶太郎、伏見へ――南へ広がる水輪~
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第157話 「地下土蔵の偽印と、玄武の甲羅」

 ――隠された蔵を、人の手で開く――


 六角堂の会談から三日後。


 捕らえられた急使の証言をもとに、三者の調査組が下京の焼け跡へ集まった。


 幕府方の奉公衆。

 三好方の三好長逸みよし・ながやす

 町組を代表する墨屋宗白すみや・そうはく


 山科言継やましな・ときつぐは、調査内容の写しを別の場所へ保管している。

 一方が記録を失っても、事実まで消されないためだった。


 目的の場所は、五条近くにある焼けた商家の跡。

 見たところ、残っているのは土壁と割れた井戸だけだった。


「ここへ男を案内したと言うのだな」


 長逸が尋ねる。

 急使として利用された男は、怯えながらうなずいた。


「夜だったので、商家の名までは……ただ、井戸の横に亀の形をした石がありました」


 瓦礫を調べると、確かに亀に似た平石が見つかった。

 宗白は周囲を見回す。


「この家の商いは、火事の前に絶えておる。表向きは空き家だったはずだ」


 弥七やしちが亀石の周囲へ積もった灰を払った。

 石の端に、引きずった跡がある。


「何度も動かしとるな」


 町組の男たちが石を持ち上げようとした時、茶丸が鋭く鳴いた。


「ニャッ!」


 地面の下から、低い音が響く。


 ゴ……ゴゴ……。


 亀石の周囲へ、細い亀裂が走った。


「離れて!」


 茶太郎の声で、皆が後ろへ下がる。


 次の瞬間、石の脇がわずかに沈んだ。

 伊平じいさんが長い棒で地面を突き、顔をしかめる。


「下が空洞じゃ。力任せに石を動かせば、まとめて落ちるぞ」


 その時、亀裂の奥から黒い水が染み出した。

 水面へ、金色の線がゆっくり浮かぶ。

 線は亀の甲羅のような六角形を描き、沈みやすい場所と、まだ土の締まっている場所を分けていった。


 さらに水の中から、黒い亀と蛇の尾を持つ巨大な影が現れる。


『急ぐな』


 地の底から響くような声だった。


『重みには、受け止める場所が要る』


「あなたは……玄武げんぶ?」


 茶太郎が尋ねる。

 影はゆっくりと首を上げた。


『いかにも。我は北方と地の底を見守る者。水の溜まり、土の緩み、石の耐え得る重みを読む』


「地下の蔵を開けてくれる?」


『我に柱は立てられぬ。土も運べぬ』


 玄武は即座に答えた。


『我が示せるのは、崩れる場所と、支えを置くべき場所のみ。道を開くのは、そなたらの手で行え』


 金色の甲羅模様は、地面の三か所で強く光っている。

 伊平じいさんは、その位置を縄で囲った。


「ここへ足を置くな。先に周囲から掘り、横木で受ける」


 甚八じんぱちはまだ傷が治っていないため、現場には来ていなかった。

 代わりに、彼が寝床で描いた支柱金具の図を鍛冶仲間が持ってきていた。


 大工が太い木を組み、鍛冶職人が鎹で固定する。

 土を一度に掘らず、少し掘るたびに支えを増やす。


 玄武の光だけを信じるのではなく、棒で土の締まりを確かめ、縄を張り、入る人数を制限した。

 作業には丸一日かかった。

 夕方になって、ようやく亀石の下から階段が現れる。


「茶太郎は、上で待て」


 宗次が息子の肩へ手を置いた。


「中の空気も、足場も分からない」


「うん。何か見つかったら、ここへ運んでもらう」


 最初に入ったのは、弥七と雪、町組の大工、幕府と三好の立会人だった。

 白灯あかりは細い縄を胴へ結び、足場を確かめながら先へ進む。

 しばらくして、雪の声が階段の下から響いた。


「地下土蔵があります!」


 蔵の中には、偽の荷印や触書の木型が並んでいた。


 幕府の印。

 三好家の印。

 宇治茶師の印。

 大山崎の油商人を装う印。


 どれも本物と少しずつ異なる。

 さらに、盗まれた米、味噌、油、薬草が積まれていた。

 町で人々が飢え、病人が薬を求めている間、三本爪の者たちは品を隠し、値が上がるのを待っていたのだ。


 宗白は怒りを抑えながら命じる。


「誰の物か分からぬうちに、勝手に配るな。品目と数、印をすべて記録する」


「腹を空かせた人がいるのに?」


 茶太郎が尋ねる。


「だからこそじゃ。持ち主が分かる物は返し、分からぬ物は三者の立会いで扱う。ここで奪い合えば、三本爪と同じになる」


 茶太郎はうなずいた。


 正しい目的でも、正しい手順が必要だった。

 はちが品物の木札を作る。

 京鈴きょうすずは壺を軽く叩き、油や味噌の入っている量を音で確かめた。


 古くなった物、湿った物、食べられない物も分けて記録する。

 地下蔵の奥からは、もう一冊の帳面が見つかった。

 そこには、油や偽印だけでなく、蜂蜜の取引が書かれている。


「蜂蜜……?」


 茶太郎が帳面をのぞき込む。

 宇治で手に入る蜂蜜は、山中の巣から少量採れる貴重品だった。

 ところが帳面には、同じ時期に何壺もの蜂蜜を扱った記録がある。


 送り先は摂津せっつ

 受取人の名は削られていたが、端に小さな鷹の羽根が描かれている。

 長逸は印を見て、記憶をたどった。


「摂津の高山家が使う荷印に似ている。だが、本物は羽根が二枚のはずだ」


「また偽物?」


「その可能性が高い」


 帳面によれば、三本爪は高山家の名を使い、養蜂を試みる山里から蜂蜜を安く集めていた。

 失敗した巣は捨てさせ、採れた蜜だけを奪うように買い叩いている。


「高山家には、友照ともてるという幼い子がおる」


 長逸が言った。


「茶太郎と年の近い、六歳ほどの子だ。山里の蜂を怖がらず、蜜を採る者たちへよく交じっていると聞く」


 茶太郎は帳面を見つめた。


 蜂蜜は元気玉にも、薬を飲みやすくする工夫にも使える。

 だが、その甘さの裏で誰かが苦しんでいるのなら、知らないふりはできない。


 玄武の影が地下水へ揺れた。


『良き蔵は、物を隠すためにあらず。必要な時まで命を守るためにある』


 地下土蔵から見つかった証拠によって、三本爪の京での動きは大きく崩れた。

 しかし偽りの荷印は、既に摂津へも伸びている。


 茶太郎の次の旅は、蜂蜜の香る北摂の山里へつながろうとしていた。

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『茶太郎がゆく』
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