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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第114話 「空っぽの丸洞と、少年二人の失敗」

 ――未来の知識も、蜂に選ばれなければ役に立たない章――


 高山弥太郎たかやま・やたろうの父が歩けるまでに回復すると、摂津へ帰る準備が始まった。


 だが、弥太郎には一つ、どうしても試したいことがある。


「茶太郎。蜂の家を作るぞ」


「うん。でも、蜂の家ってどんな形だろう」


「お前が言い出したんやろ!」


 茶太郎には、遠い記憶の中に養蜂箱の形が残っていた。

 けれど、細かい構造までは分からない。

 板を精密に組んだ巣枠も、この時代の道具では簡単に作れない。


 そこで二人は、甚八じんぱちに相談した。


「木の中の空洞へ巣を作るなら、丸太をそのまま使えばええんちゃうか」


 甚八が持ってきたのは、中を虫に食われた栗の丸太だった。


 腐った部分を削り、内部を空洞にする。

 巣が落ちないよう、細い竹を十字に通す。

 上には外せる板蓋を置き、下部には蜂が通れる小さな入口を開けた。


 茶太郎は入口を覗き込む。


「これなら、大きな虫は入りにくいと思う」


「お前の顔も入らんな」


「ぼくは入らないよ」


 巣箱は《丸洞まるどう》と呼ばれることになった。


 弥太郎が運んできた古い巣の欠片から、少量の蜜蝋を取る。

 それを温め、丸洞の内側へ薄く塗った。


「蜂は、前に巣があった匂いを好むはずなんだ」


「ほんまか?」


「……たぶん」


「急に頼りなくなったな」


 丸洞は妙覚寺跡の端へ置かれた。

 倒れないよう石の上へ載せ、近くには浅い水皿を置く。蜂が溺れないよう、水の中には小石も並べた。

 あとは蜂が来るのを待つだけだった。


 翌朝。


 茶太郎と弥太郎は、日の出とともに丸洞を覗いた。

 蜂はいない。


 昼。


 もう一度覗く。

 やはりいない。


 夕方にも蓋を持ち上げようとすると、十兵衛が止めた。


「何度開けるつもりだ」


「蜂が来てるかもしれないから」


「人が何度も屋根を外す家に、住みたいと思うか?」


 茶太郎と弥太郎は、そっと手を引っ込めた。


 三日待った。

 五日待った。

 丸洞へ入るのは、小さな蜘蛛と蟻ばかりだった。


 弥太郎は腕を組み、空っぽの巣箱を睨む。


「未来の知識も、大したことないな」


「……ごめん」


「謝って終わるなら、山仕事はできん」


 弥太郎は丸洞の周囲を歩き始めた。


「何が悪いか探すぞ」


 二人は一日、離れたところから丸洞を観察した。


 朝はよかった。

 だが昼になると、焼け跡には日陰がない。丸太が熱を持ち、内部には熱気がこもった。

 午後には風向きが変わり、入口へ砂埃が吹き込む。

 雨が降れば、屋根から落ちた水も入口近くへ流れてきた。


 人通りが多く、槌や鋸の音も絶えない。


 弥太郎が丸洞へ頬を近づける。


「暑い。それに、新しい木の匂いが強い」


「蜂の家を作ったつもりだったけど、人が作りやすい場所へ置いただけだったんだ」


 十兵衛は木札へ問題点を記した。


「場所、向き、匂い、人通り。直すところは多い」


「じゃあ、全部直そう」


「待て」


 十兵衛が再び止める。


「一度にすべて変えれば、何が良くて何が悪かったのか分からない」


 弥太郎が首を傾げる。


「失敗したままの巣箱も残すのか?」


「比べるためだ。記録とは、違いを残すものだ」


 そこで、もう一つ丸洞を作ることになった。


 最初の丸洞は、そのまま残す。

 二つ目は、栗の古木が作る木陰へ置いた。


 朝日は当たるが、午後は涼しい。

 入口を雨風と反対の方角へ向け、地面より高い石台へ載せる。古い蜜蝋を入口の周囲へ少しだけ塗り、人が近づかないよう縄を張った。


 ハチが縄へ結び目を作る。


 一つ目は焼け跡。

 二つ目は栗の木陰。

 字が消えても、結び方で区別できる。


 それから、二人は覗くのを我慢した。


 一日目。

 変化はない。


 二日目。

 小さな蜂が一匹、入口の前を飛んだ。


「来た!」


 茶太郎が走り出そうとすると、弥太郎に襟を掴まれた。


「近づくな。逃げる」


 蜂は入口へ入り、しばらくして出てきた。

 周囲を円を描くように飛び、山の方角へ消えていく。


 十兵衛が木札へ時刻と天気を記す。


「一匹だけだ。まだ入ったとは限らない」


 翌日には二匹。

 その次の日には、三匹が丸洞の周囲を飛んだ。

 弥太郎は声を抑えながら笑う。


「見に来とる。蜂が、この家を調べとるんや」


「ぼくらが蜂を選ぶんじゃないんだね」


「蜂が、ぼくらの家を選ぶんや」


 その日の夕暮れ。


 少し離れた梅の枝に、黒い塊がぶら下がっているのを京鈴が見つけた。

 無数の蜂が身を寄せ合い、大きな一つの影となっていた。

 新しい住み処を探して移動する、分蜂の群れだった。


 茶太郎と弥太郎は、木陰の丸洞を振り返る。

 空っぽだった家へ、最初の住人を迎える時が来ようとしていた。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。


空っぽの丸洞は、失敗の印ではなく、誰かを迎えるための始まりでした。焦らず待つ少年たちの背中を、温かく見守ってくださいね。

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『茶太郎がゆく』
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