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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第三章 ~五歳の茶太郎、伏見へ――南へ広がる水輪~
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第135話 「三十日の台所修行と、三十椀の膳」

 ――一人の才能を、仲間の仕事へ変える――


 三条西家での修行は、翌日から一気に厳しくなった。


 朝は水を汲み、包丁と俎板まないたを清める。

 午前は大根と蕪を切り、昼は出汁を取り、午後は器を数える。

 夜には、その日の失敗を献立帳へ残した。


 一日目。

 茶太郎は大根を切りすぎた。


 二日目。

 出汁を沸かしすぎ、昆布の香りを濁らせた。


 三日目。

 味は整ったが、客の人数を間違えた。


「一人分、足りません!」


 茶太郎が青ざめる。

 台所預かりの藤四郎とうしろうは、助け舟を出さなかった。


「料理人が数えなかったのなら、客に我慢してもらうしかないな」


「そんなの駄目!」


「ならば、どうする」


 茶太郎は鍋の中身を見つめた。

 増やす霊術は使えない。

 ない食材を生み出すこともできない。


 そこで煮物を小さく切り直し、出汁を足して葛でまとめた。

 量は増えていない。

 全員の椀へ、少しずつ分け直しただけだ。


「今日はこれで届いた。だが、毎回切り直していては間に合わぬ」


 藤四郎の言葉に、茶太郎は俯いた。

 その夜、秘密基地で仲間たちへ相談した。


「料理を作る前に、数えるのを忘れちゃうの」


 はちが木札を三十枚並べた。


「一人に一枚。椀へ盛ったら、札を裏返す」


 京鈴きょうすずは鍋の音を聞く。


「昆布を入れた鍋、煮立つ前に音が変わる。うちが知らせる」


 甚八じんぱちは細長い木の板へ、同じ間隔で刻みをつけた。


「大根をここに当てて切れば、厚さが揃う。ただし、手ぇまで切らんよう藤四郎さんに見てもらえ」


 道具が料理を作るのではない。

 だが、人の失敗を減らすことはできる。


 四日目から、三人も三条西家の台所へ通うことになった。

 八は食材と椀の数を担当する。

 京鈴は火と鍋の音を聞く。

 甚八は俎板、鍋蓋、柄杓の具合を確かめる。


 茶太郎は切り、煮て、味を決める。


 一人で全てをしようとしていた時より、料理は早く、安定して届くようになった。


 十日目。

 三十枚の大根を、ほぼ同じ厚さに切れた。


 十五日目。

 三つの鍋から、同じ濃さの出汁を取れた。


 二十日目。

 最初と最後の椀を、同じ温かさで運べた。


 それでも失敗はなくならない。

 京鈴の合図を聞き違え、鍋を早く下ろした日。

 八の木札を茶丸ちゃまるが踏み、数が分からなくなった日。

 甚八の目盛り板へ、こたろが転んで突っ込み、真っ二つにした日。


「ごめん〜! 今日は転ばないつもりだったのに〜!」


「その言葉、何回目や!」


 かん太の声が台所へ響き、三条西家の者まで笑った。


 失敗するたび、やり方を変えた。

 木札には数字だけでなく、椀の置き場所も描く。

 目盛り板は一本ではなく、予備を作る。

 合図は声だけでなく、木を打つ回数でも知らせる。


 茶太郎の料理は、霊性だけでなく、仲間の技と工夫で支えられ始めた。


 三十日目。

 公条きんえだは、三十人分の昼膳を命じた。


 献立は、大根と干し椎茸の澄まし汁。

 蕪の味噌焼き。

 粟飯。


 派手な食材は一つもない。


 茶太郎は包丁を握る。

 足を開き、腰を落とす。

 大根を目盛りへ当てるが、最後は自分の目で厚さを確かめた。


「八、数は?」


「三十二人分ある。失敗と急な客の分を二つ足した」


「京鈴、鍋は?」


「まだ。あと三つ数えて」


「甚八、器は?」


「欠けた一枚を外して、三十一枚。予備は一枚や」


 茶太郎は頷いた。


 出汁を煮立たせず、椎茸の旨味を重ねる。

 味噌焼きには六角堂で学んだ余白を残し、蕪の白い面を客へ向けた。

 添えるのは、小さな柚子皮。

 持ち帰った柳は膳へ直接置かず、水差しの傍らへ立てた。


 三十の膳が、ほぼ同じ時刻に客へ届いた。

 最後の膳を運び終え、茶太郎はその場へ座り込んだ。


「つ、疲れた……」


「料理人は、客が食べ始めてから倒れよ」


 藤四郎が言う。


「もう食べ始めてるから、倒れていい?」


「今日だけだ」


 客の一人が、蕪を箸で割った。

 年若い武家の男だった。


「表面は香ばしく、中は柔らかい。三十枚を同じ火入れにしたのか」


「みんなで作りました」


「料理人の名を尋ねたのだが」


「だから、みんなです」


 男は八、京鈴、甚八へ目を向けた。


「なるほど。料理は包丁を握る者だけの仕事ではないか」


 男は進士晴舎しんじ・はるいえと名乗った。

 将軍家に近侍し、進士家に伝わる饗応と台所の作法を学ぶ若き幕臣だった。


「公条卿から、霊を鎮める幼子と聞いていた。だが今日見たのは、三十人へ同じ膳を届ける仕組みだ」


 晴舎は立ち上がる。


「明日、将軍家の台所で式庖丁しきぼうちょうが行われる。見に来るか?」


「式庖丁?」


「魚へ手を触れず、包丁と真魚箸まなばしだけで切り分ける儀式だ」


 茶太郎は、自分の小さな手を見た。

 大根を揃えるだけで三十日。

 魚へ触れずに切るなど、想像もつかない。


「見たいです!」


 晴舎は頷いた。


「ならば覚えておけ。明日見るものは料理であって、料理ではない」


「どういうこと?」


「将軍家の膳では、切り方一つが政になる」


 三十日の基礎修行を終えた茶太郎は、休む間もなく——

 料理が権威と儀礼へ変わる、幕府の台所へ足を踏み入れることになった。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


三十日の修行と三十の椀。一人でできることを増やすだけでなく、仲間と同じ味を届ける大切さが伝わりましたら嬉しいです。

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『茶太郎がゆく』
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