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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第125話 「空荷の囮と、濡れた車輪」

 ――追うべき荷を、地面に残った跡から見つける――


 三日後の夜明け。


 京から近江へ向かう街道は、薄い霧に包まれていた。


 弥七やしちの甲賀衆は逢坂山おうさかやまの道へ散り、大舘常興おおだち・じょうこうの手勢は山科口やましなぐちで荷改めの準備を整えた。


 茶太郎たちは、山科へ向かう三叉路で待つ。

 茶丸ちゃまるは茶太郎の隣。

 虎吉とらきちは屋根の上。

 日置雪へき・ゆき京鈴きょうすずはちを守りながら、街道を見張っていた。


「来た」


 夜が明けきる前、灰袋を積んだ三台の荷車が現れた。

 先頭の御者が幕府の通行札を掲げる。


「火事場の灰を、近江の畑へ運ぶ荷でございます」


 札には正しい印があった。

 紙も墨も、見たところ不自然ではない。


 しかし八は、荷を縛る縄を見て首を振った。


「この結び方、違う」


「どこが?」


 茶太郎が尋ねる。


「灰置場の荷は、縄の端を下へ隠す。でもこれは上に出てる。見せるために急いで結んだ紐や」


 大舘が合図を送り、荷車を止めた。


 灰袋を開ける。

 中身は本物の灰だった。


 二台目も三台目も同じ。

 帳面も長刀も見つからない。


「申し上げたとおり、畑へ運ぶ灰でございます」


 御者は得意げに笑った。


 その時、虎吉が荷台へ飛び乗った。

 大舘の兵が御者へ手を伸ばしかける。


 茶丸が鋭く鳴いた。


「ニャッ!」


「猫の動きだけで捕らえたらあかん!」


 八が叫ぶ。


 虎吉は灰袋ではなく、荷車の隅に落ちていた干し魚を見つめていた。

 魚の下には細い縄が張られ、その先に釘が並んでいる。

 猫を傷つけ、騒ぎを起こすための罠だった。


 虎吉は近づかず、荷台から降りる。

 弥七が縄を確かめた。


「灰帳衆の仕掛けや。せやけど、この荷は見つけさせるための囮やな」


 茶太郎は荷車を一周した。


 灰の匂い。

 古い木の匂い。

 そして、車輪から漂う湿った苔の匂い。


「この荷車、水辺を通ってきたの?」


 御者の頬が引きつった。


「朝露で濡れただけだ」


 甚八じんぱちが車輪へ指を当てる。


「朝露やったら、上から濡れる。これは車軸の下まで泥が入り込んどる」


 車輪には細かな貝殻が付着していた。

 山道の泥ではない。

 川岸の泥だった。


 ナギが水色の尾を揺らす。


「……みず……におい……うじがわ……でも……ここ……ちがう……」


 茶太郎は御者を見上げた。


「この荷車、どこで荷物を積み替えたの?」


「知らん!」


 御者が声を荒らげる。

 だが、その袖から一枚の青い葉が落ちた。


 日置雪が拾い上げる。


「柳の葉です。山科口の道には、これほど大きな柳はありません」


 弥七が地図を開いた。


「伏見の舟着き場か……いや、今朝の流れならもっと上や」


 ナギが地図の一か所へ尾を置いた。


「……かわ……まがる……あし……いっぱい……」


「宇治川沿いの葦場や!」


 茶太郎たちは、灰置場から出た荷が、夜のうちに川岸で積み替えられたと悟った。

 三台の荷車は、空になったあと、灰袋だけを積んで街道へ向かった。

 本物の荷は舟へ載せられたのだ。


 大舘が御者へ告げる。


「お前たちは通行札を偽り、荷改めを妨げた。話を聞かせてもらう」


 御者の一人が震えながら口を開いた。


「俺たちは運べと言われただけだ! 帳面は見ていない!」


「誰に言われた」


「右手を布で巻いた男……それと、瀬田の商人だ」


 火走り弥六ひばしり・やろくと、瀬田の鴉兵衛からすべえ

 二人が同時に動いている。


 宗白から預かった結び紐と荷車の縄を比べると、一本だけ、同じ結び目を持つ短い切れ端が見つかった。

 八がそれをほどく。

 中から、小さく折られた荷割札が出てきた。


『灰帳 二箱——瀬田』


『長物 一棹——堅田廻し』


「長物……」


 京鈴が呟く。


「長刀や」


 弥七の顔が険しくなる。


 灰帳は瀬田へ。

 二代目長刀は、堅田を経由して近江の海の北へ運ばれようとしている。


 荷は、やはり二つに分けられていた。

 その時、川の方角から、水鳥の鋭い鳴き声が届いた。

 偵察役のアオサギ、そうだった。

 上空を旋回し、東へ向けて長い脚を伸ばしている。


「舟を見つけたんだ」


 茶太郎は川岸へ走りかける。

 だが茶丸が、その前へ立った。


「……ニャッ」


 焦るな。

 帰る道と、連絡する相手を先に決めろ。


 茶太郎は足を止め、深く息を吸った。


「雪さんは京へ知らせて。大舘さんは御者と偽札をお願い。弥七さんは甲賀衆へ。ぼくたちは宇治川へ行く」


 うじまるが道端の水桶から顔を出す。


「水路なら任せて〜! 船だけに、せん手を打たないとねぇ〜!」


「先手や」


 緊張の中、弥七が小さく笑った。


 茶太郎たちは、舟を力ずくで止めるためではない。

 正しい荷を見分け、消された名を京へ帰すため、宇治川へ向かった。

このお話を読んでいただき、ありがとうございます。


目立つ荷よりも、濡れた車輪の跡が本当の道を教えてくれました。急ぐときほど足元を見ることを、茶太郎たちは少しずつ覚えていきます。

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『茶太郎がゆく』
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