↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第三章 ~五歳の茶太郎、伏見へ――南へ広がる水輪~
PR
161/318

第153話 「長逸の告白と、長慶へ届く元気玉」

 ――隠した名を明かし、二つの流れを結ぶ――


三好長逸みよし・ながやす様……!」


 捕らえられた男が口にした名は、茶倉の空気を一変させた。


 槙島城の若い使番。

 宇治川の異変を調べ、茶太郎たちと霊の騒動を乗り越えた長逸。

 その正体は、三好一門の若武者・三好長逸本人だった。


 長逸は人払いを求めなかった。

 茶太郎たちだけでなく、森彦右衛門、宗次、宇治の茶師、町組の代表が見守る中で話し始める。


「私は一年前から、使番の姿で宇治と京を巡っていた」


「どうして本当の名前を隠してたの?」


 茶太郎の問いに、長逸はまっすぐ答えた。


「三好の名で京へ入れば、それだけで軍勢の下見だと疑われる。幕府方は警戒し、三好方の者も私へ本当の姿を見せなくなるからだ」


 天文法華の乱で焼けた京では、さまざまな噂が飛び交っていた。

 三好が都を奪う。

 幕府が三好を討つ。

 寺社が再び兵を集めている。

 真偽の分からない噂が、人々の不安を煽っていた。


「その中で、三好家の名を使った偽の命令が現れ始めた。米や材木、茶を差し出せとな」


 長逸は偽の触書を開いた。


『宇治茶の腐敗は、三好方の乱暴なる徴発によるものなり』


「これも同じだ。三好が命じたように見せ、宇治との信頼を壊そうとしている」


 ひこじいが腕を組む。


「ならば、なぜ今まで黙っておった」


「敵が三好家の動きを知りすぎていたからだ」


 長逸の声が低くなる。


「命令を出す前に、その内容が漏れたこともある。ゆえに私は、三好家の内側に通じる者がいると疑った」


 表立って調べれば、裏切った者は隠れる。

 長逸は身分を伏せ、槙島城の使番として荷の流れや噂を追っていた。


「長慶様にも、本当の目的をすべて伝えてないの?」


「私が京と宇治を見てくることはご存じだ。だが、内通者の疑いについては、証拠を得るまで口にしなかった」


 茶太郎には、政治のすべては分からなかった。

 それでも、長逸が一人で大きなものを抱えていたことは伝わった。


「長逸さん……ずっと怖かった?」


「武士が怖いなどと――」


 長逸は言いかけ、膝へ乗ってきた希太きたを見た。

 希太は長逸の手へ顔をすり寄せる。


「にゃ……」


「……怖かった」


 長逸は希太の背を撫でながら、ようやく認めた。


「私の報告一つで、三好と幕府が争うかもしれぬ。間違った者を疑えば、家中まで割れる。答えが見つからぬまま、進むことが怖かった」


 茶太郎は少し考えてから答えた。


「答えが見つからなくても、探しながら歩けばいいと思う」


「探しながら……」


「でも、一人で探さなくてもいいよ」


 長逸の指が止まる。

 ひこじいが鼻を鳴らした。


「五歳児に、ようやく本音を引き出されたか」


「面目ない……」


 長逸は苦笑した。

 その後、長逸は一つの決断をした。


 三本爪の書状、偽の荷印、油倉の帳面。

 見つかった証拠を、三好家だけで抱え込まない。

 同じ内容を、三好長慶と室町幕府の双方へ届けるという。


「片方だけへ伝えれば、都合の悪い部分を隠したと疑われる。山科言継やましな・ときつぐ卿にも立ち会っていただき、同じ証拠を見てもらう」


 宗白がうなずく。


「異なる噂を流す敵には、同じ事実を同時に渡す。それが一番効く」


 長逸は茶太郎へ向き直った。


「もう一つ、頼みがある」


「料理?」


「なぜ分かった」


「長逸さん、頼む時はいつもぼくの手元を見るから」


 長逸は困ったように笑う。


「この証拠とともに、長慶様へ料理を届けたい」


 三好長慶は、まだ若い。

 だが一門と家臣をまとめ、細川晴元を支えながら畿内の争いへ向き合っている。

 食事を後回しにし、馬上で済ませることも多いという。


「長慶様は何が好きなの?」


「甘い物は嫌いではない。だが、甘い物を好むと知られるのを少し恥じておられる」


 弥七が肩を揺らした。


「どこかの使番と同じやな」


「私は猫が好きなだけだ!」


「甘味も好きやろ」


「……否定はせぬ」


 茶太郎は、長い移動にも耐え、忙しい時に少しずつ食べられる料理を考えた。


 炒った大麦。

 細かく砕いた胡桃と胡麻。

 燻しモロコの粉。

 宇治茶葉。

 それらを水飴と貴重な蜂蜜で練り、小さな球へ丸める。

 腐りやすい水分を増やさず、一つずつ乾いた笹で包んだ。


 既に下京の復興作業で作っていた携帯食を、長慶へ合わせて調整したもの。


 《宇治水霊うじすいれいの元気玉》。


 茶太郎は一つを長逸へ渡した。


「先に食べてみて」


 長逸が口へ入れる。


 水飴と蜂蜜の柔らかな甘さ。

 大麦と胡麻の香ばしさ。

 後から燻しモロコの塩気と、茶葉の苦みが追いかける。


「甘いが、甘いだけではない。力が戻る味だ」


「長慶さんが疲れた時、一つずつ食べてもらって」


 はちは材料と製造日を木札へ記した。


「長く置けるとは決めつけへん。途中で包みを開けて、匂いや湿り気を確かめてな」


「承知した」


 長逸は元気玉の箱と、三本爪の証拠を受け取った。

 出立する前、茶太郎の前へ膝をつく。


「今度会う時は、使番ではなく三好長逸として参る」


「うん。でも長逸さんは、長逸さんだよ」


 希太も前足を上げた。


「にゃ(※ヨシ)」


 長逸は少し迷った後、同じように拳を上げる。


「……ヨシ」


 数日後。

 三好長慶のもとから、宇治へ返書が届いた。

 短い文だった。


『証拠、確かに受け取った。元気玉も美味であった』


 その下には、少し小さな文字が続いていた。


『三好長逸を猫と踊らせた料理人に、一度会ってみたい』


 長逸から長慶へ。


 一粒の元気玉が、乱世を動かす新たな縁を結び始めた。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。