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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第三章 ~五歳の茶太郎、伏見へ――南へ広がる水輪~
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第152話 「白虎が読む鉄と、使番・長逸の正体」

 ――偽りの荷車に残された、本物の槌跡――


 偽の茶荷を運んできた荷車は、森家の庭へ隔離された。


 油を含んだ布や湿った茶葉は、上質な茶から遠ざける。鉄針の仕込まれた留め金も、素手では触れず木箱へ収めた。


 翌朝、荷車から外した車軸と留め金が、船で下京へ運ばれた。

 甚八じんぱちは寝床へ横になったまま、それらを調べる。


「俺を宇治へ連れていけば早かったやろ」


「傷が治っていないから駄目」


 茶太郎が即答した。


「無理に動いて悪くなったら、鉄を見る人がいなくなるよ」


「五歳児に叱られた……」


 甚八は不満そうだったが、道三に睨まれると大人しく鉄へ向き直った。


 車軸の表面には煤が付き、一見しただけでは普通の古鉄に見える。

 しかし甚八は小槌で軽く叩き、響きを聞いた。


 高い音。

 濁った音。

 同じ車軸でも、場所によって音が違う。


「つぎはぎや。折れた武具や農具を集めて、一つの車軸へ鍛え直しとる」


「どこの鍛冶場か分かる?」


「まだ分からん。けど、急いで作った鉄や」


 甚八は車軸の端を布で拭った。


「表面だけ整えて、内側の割れを残しとる。重い荷を何度か運べば折れるで」


 その瞬間、車軸の内側から三本の白い筋が浮かび上がった。


 白虎びゃっこの瞳が鉄の表面へ映る。


『ここだ』


 低い声とともに、一本の筋が車軸の中央へ集まる。

 甚八が示された場所を小槌で叩くと、鈍い音が返った。


「中で割れが進んどる……この荷車、都へ戻る前に壊れるよう作られとったんや」


「証拠を運んだ人まで、怪我をする仕掛けだったの?」


 茶太郎の胸へ、冷たい味が広がった。

 粗悪な茶で宇治の信用を壊す。

 偽荷が見つかっても、荷車を壊して証拠を失わせる。

 偶然に見せかけた罠が、幾重にも用意されていた。


 茶太郎は白虎へ尋ねた。


「どこで作られた鉄か、分かる?」


『我が読めるのは、鉄に残る力と傷だ。作り手の名までは分からぬ』


 白虎も万能ではない。

 危険な割れ目を示せても、それを作った人間までは探せなかった。


「でも、ここからは俺の仕事や」


 甚八は留め金の裏を指でなぞった。


「この槌跡、右から二度、左から一度。最後に角を立てる癖がある」


「知ってる打ち方なの?」


「下京の西に、壊れた武具を買い集める鍛冶場がある。昔、俺も鉄を売りに行った」


 甚八は少しだけ目を伏せた。


「店主の名は重蔵じゅうぞう。腕は悪くない。けど、銭になるなら武器でも罠でも作る男や」


 弥七やしちは、すぐに踏み込むことを選ばなかった。


「重蔵が作ったとしても、依頼した者が別におる。先に押さえたら、その先が切れる」


 日置雪へき・ゆきが提案する。


「偽の荷車が壊れ、鉄だけ回収されたように見せましょう。重蔵か仲買人が確認に来るかもしれません」


 囮に使うのは、壊れた荷車の一部だけ。

 町組が管理する空き地へ置き、弥七と雪、影猫衆が周囲へ隠れる。


 茶太郎は離れた炊事場へ残った。

 夜の見張りに出る町人たちへ、温かい《近江水霊の黄金経帯麺》を用意するためだ。


「ぼくも行けば、誰が嘘をついてるか味で分かるかもしれない」


「暗がりで矢が飛んできたら、味を見る前に終わりや」


 弥七は厳しく言った。


「茶太郎の力は、捕らえた後で使えばええ。役目の順番を間違えるな」


「……うん。ここで待つ」


 茶丸と白灯あかりは、茶太郎のそばへ残った。

 虎吉と八雲、翁が追跡へ加わる。


 夜半。


 空き地へ、一人の男が現れた。

 旅商人の姿をしているが、荷車を見る目は品物を確かめる商人のものではない。

 男は車軸へ触れ、周囲を見回した。


「鉄だけ残ったか……あの者ども、始末までしくじりおって」


 屋根の虎吉が尻尾を振る。

 合図を受けた雪が、男の退路へ回った。


「誰の始末ですか」


 男は驚いて短刀を抜く。

 だが、その刃へ白い光が走った。

 白虎が刃の根元にある亀裂を示す。


 弥七は正面から斬り合わず、鞘を短刀の腹へ打ちつけた。

 刃は亀裂から折れ、地面へ落ちる。


「鉄は嘘をつかへんな」


 男は逃げようとしたが、翁が背後から肩へ飛びついた。雪が足を払い、縄で両腕を縛る。

 男の懐から、偽の荷印と書状が見つかった。

 書状の宛名はない。

 ただし、末尾には三本爪の印と、次の指示が記されていた。


『三好と幕府、双方へ異なる噂を流せ』


 翌朝、男は宇治へ移され、長逸ながやすの前へ引き出された。

 長逸が顔を見せた瞬間、男の表情が変わる。


「なぜ……あなたがここに……」


 長逸は静かに問う。


「私を知っているのか」


 男は逃げ道を探すように周囲を見回した。

 しかし槙島城の武者と宇治の自衛衆が、すべての出口を塞いでいる。


「知らぬはずがない……」


 男の口から、隠されていた名がこぼれた。


三好長逸みよし・ながやす様……!」


 茶太郎は長逸を見上げた。


「三好……長逸……?」


 槙島城から来た若い使番。

 猫へ触れられるだけで顔を赤くし、マタタビの匂い袋で猫たちと踊った武者。

 その人物こそ、三好一族の長老格へ連なる三好長逸本人だった。


 長逸はしばらく黙っていた。

 やがて茶太郎たちへ向き直り、深く頭を下げる。


「黙っていて、すまなかった」


「どうして、使番のふりをしてたの?」


「宇治の者たちが、三好の名へどう接するか知りたかった。そして――」


 長逸は三本爪の書状を握る。


「三好家の内側に、この者たちと通じる者がいる可能性を疑っていた」


 敵は三好と幕府を争わせようとしている。

 しかも、その手は三好家の内側にまで伸びていた。


 白虎の姿が、朝日を受けた刀身へ映る。


『鉄の割れは、外から見えぬ』


 その言葉は、三好家の内部に潜む亀裂を告げているようだった。


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『茶太郎がゆく』
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