↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第三章 ~五歳の茶太郎、伏見へ――南へ広がる水輪~
PR
158/314

第150話 「四条の油倉と、白き虎の爪」

 ――仕掛けられた鉄と、燃やされる町の縁――


 水桶に浮かぶ青龍の光。

 火鉢に現れた朱雀の羽。

 二つは、四条の西にある焼けた油倉を示していた。


 だが、茶太郎は追跡には加わらなかった。

 五歳の自分が暗い油倉へ入れば、弥七やしちたちは茶太郎を守りながら戦わなければならない。


「ぼくは近くの詰所で待つ。助けた人の手当てと、持ち帰った物の整理をするよ」


 弥七は短くうなずいた。


「それがええ。敵の仕掛けが分からんうちは、近づかせられへん」


 墨屋宗白すみや・そうはくは町組から信頼できる者だけを集め、油倉の周囲へ配置した。


 大勢で踏み込めば、物音で逃げられる。

 また、犯人が油へ火を放てば、周囲の仮小屋まで燃えかねない。


 油倉へ向かうのは、弥七、日置雪へき・ゆき、そして影猫衆。

 茶丸は茶太郎のそばに残り、影猫衆からの知らせを念話で受け取る役目を担った。


「気をつけてね」


 茶太郎が言うと、雪は銀髪を頭巾へ隠した。


「妹を助け、証拠を確保します。戦うことが目的ではありません」


 夜の四条には、焼けた柱の匂いが残っていた。

 問題の油倉は、屋根の半分が落ち、正面の戸も傾いている。


 人気はない。

 だが虎吉が戸口の前で足を止めた。


「……ニャッ」


 弥七がしゃがみ込み、地面を見る。

 戸の下から細い縄が伸び、建物の奥へ続いていた。


「戸を開ければ、何かが動く仕掛けや」


 雪が壁の隙間から中をのぞく。

 縄の先には、積み上げられた油壺。その上には火打石を挟んだ鉄片が吊られていた。

 戸を引けば油壺が倒れ、鉄片がぶつかって火花を散らす。

 油倉そのものを焼く罠だった。


「証拠ごと消すつもりですね」


 弥七は縄を切らなかった。

 張られた縄を木片で固定し、力が仕掛けへ伝わらないよう緩める。雪は裏手へ回り、崩れた壁から中へ入った。


 罠は一つだけではなかった。

 床板の下には、上向きに打たれた釘。


 梁には、細い綱で吊られた材木。

 暗闇の中で走れば、足を傷つけるか、頭上の材木を落とされる。


 その時、床下の釘が白く光った。

 光は三本の筋となり、虎の爪痕のように闇を裂く。

 白灯あかりが雪の足元へ飛びついた。


「ニャアッ!」


 雪が止まった直後、その一歩先の床板が崩れた。

 下には釘を植えた穴が開いている。


「今の光は……」


「考えるんは後や。先に子どもを探す」


 弥七たちは罠を避けながら、油倉の奥へ進んだ。

 やがて、小さなすすり泣きが聞こえた。


「兄ちゃん……?」


 壊れた桶の陰に、五歳ほどの女の子が隠れていた。

 火付けをさせられた少年の妹、小梅こうめだった。


 手首を縄で縛られているが、目立った怪我はない。

 雪が刃で縄を切る。


「兄上は無事です。迎えに来ました」


「ほんま……?」


「ええ。あなたのために、すべて話してくれました」


 雪が小梅を抱き上げた瞬間、屋根裏で金属音が鳴った。


 カチリ――。


 弥七が横へ跳ぶ。

 暗闇を一本の矢が走り、柱へ突き刺さった。


 二階の物陰から、黒布で顔を隠した男が逃げ出す。

 屋根の虎吉が追おうとしたが、弥七が止めた。


「深追いするな! まだ罠がある!」


 男は隣の屋根へ飛び移り、夜の下京へ消えた。


 捕らえることはできなかった。

 だが、小梅と油倉に残された証拠は守られた。


 木箱の中から見つかったのは、偽の油荷印。

 火付け用の松脂。

 束ねられた釘。

 そして、商いの記録らしき帳面だった。


 帳面を詰所へ運ぶと、茶太郎とはちが一枚ずつ確認した。

 誰が油を受け取ったか。

 どの井戸の近くへ水売りを置いたか。

 どの焼け跡を安く買い取ったか。

 しかし、人名の代わりに記されているのは、丸や線、爪痕のような印だけだった。


「これでは、誰のことか分からへん」


 八が唇を噛む。

 宗白は帳面の紙へ触れた。


「いや。分かることはある。この紙は上等すぎる」


「油を売るだけの人が使う紙じゃないの?」


「この質の紙を大量に使えるのは、裕福な商家、寺社、公家、あるいは武家に出入りする者だ」


 単なる火付け集団ではない。

 誰かが銭を出し、油と人を集め、焼け跡の混乱を利益へ変えている。

 火付けをさせられた少年は、小梅を抱き締めて泣いていた。


「ごめん……兄ちゃんが、火なんかつけたから……」


「兄ちゃん、来てくれた」


 小梅は、それだけ言って兄の背を撫でた。

 茶太郎は二人の前へ、柔らかく煮た経帯麺を置いた。


「話は食べてからでいいよ」


 少年は椀を受け取れずにいた。


「ぼくは……町を燃やしかけた」


「だから、これから何をするかを考えるんだ」


 茶太郎は焦げた水札を隣へ置く。


「忘れられないことは、無理に消さなくていい。でも、同じ火を起こさないために使うことはできる」


 少年は震える手で椀を持った。

 一方、甚八じんぱちは持ち帰られた釘を寝床で調べていた。


「これ、鍛冶職人が家を建てるために打った釘やない」


「何が違うの?」


「先を細く尖らせすぎとる。木を留めるより、人の足を傷つけるための形や」


 釘の表面には、白い筋が三本浮かんでいた。


 茶太郎が触れようとすると、茶丸が前足で止める。


『……鉄の中に……何かいる……』


 水桶の青龍。

 火鉢の朱雀。

 そして今度は、鉄の釘へ宿る白い爪痕。

 釘の表面に、一瞬だけ白銀の虎の瞳が映った。


『鉄は嘘をつかぬ』


 低い声が響く。


『刃となった理由も、折れる時も、そこへ刻まれている』


 甚八が息を呑む。

 白い光は、釘から帳面へ移り、一枚の紙の端で止まった。

 そこには、かすれた文字が残っていた。


『次は南。宇治の茶倉を絶て』


 茶太郎の顔から笑みが消えた。

 下京で病と火を広げた者たちの手が、今度は茶太郎の故郷へ伸びようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。