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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第113話 「摂津高山の弥太郎と、父を守る蜂蜜」

 ――施しを拒む少年と、働いた手へ返す一椀の章――


 妙覚寺跡の病人が減り始めた日の夕方。

 摂津国から来た荷車が、炊事場の前で止まった。


 積まれているのは、木炭、栗、干し茸、薬草、薪。


 山間の高山庄から、京の復興に必要な品を運んできた一行だった。

 だが、荷を率いていた男は、荷車から降りるなり膝をついた。


「父上!」


 小さな少年が駆け寄る。

 年は七つほど。旅装は泥で汚れているが、背筋を真っ直ぐに伸ばしていた。

 男の顔は赤く、呼吸も荒い。


 茶太郎が近づくと、少年は父を庇うように両手を広げた。


「近づくな!」


「助けたいだけだよ」


「先に名を言え」


「茶太郎」


「どこの家の者だ。何の薬を使う」


 その問い方に、十兵衛が眉を上げた。


「父親を助けたいなら、まず診せろ」


 少年は十兵衛を睨む。


「何を飲ませるかも分からぬのに、父上を渡せるか」


「七つの子どもに説明して分かるのか」


「分からぬから聞く。分からぬものを、父上に飲ませられぬ」


 十兵衛は言葉を失った。

 茶丸が尻尾を揺らす。


『お前とよく似ている』


「似ていない」


 十兵衛は否定しながらも、薬草の袋を一つずつ少年へ見せた。


「これは生姜。これは乾かした陳皮。だが、まだ飲ませぬ。先に道三先生が診る」


 少年はようやく道を空けた。


 名を、高山弥太郎たかやま・やたろうといった。

 後に高山友照ともてると名乗る少年である。


 曲直瀬道三まなせ・どうさんが父親を診察した。


「疲れと冷えだけではない。腹を下しているな」


 供の者たちが目を伏せた。


 父親は道中ですでに体調を崩していた。それを知られれば、荷まで病に汚れていると疑われ、木炭や薬草を買い叩かれる。


 そのため、京へ着くまで病を隠していたのだ。


 道三は飲み水と寝床を分け、まず身体を休ませるよう指示した。


 弥太郎は荷の中から、小さな壺を取り出した。


「これを治療代にする」


 蓋を開けると、黄金色の蜂蜜が光った。

 山で採れた、貴重な蜂蜜だった。


 久秀が目を細める。


「この量なら、木炭何俵分になると思っている」


「父上の命より大事な物はない」


「全部渡せば、帰りの食料を買えぬぞ」


「歩いて帰る。私は食べなくてもよい」


 茶太郎は壺を押し戻した。


「全部はいらないよ」


 弥太郎の顔が強張る。


「施しは受けぬ」


「施しじゃないよ。一緒に料理を作ってほしいんだ」


「料理?」


「働いてくれた分を、食事で返す。それなら受け取れる?」


 弥太郎はしばらく考え、蜂蜜の壺を抱き直した。


「……何をすればいい」


 茶太郎は高山から運ばれた米と、柔らかな部分だけを選んだ干し大根を用意した。


 弥太郎には薪を割り、火加減を見てもらう。

 山育ちだけあって、火を扱う手つきは茶太郎より上手かった。


「火が強すぎる」


「えっ?」


「鍋の底だけ焦げる。熾火を離して並べるんや」


 弥太郎が炭を動かすと、粥は吹きこぼれず、静かに煮え始めた。


「すごい。弥太郎くん、火を見るの上手だね」


「高山の子なら、これくらいできる」


 そう答えながら、弥太郎は少しだけ胸を張った。


 父親には、道三の指示に従い、最初は薄い米湯だけを出した。

 症状が落ち着いてから、柔らかな粥へ焼き味噌をほんの少し溶く。

 弥太郎の前にも、同じ粥が置かれた。


「父上が食べるまで、私は食べぬ」


 茶太郎は無理に勧めなかった。


 父親の椀と、弥太郎の椀を並べて待つ。

 やがて父親が目を開け、匙を取った。


 一口食べる。

 そして、黙って弥太郎の椀を指した。


 食べろ。

 言葉にしなくても、父の思いは伝わった。

 弥太郎は唇を噛み、粥を口へ運んだ。


「……あったかい」


 張り詰めていたものが切れたように、涙がこぼれる。

 道三は少年の前へ、薄く溶いた蜂蜜湯を置いた。


「蜂蜜だけで病が治るわけではない。だが、弱った者が水分や食を受け入れる助けになることはある」


「薬ではないのか」


「薬になる場合もあれば、ただの食になる場合もある。大切なのは、誰へ、いつ、どれだけ使うかだ」


 久秀は高山の木炭を一つ手に取った。

 火力が強く、煙が少ない。


「高山弥太郎。蜂蜜だけでなく、炭もよい品だ」


「父上たちが、山を順に使って焼いた炭だ。全部の木を切ったりせぬ」


「なぜだ」


「山が死ねば、村も死ぬ」


 久秀は少年と同じ高さまで膝を折った。


「七つで、その先まで考えるか。名を覚えておこう」


「薬材商に覚えられても仕方ない」


 茶太郎が吹き出した。

 久秀も否定せず、楽しそうに笑った。


 食事を終えたあと、茶太郎は蜂蜜の壺を見つめた。


「この蜂蜜、どうやって採ったの?」


「山の木にあった巣を見つけて、煙で蜂を追い出した。巣を切って、蜜を全部採った」


「蜂たちは?」


「次の年には、おらんようになった」


 茶太郎は壺の中の黄金色を見つめた。


「それ、蜂が冬を越すために貯めた食べ物なんだ」


 弥太郎の目が揺れる。


「なら……採ったらあかんのか?」


「全部じゃなくて、蜂が生きる分を残せばいいんだよ」


「蜂を……飼えるのか?」


「たぶん。でも、ぼくもやったことはない」


 弥太郎は立ち上がった。


「なら、一緒に試すぞ」


「今から?」


「失敗するなら、早い方がええ」


 十兵衛が木札へ、その言葉を記した。


 摂津の少年と宇治の料理人。

 二人の最初の共同仕事は、まだ一匹の蜂もいないところから始まることになった。

このお話を読んでいただき、ありがとうございます。


施しではなく、自分の働きで父を助けたい弥太郎。その真っすぐな思いと蜂蜜の甘さが、これからどんな縁を結ぶのか楽しんでいただけましたら。

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『茶太郎がゆく』
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