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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第一章 ~三歳の茶太郎、宇治を巡る~
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第14話 「大吉山の鵺の子と、槙島城の狸騒動」

――渋い狸と錆びた茶釜が、孤独な霊への道を開く――


 大吉山へ向かう準備をしていた茶太郎のもとへ、槇島城から使いが来た。


 長逸が、城へ来てほしいという。


「鵺の子の様子も気になるけど……」


「急を要する病人がおるらしい」


 かん太が使いの文を確認した。


「先に城へ寄ってから、大吉山へ向かおう」


 茶丸も山の方角を見つめる。


『鵺の気配はまだ動いていない。少しの猶予はある』


 茶太郎は頷き、縁、こたろ、かん太、二匹の猫とともに槇島城へ向かった。


     ◇


「茶太郎殿。急に呼び立てて申し訳ない」


 城門では、腕に包帯を巻いた長逸が待っていた。


「傷は大丈夫?」


「薬師の言いつけどおり、無理はしていない」


 長逸は城内を見回し、声を落とした。


「宇治橋で起きたことについて、城中ではさまざまな噂が流れている。大鯰を見た者も多いからな」


「みんな、怖がってるの?」


「怖がる者もいれば、神の加護だと喜ぶ者もいる。だが、今日はその話ではない」


 長逸は一行を離れへ案内した。


「阿波から来た霊狸が、昨日から寝込んでいる」


「狸さん?」


「城の薬師は、熱もなく、命に関わる様子ではないと言う。だが、本人が今にも死にそうな顔をしているのだ」


 部屋へ入ると、布団の上に丸々とした狸が寝ていた。


 腹を抱え、天井を見つめている。


「……わしは、もう駄目かもしれん」


 低く渋い声だった。


「どこが苦しいの?」


 茶太郎が布団のそばへ座る。


「腹が張って、体が重い。霊気も巡らん」


 茶太郎は狸から伝わる味を確かめた。


 病や傷の鋭い苦みはない。


 代わりに、甘さと酒のような熱が腹の辺りで渦巻いている。


「昨日、何を食べたの?」


「団子を少々」


「幾つ?」


「……十ほど」


「ほかには?」


「干し柿と、城の者にもろうた餅。それから霊酒を二杯……いや、三杯じゃったかのう」


 長逸が目を閉じた。


「昨日から何度聞いても、団子のことしか話さなかったのだ」


「食べすぎだよ」


「やはり、そうか……」


 狸は顔を布団へ埋めた。


「わし、自分、不器用なんで……断れんかったんじゃ」


「食べ物を断れないことを、不器用とは言わへんで」


 かん太の指摘に、こたろが声を上げて笑う。


「たぬきさん、食べすぎ〜!」


『情けないにゃ』


 希太も呆れたように尾を振った。


 茶太郎は狸へ、冷まし湯を少しずつ飲ませた。


「今日はもう食べないで、ゆっくり休んで。痛みが強くなったり、吐いたりしたら、すぐ薬師さんを呼んでね」


「料理は作らんのか?」


「今は食べない方がいいよ」


「料理人に食べるのを止められるとは……」


 狸は深刻な顔をしたが、しばらくすると腹の霊気が少しずつ動き始めた。


     ◇


「名を聞いてもいい?」


「金長じゃ」


 狸は体を起こし、壁へ背を預けた。


「阿波の狸が、群れを導く者へ代々渡してきた霊名じゃ。わしは今代の金長ということになる」


「どうして宇治に来たの?」


 縁が尋ねると、金長の周囲にあった黄色い糸が暗く沈んだ。


「阿波の山で、狸同士の争いが起きた」


 金長は腹の上へ前足を置く。


「化け比べや縄張り争いなら、昔からある。じゃが近頃、山奥の黒狸たちが“怨気”を使い始めた」


「怨気?」


「怒りや恐れを集め、相手の心へ流し込む術じゃ。争いは大きくなり、山の霊水まで濁ってしもうた」


 茶丸が金長を見つめる。


『お前は戦いに敗れ、阿波を離れたのか』


「……そうじゃ」


 金長は一度目を伏せた。


「仲間を守れんかった。何か役に立つ力を探そうと海を渡り、三好の縁を頼って畿内まで来た」


「逃げたんじゃないよ」


 茶太郎が言った。


「助けを探しに来たんでしょ?」


「そう言うてくれるか」


「祠神さまが教えてくれた。引き返すことは、負けじゃないって」


 金長はしばらく茶太郎を見つめ、それから小さく笑った。


「わしより、よほど立派なことを言う子じゃ」


 縁には、金長から阿波の方角へ伸びる糸が見えた。


「糸は切れてないよ。金長さんは、まだ阿波とつながってる」


「……ありがたいのう」


 金長は布団の脇に置かれていた包みを引き寄せた。


「茶太郎はん。礼になるか分からんが、これを受け取ってくれんか」


 包みの中から現れたのは、小さな茶釜だった。


 表面は赤茶色に錆び、蓋も固く閉じている。片側には、狸の尾に似た曲線が刻まれていた。


「古い茶釜だね」


「阿波から持ってきた、狸一族の品じゃ。火にかけても湯が沸かず、化けさせようとしても動かん。わしには直せなんだ」


 茶太郎が茶釜へ触れる。


 冷たい鉄の奥から、かすかな鼓動が返ってきた。


「この茶釜、生きてる」


 縁も目を凝らす。


「金色の糸がある。でも、錆の下で絡まってる」


『力を失った霊具か』


 茶丸が匂いを確かめた。


『茶太郎の霊性に反応している』


「大事なものなんでしょ?」


「だからこそ、眠らせたままにしたくない」


 金長は茶釜を茶太郎の前へ押し出した。


「おぬしなら、この茶釜の声を聞けるかもしれん」


 茶太郎は両手で受け取った。


「分かった。預かるね」


「使えんかったら、鍋敷きにでもしてくれ」


 その瞬間、茶釜の中から、ぽん、と不満そうな音がした。


「いま鳴った〜!」


「鍋敷きは嫌みたいやね」


 縁が笑うと、金長も照れたように顔を背けた。


     ◇


 城を出た一行は、そのまま大吉山へ向かった。


 山道へ入るころには、日が西へ傾き始めている。


「暗くなる前に戻るで」


 かん太が先頭に立ち、安全な道を選んで進んだ。


 奥へ入るほど、鳥や虫の声が少なくなっていく。


「黒い糸が近い」


 縁は茶太郎の袖を握った。


『見られているにゃ』


 希太が低く身構える。


 茶太郎の抱えた茶釜も、先ほどから小さく震えていた。


 ぽん。


 ぽん、ぽこ。


 まるで、一行を導くように音を鳴らしている。


「茶釜が、こっちだって言ってる」


 音を頼りに進むと、岩陰に小さな洞穴が見つかった。


 入口には、黒と金の毛が数本落ちている。


 茶太郎は洞穴の前へしゃがみ込んだ。


「鵺の子。僕たちは、君を捕まえに来たんじゃないよ」


 返事はない。


 けれど奥から、怯えた味が伝わってくる。


「話を聞きに来たんだ」


 暗闇の中で、二つの瞳が開いた。


 金色の光。


 その周囲を、黒い糸が激しく揺れている。


 獣の低い唸り声が、洞穴の奥から響いた。


 同時に、茶太郎の腕にある錆びた茶釜が、これまでで最も強く震えた。


 ぽんぽこぽん――。


 茶釜の音へ反応するように、鵺の子がゆっくりと姿を現した。

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『茶太郎がゆく』
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