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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第121話 「三つの帳面と、灰帳衆の夜襲」

 ――燃える町で、影猫衆が守ったもの――


 比叡山から戻った茶太郎たちは、灰帳衆はいちょうしゅうが狙う三つの場所を下京へ知らせた。


 共同炊事場。

 墨屋宗白すみや・そうはくの月行事屋敷。

 そして、五町組の証文蔵。


 どこも復興を支える大切な場所だった。


 宗白は帳面を前に腕を組んだ。


「土地の持ち主、借りた種籾、炊き出しの貸し。これが焼ければ、町の約束まで灰になる」


 甲賀の弥七やしちが首を振る。


「一か所へ集めて守るのは危ない。灰帳衆は、帳面の在り処を知っとる」


 茶太郎は、机に並ぶ帳面を見つめた。


「だったら、三つに分けよう」


「分ける?」


「同じことを、帳面と結び紐と木札に残すの。ひとつが燃えても、二つを合わせれば戻せるように」


 宗白はしばらく黙っていたが、やがて筆を取った。


「帳面を疑う時代に、帳面だけを頼らぬ仕組みか」


 はちが結び紐を作り、京鈴きょうすずが木札を並べる。甚八じんぱちは保管箱の底へ鉄板を張った。


 影猫衆も屋根や路地へ散っていく。

 茶丸ちゃまるが低く鳴いた。


「……ニャッ」


 追いかけすぎるな。

 危険な場所には入るな。

 見つけたものは手掛かりであって、罪の証しではない。


 それが影猫衆の決まりだった。


 夜半。


 最初に異変を察したのは、虎吉とらきちだった。

 魚の匂いが屋根から漂ってくる。


 以前なら飛びついていただろう。だが虎吉は足を止めた。

 瓦の先には、油で濡れた縄が張られている。


「ナァオ!」


 虎吉は犯人を追わず、尾を三度打ちつけた。

 合図を見た甚八が叫ぶ。


「屋根に罠や! 上がるな!」


 次の瞬間、共同炊事場の裏手で炎が上がった。


「火や!」


 町の鐘が鳴り、水桶を持った人々が駆け出す。

 だが、それは囮だった。


 証文蔵の軒下にも、油を染み込ませた布が押し込まれていた。

 日置雪へき・ゆきが子どもたちを路地の外へ導き、弥七は屋根を走る灰色の影を追う。


 人影は右手を布で覆っていた。

 火走り弥六ひばしり・やろく——灰帳衆の火組を率いる男だった。


 弥六は屋根から屋根へ飛び移り、魚の臓物を投げつけた。匂いにつられて二匹の野良猫が近づく。

 虎吉も身を低くした。


 しかし、追わない。

 代わりに路地の出口へ走り、甚八の足元で鳴いた。


「逃げ道を教えてくれとるんか!」


 甚八が回り込むと、弥六は舌打ちして闇へ消えた。

 その頃、証文蔵では京鈴が耳を澄ませていた。


「……誰か、おる」


 燃える柱の向こうで、ひとりの女が帳箱を抱えている。

 薄墨のおうすずみのおたえだった。

 お妙は京鈴を見ると、足を止めた。


「逃げなさい」


「その箱、うちらのや」


「これは……焼かれた者の帳面よ」


「焼いたら、帰ってきた人が困る」


 京鈴の言葉に、お妙の指が震えた。

 屋根が大きくきしむ。

 京鈴の顔色が変わった。


「落ちる!」


 お妙は反射的に京鈴を抱き上げ、蔵の外へ飛び出した。

 直後、燃えた梁が帳箱の上へ崩れ落ちる。


「帳面が!」


 駆けつけた宗白が炎へ向かおうとした。


 茶太郎はその袖をつかむ。


「だめ!」


「あれがなければ、土地も家も——」


「宗白さんまでいなくなったら、誰が覚えているの!」


 宗白の足が止まった。

 八が煤だらけの結び紐を掲げる。


「写しは残っとる!」


 京鈴も懐から木札を出した。


「名前も、ここにある」


 宗白は燃える帳箱を見つめ、拳を震わせた。

 やがて、人々の方へ向き直る。


「火を消せ。帳面ではなく、隣の家を守れ!」


 水桶が手から手へ渡った。


 茶丸が地面の亀裂を見つけ、らくが安全な退路を示す。影猫衆の知らせを、人の手が火消しの力へ変えていった。


 夜明け前、ようやく炎は収まった。

 証文蔵は半ば焼け落ちたが、死者は出なかった。

 お妙の姿も消えていた。


 ただ、京鈴の手には小さな木札が残されていた。

 灰色の印。その裏に、細い字が刻まれている。


『次は、月行事屋敷』


 その時、灰色の羽織を着た商人が人垣を分けて現れた。

 片目の濁った男の足元には、片耳の黒猫が寄り添っている。


「ひどい火でございましたな。復興の材木なら、私が融通いたしましょう」


 男は灯屋宗玄あかりや・そうげんと名乗った。


 黒猫は茶丸へ近づき、親しげに鼻を寄せる。

 だが茶太郎は、宗玄の袖から漂う匂いに気づいた。

 魚でも、木でもない。

 あの偽札を包んでいたものと同じ——油の匂いだった。

お読みいただき、ありがとうございます。


燃える町で影猫衆が守ったのは、帳面だけではありませんでした。小さな背中に託された思いを、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

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『茶太郎がゆく』
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