第120話 「帰り荷の偽札と、灰帳衆の名」
――開かれた道へ紛れ込んだ企みを、人と猫の証拠で見破る章――
比叡山から下京へ向かう最初の荷車は、慎重に山道を下っていた。
先頭の荷には薬草。
続く車には薪と木材。
帰りの荷台には、都で治療を受ける山の病人が乗っている。
竹中久作が描いた道のとおり、途中の水場で休みながら進んだ。
茶太郎は病人へ薄い米湯を渡す。
「揺れるから、少しずつ飲んでね」
影猫衆の虎吉は屋根や塀の上から一行を見守り、茶丸は荷車の近くを歩いていた。
白川の関へ差しかかったとき、役人が手を上げた。
「荷改めを行う。通行札を見せよ」
御者が、覚恕の署名が入った山下往来札を差し出す。
役人は一読し、薬草の束を数え始めた。
「帳面では十二束。だが、ここには十三束ある」
御者が驚いた。
「そんなはずはない。山門を出る前に数えた」
ハチが、最後の束へ近づいた。
すべての薬草には、山内で結んだ三重の荷縄が使われている。
だが、十三束目だけは結び目の向きが逆だった。
「これ、山で結んだ縄やない」
役人が荷を開こうとする。
その前へ虎吉が降り、低く唸った。
「猫が怪しんでいるぞ!」
「待って」
茶太郎が止める。
「虎吉が見つけたのは、手がかりだけだよ。中を調べるのは人の役目」
甚八が縄を切らず、結び目を慎重に解いた。
薬草の下から現れたのは、油を染み込ませた布だった。
さらに、延暦寺と幕府、双方の印を似せた通行札が何枚も入っている。
山中弥七が布の匂いを確かめた。
「六角堂の悪銭袋と、菊幢丸様の道で見つかった油布。おそらく同じ油です」
荷車の周囲に緊張が走った。
役人は御者へ槍を向ける。
「偽札と火付け道具を運んだな!」
「知らん! わしは頼まれた荷を積んだだけや!」
茶丸が御者の足元を嗅ぐ。
『恐れている。だが、嘘と決まったわけではない』
秋野新九郎が、役人の槍を下げさせた。
「猫がそう感じたというだけでも、無実とは決められん。証拠を拾う」
新九郎は十三束目の底を調べた。
泥の色が、ほかの荷と違う。
「この束だけ、山の赤土が付いていない。山門を出たあとで積まれたものだ」
久作が控えの帳面を広げる。
「出発時は十二束。山側の帳面にも、下京へ渡した写しにも同じ数を記しました」
二部の帳面を残したことが、早くも役に立った。
御者は膝をついた。
「白川へ下りる手前で、男に呼び止められたんや。『幕府へ届ける薬草や』と言われて……」
「なぜ帳面へ書かなかった」
「娘の名を知っとった」
御者の声が震える。
「断れば、次に燃えるのは娘の家やと言われた」
日置雪が静かに尋ねる。
「男の顔は?」
「灰色の頭巾で見えんかった。右手に、火傷の痕があった」
新九郎は油布を取り出し、麻の袋へ封じた。
その下から、小さな木札が落ちる。
表には、炭で一文字だけ書かれていた。
――灰。
墨屋宗白から預かっていた悪銭袋にも、薄く同じ印が残っていた。
弥七が呟く。
「火付けだけやない。荷、通行札、町の帳面まで扱う連中か」
御者が怯えた目で周囲を見回す。
「あいつらは言うとった。灰になれば、持ち主は消える。残った物は、拾った者のもんやと」
「名は?」
「……灰帳衆」
六角堂の悪銭。
菊幢丸の行路を変えた偽札。
崩れるよう細工された土塀。
そして、開かれたばかりの薬草道へ紛れ込んだ油布。
ばらばらだった事件が、一つの名でつながった。
そのとき、虎吉が油布の束を激しく引っ掻いた。
甚八が布を一枚ずつ確かめる。
裏側には、下京の町名が記されていた。
共同炊事場。
宗白の帳場。
五町組の文書蔵。
いずれも、復興の記録が集まる場所だった。
「油布を燃やすだけが目的じゃない」
光秀が木札を見つめる。
「火事に紛れて、土地と荷の帳面を消すつもりだ」
茶太郎は薬草の荷と、病人の乗る車を見た。
すべてを止めて調べれば、薬を待つ者が困る。
「偽物の一束だけ止めよう。ほかの薬草と病人は、先に下京へ送って」
覚恕が定めた往来札の掟だった。
疑わしい荷があっても、道すべてを閉じない。
新九郎が頷く。
「油布は我らが運ぶ。影猫衆は屋根道から先行してくれ。ただし、見つけても追い詰めるな」
茶丸が虎吉を見た。
『帰り道を忘れるな』
「ニャッ」
虎吉は塀へ飛び乗り、下京の方角へ走り出した。
茶太郎たちも後を追う。
開かれた道を利用して町を焼こうとする者たちと、道を閉じずに町を守ろうとする者たち。
灰帳衆との戦いが、静かに始まった。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
道が開けば、よくないものまで紛れ込むことがあります。偽札の向こうに現れた灰帳衆とのご縁も、ここから静かに動き始めます。
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