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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第三章 ~五歳の茶太郎、伏見へ――南へ広がる水輪~
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第140話 「春日水霊・雉の四景膳」

 ――同じ火では、すべての命を生かせない――


 山里の調理場へ着くと、坪内石斎つぼうち・せきさいは雄のきじの籠を茶太郎の前へ置いた。


「魚と鳥の違いは何だ」


「羽があること?」


「見れば分かる」


「骨の形と、肉の付き方……?」


「まずは、それを自分の手で確かめろ」


 茶太郎は雉へ手を合わせた。


「いただきます」


 宗次そうじと石斎に手を添えてもらい、一度で締める。

 血を抜き、まだ温かいうちに羽を抜いていく。

 茶丸ちゃまるが落ちた尾羽へ飛びついた。


「茶丸、それも使うから!」


「ニャッ!」


「猫のおもちゃに使うとは言ってないよ!」


 尾羽や翼の丈夫な羽は、矢羽や飾りに使えるよう大きさごとに分けた。柔らかな羽毛は洗って乾かし、小さな防寒具の中身にする。


 石斎が頷く。


「食べられぬものにも、使い道はある」


 内臓を傷つけないよう腹を開き、肉を部位へ分ける。


 胸肉は白く、柔らかい。

 腿肉は色が濃く、筋も太い。

 手羽には肉が少ないが、骨と皮がある。


「全部、同じように焼いたら駄目なんですね」


「試してみろ」


 茶太郎は胸肉と腿肉を一切れずつ切り、同じ火へかけた。

 腿肉へ火が通るまで待つ。

 すると胸肉は縮み、噛むと固くなっていた。


「ぱさぱさする……」


「胸肉は脂が少なく、火が早く入る。腿はよく動くため、筋が強い」


「同じ鳥なのに、違う食材みたい」


「だから、部位を見ずに同じ火を当てれば、どちらかを駄目にする」


 茶太郎は残った肉を前に考えた。

 一つの雉へ、四つの火入れを使う。


 料理の名は——


 《春日水霊・雉の四景膳かすがすいれい・きじのしけいぜん》。


 第一景は、《白露雉の葛包み蒸し》。


 胸肉へ薄く塩を当て、少し休ませる。

 表面に出た水分を拭き、昆布と香草で包んだ。

 強い蒸気を短く当て、表面が白くなったところで火から外す。


「中まで焼けてへんのと違う?」


 はちが心配そうに尋ねる。


「余熱で中まで進める。でも、野鳥だから生にはしないよ」


 竹串を最も厚い場所へ刺し、しばらく待ってから手首へ当てる。

 十分に熱く、刺した穴から出る汁にも赤みがないことを確かめる。

 最後に葛の薄い餡をまとわせ、乾燥を防いだ。


 第二景は、《水鏡雉の山椒味噌焼き》。


 筋の強い腿肉には細かく切り目を入れ、酒と生姜をなじませる。

 弱火で中まで熱を通し、最後に味噌、水飴、山椒を合わせたたれを塗る。

 表面だけを強火で炙ると、香ばしい匂いが立ち上った。


 第三景は、《清流雉の黄金雫》。


 首、手羽、中骨へ熱湯をかけ、血と汚れを落とす。

 春日の清水とともに鍋へ入れ、沸き立たせずに煮出した。

 芹、九条葱、生姜を加え、二度濾しする。

 魚の澄み雫より力強く、淡い黄金色の汁になった。


 第四景は、《山霊雉の三つ肴》。


 心臓、砂肝、肝を別々に切り分ける。

 砂肝は硬い膜を外し、細く切る。

 肝は水へさらし、血を抜く。

 三つを一緒に火へ入れず、それぞれ十分に加熱してから、たまりと山椒で合わせた。


「小さいところほど、火の入り方が違う……」


 茶太郎は額の汗を拭った。

 食べられない内臓は、泉や畑を汚さない場所へ運び、深く埋める。

 俎板と包丁は熱い湯で洗い、鳥を扱った布も、野菜用の布と分けた。


「そこまで洗うのか」


 石斎が尋ねる。


「生の鳥を触った道具で、食べるものを切ったら、お腹を壊すかもしれないから」


「目には見えぬ汚れか」


「はい。霊じゃなくて、とても小さい生き物がいると思ってください」


 石斎は完全には理解していない様子だったが、道具を分けたことには反対しなかった。


「客を守れるなら、確かめる価値はある。献立帳へ残せ」


 四つの料理が、春日塗りの膳へ並んだ。


 ・白い蒸し物

 ・艶のある山椒焼き

 ・黄金色の汁

 ・濃い色の三つ肴


 六角堂で学んだ余白を残し、それぞれの器が重ならないよう配置する。

 石斎は、まず胸肉を食べた。


「柔らかい。葛餡で水分も逃げておらぬ」


 腿肉を噛む。


「山椒が脂を切る。火も通っている」


 黄金雫をすすり、最後に内臓の肴を味わった。


「最初の胸肉は失敗した。一羽から取れる肉には限りがある。客へ出す時には、試し焼きができぬことも忘れるな」


「はい」


「だが、肉の違いを見て火を変え、道具まで分けた。鳥料理の基礎は合格だ」


 茶太郎が息を吐く。


 調理場の外では、白鹿カスガが羽を乾かすむしろを見つめていた。

 風に飛ばされた小さな羽が一枚、泥の上へ落ちる。


 茶太郎は駆け寄って拾い、洗ってほかの羽の隣へ戻した。

 カスガはその所作を見届けると、首の鈴を一度鳴らした。


 しゃらん。


 それから森の奥ではなく、奈良の寺々が並ぶ方角へ歩き始めた。

 道の先から、一人の僧が現れる。


「その香り……鳥を料理されたのですか」


 僧は興福寺こうふくじから来た使いだった。


「明日、寺で公家、武士、僧が同じ席へ着きます。しかし僧は肉を食べず、武士は力のつく膳を求めている」


 石斎が茶太郎を見る。


「次の試験が来たようだな」


 僧は続けた。


「違う決まりを持つ者たちが、同じ場で食べられる膳を作っていただきたい」


 茶太郎は、雉料理と胡麻豆腐を並べて見比べた。


 肉を使う料理。

 命を取らない料理。

 どちらかを正しいと決めるのではない。


 異なる者が、同じ席で粗末に扱われない膳を作る。


 奈良での第三の修行が、その日のうちに始まった。

今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。


同じ火加減が、すべての食材に合うわけではありません。雉の四景膳に込めた、それぞれの命に向き合う姿勢が伝わりますように。

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『茶太郎がゆく』
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