第140話 「春日水霊・雉の四景膳」
――同じ火では、すべての命を生かせない――
山里の調理場へ着くと、坪内石斎は雄の雉の籠を茶太郎の前へ置いた。
「魚と鳥の違いは何だ」
「羽があること?」
「見れば分かる」
「骨の形と、肉の付き方……?」
「まずは、それを自分の手で確かめろ」
茶太郎は雉へ手を合わせた。
「いただきます」
宗次と石斎に手を添えてもらい、一度で締める。
血を抜き、まだ温かいうちに羽を抜いていく。
茶丸が落ちた尾羽へ飛びついた。
「茶丸、それも使うから!」
「ニャッ!」
「猫のおもちゃに使うとは言ってないよ!」
尾羽や翼の丈夫な羽は、矢羽や飾りに使えるよう大きさごとに分けた。柔らかな羽毛は洗って乾かし、小さな防寒具の中身にする。
石斎が頷く。
「食べられぬものにも、使い道はある」
内臓を傷つけないよう腹を開き、肉を部位へ分ける。
胸肉は白く、柔らかい。
腿肉は色が濃く、筋も太い。
手羽には肉が少ないが、骨と皮がある。
「全部、同じように焼いたら駄目なんですね」
「試してみろ」
茶太郎は胸肉と腿肉を一切れずつ切り、同じ火へかけた。
腿肉へ火が通るまで待つ。
すると胸肉は縮み、噛むと固くなっていた。
「ぱさぱさする……」
「胸肉は脂が少なく、火が早く入る。腿はよく動くため、筋が強い」
「同じ鳥なのに、違う食材みたい」
「だから、部位を見ずに同じ火を当てれば、どちらかを駄目にする」
茶太郎は残った肉を前に考えた。
一つの雉へ、四つの火入れを使う。
料理の名は——
《春日水霊・雉の四景膳》。
第一景は、《白露雉の葛包み蒸し》。
胸肉へ薄く塩を当て、少し休ませる。
表面に出た水分を拭き、昆布と香草で包んだ。
強い蒸気を短く当て、表面が白くなったところで火から外す。
「中まで焼けてへんのと違う?」
八が心配そうに尋ねる。
「余熱で中まで進める。でも、野鳥だから生にはしないよ」
竹串を最も厚い場所へ刺し、しばらく待ってから手首へ当てる。
十分に熱く、刺した穴から出る汁にも赤みがないことを確かめる。
最後に葛の薄い餡をまとわせ、乾燥を防いだ。
第二景は、《水鏡雉の山椒味噌焼き》。
筋の強い腿肉には細かく切り目を入れ、酒と生姜をなじませる。
弱火で中まで熱を通し、最後に味噌、水飴、山椒を合わせたたれを塗る。
表面だけを強火で炙ると、香ばしい匂いが立ち上った。
第三景は、《清流雉の黄金雫》。
首、手羽、中骨へ熱湯をかけ、血と汚れを落とす。
春日の清水とともに鍋へ入れ、沸き立たせずに煮出した。
芹、九条葱、生姜を加え、二度濾しする。
魚の澄み雫より力強く、淡い黄金色の汁になった。
第四景は、《山霊雉の三つ肴》。
心臓、砂肝、肝を別々に切り分ける。
砂肝は硬い膜を外し、細く切る。
肝は水へさらし、血を抜く。
三つを一緒に火へ入れず、それぞれ十分に加熱してから、たまりと山椒で合わせた。
「小さいところほど、火の入り方が違う……」
茶太郎は額の汗を拭った。
食べられない内臓は、泉や畑を汚さない場所へ運び、深く埋める。
俎板と包丁は熱い湯で洗い、鳥を扱った布も、野菜用の布と分けた。
「そこまで洗うのか」
石斎が尋ねる。
「生の鳥を触った道具で、食べるものを切ったら、お腹を壊すかもしれないから」
「目には見えぬ汚れか」
「はい。霊じゃなくて、とても小さい生き物がいると思ってください」
石斎は完全には理解していない様子だったが、道具を分けたことには反対しなかった。
「客を守れるなら、確かめる価値はある。献立帳へ残せ」
四つの料理が、春日塗りの膳へ並んだ。
・白い蒸し物
・艶のある山椒焼き
・黄金色の汁
・濃い色の三つ肴
六角堂で学んだ余白を残し、それぞれの器が重ならないよう配置する。
石斎は、まず胸肉を食べた。
「柔らかい。葛餡で水分も逃げておらぬ」
腿肉を噛む。
「山椒が脂を切る。火も通っている」
黄金雫をすすり、最後に内臓の肴を味わった。
「最初の胸肉は失敗した。一羽から取れる肉には限りがある。客へ出す時には、試し焼きができぬことも忘れるな」
「はい」
「だが、肉の違いを見て火を変え、道具まで分けた。鳥料理の基礎は合格だ」
茶太郎が息を吐く。
調理場の外では、白鹿カスガが羽を乾かす筵を見つめていた。
風に飛ばされた小さな羽が一枚、泥の上へ落ちる。
茶太郎は駆け寄って拾い、洗ってほかの羽の隣へ戻した。
カスガはその所作を見届けると、首の鈴を一度鳴らした。
しゃらん。
それから森の奥ではなく、奈良の寺々が並ぶ方角へ歩き始めた。
道の先から、一人の僧が現れる。
「その香り……鳥を料理されたのですか」
僧は興福寺から来た使いだった。
「明日、寺で公家、武士、僧が同じ席へ着きます。しかし僧は肉を食べず、武士は力のつく膳を求めている」
石斎が茶太郎を見る。
「次の試験が来たようだな」
僧は続けた。
「違う決まりを持つ者たちが、同じ場で食べられる膳を作っていただきたい」
茶太郎は、雉料理と胡麻豆腐を並べて見比べた。
肉を使う料理。
命を取らない料理。
どちらかを正しいと決めるのではない。
異なる者が、同じ席で粗末に扱われない膳を作る。
奈良での第三の修行が、その日のうちに始まった。
今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
同じ火加減が、すべての食材に合うわけではありません。雉の四景膳に込めた、それぞれの命に向き合う姿勢が伝わりますように。




