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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第123話 「東洞院の灰置場と、声を失った家名」

 ――灰の下から、消された者の名を拾う――


 東洞院ひがしのとういんの灰置場は、焼けた町家の間にあった。


 表向きは、火事跡から運び出した灰や瓦、曲がった釘を仕分ける場所である。

 灰は畑の肥やしや洗い物に使われ、鉄は打ち直され、瓦も敷石になる。

 本来なら、復興に欠かせない仕事場だった。

 だが夜になると、荷車が帳面にない荷を運び込んでいるという。


 弥七やしちは入口を眺め、茶太郎へ言った。


「子どもは中へ入ったらあかん。今日は見張るだけや」


「でも、ぼくの扉なら——」


「亜空間の扉も使わん」


 茶丸ちゃまるも短く鳴いた。


「……ニャッ」


 ここは、まだ縁の結ばれていない場所。


 茶太郎が扉を開けば便利でも、帰る場所として土地に認められていない。無理につなげれば、地脈を傷つける恐れがある。


「分かった。外からできることを探す」


 茶太郎たちは、炊き出しの支度を始めた。

 灰置場で働く者に、蕎麦そばのすいとんを配るためだった。

 施しではない。


 焼け釘や使える瓦を持ち込めば、一椀と交換する。

 お寅婆おとらばばが声を張った。


「飯やない、貸しや! 生き延びたら町へ返し!」


 人々が少しずつ集まってくる。

 茶太郎は椀を渡しながら、運ばれてきた荷を見ていた。


 灰。

 瓦。

 炭になった柱。

 割れた仏具。

 そして、火を受けていない箪笥や茶壺。


「おかしい……」


 茶太郎が呟く。


「どうしたの?」


 京鈴きょうすずが隣にしゃがんだ。


「焼け跡から拾ったのに、焦げてない物が多い」


 甚八じんぱちが茶壺の底を確かめる。


「持ち主が避難した家から、先に運び出したんやろな」


 墨屋宗白すみや・そうはくは、荷札に目を凝らした。


「しかも町名が削られている。これでは、元の場所へ戻せん」


 その時、一匹のキジ白猫が灰置場の塀から顔を出した。

 虎吉とらきちが近づこうとする。

 だがキジ白猫は尾を二度振り、すぐに引っ込んだ。


 影猫衆の合図ではない。

 直後、塀の向こうから魚の匂いが漂ってきた。

 虎吉は足を止める。


「罠やな」


 弥七が周囲を見回した。

 影猫衆が猫を危険な場所へ入れないと知り、今度は野良猫を使って誘おうとしている。

 茶丸は塀へ向かわず、地面に耳を当てた。


 荷車の車輪。

 大人三人ほどの足音。

 そして、何かを引きずる音。


 弥七と日置雪へき・ゆきが裏道へ回った。


 しばらくして、一台の荷車が灰置場から出てきた。

 荷台には、灰袋が積まれている。

 しかし車輪は、灰だけとは思えないほど深く地面へ沈んでいた。


 京鈴が耳を澄ませる。


「袋の下で……板が鳴ってる」


 大舘常興おおだち・じょうこうが前へ出た。


「幕府の荷改めである。止まれ」


 御者が逃げようとしたが、弥七が退路を塞ぐ。

 袋を下ろすと、荷台の床下から細長い木箱が現れた。


 中に入っていたのは、刀でも金でもなかった。

 大量の家札と土地の証文である。

 焼け跡から失われたはずのものばかりだった。


 宗白が一枚ずつ確かめる。


「これは、西町の藤屋……これは堺へ逃れた井筒屋。こちらは、死んだことにされておるが、今も六角堂の仮小屋にいる者だ」


 証文の端には、新しい墨で同じ文字が書かれていた。


『持ち主なし』


 茶太郎の胸に、苦い味が広がる。


「いる人を、いないことにしてる……」


 その時、灰置場の奥から女が現れた。

 昨夜、京鈴を助けた薄墨のおたえだった。


 お妙は捕らえられた御者を見ると、静かに言った。


「その人は文字を読めません。荷の中身も知らされていない」


「なら、誰が書き換えた」


 大舘の問いに、お妙は答えなかった。


 京鈴が一歩前へ出る。


「昨日、助けてくれた人や」


 お妙の瞳が揺れる。


「……忘れなさい」


「いやや。うち、名前も顔も忘れへん」


 京鈴は、一枚の家札を握っていた。

 半分焼けた札には、かすかに家名が残っている。


「これ、うちの家のや」


 お妙の顔から血の気が引いた。


 札の表には京鈴の家名。

 裏には、お妙自身の筆で刻まれた言葉があった。


『一家死亡。相続人なし』


 京鈴は責めなかった。

 ただ、家札を胸に抱いた。


「うち、生きてる」


 その一言に、お妙の膝が崩れた。


「私は……帳面どおりに書いただけ……」


 宗白が静かに問う。


「その帳面を書いたのは誰だ」


 お妙は灰置場の奥を見つめた。

 やがて震える指で、地面へ三本の線を引く。


 一つは灯屋。

 一つは幕府の荷改所。

 最後の一つは、近江へ向かう道。


「三日後……灰の帳面が運び出される」


「どこへ?」


瀬田せたです。瀬田の鴉兵衛からすべえが受け取る」


 お妙は京鈴をまっすぐ見た。


「そこには、消された家名が全部残っている」


 遠くで荷車の鈴が鳴った。


 灰帳衆が、証拠を近江へ逃がそうとしている。

 茶太郎は家札を握る京鈴の隣に立った。


「取り戻そう。物だけじゃない」


 宗白が頷く。


「生きている者の名をな」


 京から瀬田へ。


 灰帳衆を追う道が、近江の水運へつながろうとしていた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


灰の下に埋もれていたのは、瓦や釘だけではなく、呼ばれなくなった名前でした。消された声を拾う旅が、近江へ続いていきます。

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『茶太郎がゆく』
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